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第二十四話
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色々と考えるべきことはあるけど、私はそこには同意する。
「確かに、サナシス様のためならば、主神ステュクスのご加護はぜひとも賜りたく存じます」
「そうそう。あなたがこの国で受け入れられやすくするためでもあるし、何より彼はあなたをちゃんと愛する。それは保証するわ」
そもそも私はそれも含めて神託を降ろしたんだけど、とステュクスはにっこりと上機嫌だ。どうやら、ステュクスは私とサナシスが結ばれることを祝福してくれているらしい。
それはいい。それは、いいのだ。
でも私は、本当は、神を信じていない。いや、神を信じ祈る心を、嫌っている。
だから私は、どうしても聞きたかった。
「主神ステュクス。私は、あなたにお尋ねしたいことがあります」
「なぜあなたの母の祈りを聞き入れなかったのか?」
まるで私の心を読んだかのように、ステュクスは先回りした。
その眼差しが、翳る。先ほどまでの無邪気さは鳴りを潜め、声も落ち着いていた。
「数多の祈りは、願いは、信仰は、何かを求めるでしょう。でも、それらすべてに応えられるほど神々は全知全能ではないし、あなたの父の信じる神とあなたの母の信じる神が争い、あなたの母の信じる神が負けただけのこと。そのだけ、があなたの人生を大きく左右し、苦難を与えたことは知ってる」
ステュクスは淡々と言った。やはり、神なのだ。知りうることは多く、私の父母のことも知っている。私の知りえないことも——そして、他人には分からないであろうことも。ステュクスは、その権能をもって、知っていた。
私は、ステュクスの言葉を信じる。
「つまり……母は、やはり、間接的にでも父に殺されたということですか」
「そういうこと。そこで質問よ、エレーニ。あなたは仇討ちを望む? 望むのであれば、あなたにも加護を与えるわ。私の巫女、私はあなたを特段贔屓する者よ」
悩むことではない。ためらうこともない。ましてや、遠慮さえしない。
私は即答した。
「お願いします。私が受けた苦難はかまいません、でも母が受けた苦痛は、よりにもよって夫たる父から与えられた絶望と死は、許せません」
母のために。祈りの届かなかった母、その母を邪魔して殺したのは父。たとえ二人のそれぞれ信じる神の争いの結果だとしても、父は母を死に追いやったのだ。
許せない。なぜ守るべき妻を殺した。なぜ私の母を死なせた。なぜのうのうと生きている。
その気持ちは、私の心の奥底から、溢れ出す。今まで忘れようと努めていた気持ちが、記憶が、噴き出す。目の前に復讐の手段を差し出された人間というのは、ここまで躊躇なくそれを受け取るのか。私は、そのことを当然であると実感していた。忘却の女神レテでさえも、私の気持ちと記憶は忘れ去らせられなかったようだ。
復讐が成るのなら、ステュクスの巫女にだって何にだってなる。その決意を、ステュクスは鷹揚に頷き、承諾した。
「分かった。ちょっと加減はできないけど、あなたには祝福を、あなたの敵には神罰を!」
私は、目を閉じた。指を重ね、祈りの手を、ステュクスへ捧げる。
高揚感に包まれ、私はまた意識を手放した。
「確かに、サナシス様のためならば、主神ステュクスのご加護はぜひとも賜りたく存じます」
「そうそう。あなたがこの国で受け入れられやすくするためでもあるし、何より彼はあなたをちゃんと愛する。それは保証するわ」
そもそも私はそれも含めて神託を降ろしたんだけど、とステュクスはにっこりと上機嫌だ。どうやら、ステュクスは私とサナシスが結ばれることを祝福してくれているらしい。
それはいい。それは、いいのだ。
でも私は、本当は、神を信じていない。いや、神を信じ祈る心を、嫌っている。
だから私は、どうしても聞きたかった。
「主神ステュクス。私は、あなたにお尋ねしたいことがあります」
「なぜあなたの母の祈りを聞き入れなかったのか?」
まるで私の心を読んだかのように、ステュクスは先回りした。
その眼差しが、翳る。先ほどまでの無邪気さは鳴りを潜め、声も落ち着いていた。
「数多の祈りは、願いは、信仰は、何かを求めるでしょう。でも、それらすべてに応えられるほど神々は全知全能ではないし、あなたの父の信じる神とあなたの母の信じる神が争い、あなたの母の信じる神が負けただけのこと。そのだけ、があなたの人生を大きく左右し、苦難を与えたことは知ってる」
ステュクスは淡々と言った。やはり、神なのだ。知りうることは多く、私の父母のことも知っている。私の知りえないことも——そして、他人には分からないであろうことも。ステュクスは、その権能をもって、知っていた。
私は、ステュクスの言葉を信じる。
「つまり……母は、やはり、間接的にでも父に殺されたということですか」
「そういうこと。そこで質問よ、エレーニ。あなたは仇討ちを望む? 望むのであれば、あなたにも加護を与えるわ。私の巫女、私はあなたを特段贔屓する者よ」
悩むことではない。ためらうこともない。ましてや、遠慮さえしない。
私は即答した。
「お願いします。私が受けた苦難はかまいません、でも母が受けた苦痛は、よりにもよって夫たる父から与えられた絶望と死は、許せません」
母のために。祈りの届かなかった母、その母を邪魔して殺したのは父。たとえ二人のそれぞれ信じる神の争いの結果だとしても、父は母を死に追いやったのだ。
許せない。なぜ守るべき妻を殺した。なぜ私の母を死なせた。なぜのうのうと生きている。
その気持ちは、私の心の奥底から、溢れ出す。今まで忘れようと努めていた気持ちが、記憶が、噴き出す。目の前に復讐の手段を差し出された人間というのは、ここまで躊躇なくそれを受け取るのか。私は、そのことを当然であると実感していた。忘却の女神レテでさえも、私の気持ちと記憶は忘れ去らせられなかったようだ。
復讐が成るのなら、ステュクスの巫女にだって何にだってなる。その決意を、ステュクスは鷹揚に頷き、承諾した。
「分かった。ちょっと加減はできないけど、あなたには祝福を、あなたの敵には神罰を!」
私は、目を閉じた。指を重ね、祈りの手を、ステュクスへ捧げる。
高揚感に包まれ、私はまた意識を手放した。
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