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第十八話

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 恥じらう暇はなかった。

 大浴場前の更衣室でアサナシオス王子とメイドに囲まれ、私は身ぐるみを剥がされ、湯浴み用のチュニック一枚になった。ちなみにアサナシオス王子はパンツ一枚、鍛えてはいないようだけど均整の取れたすらりとした体つきをしている。

 ウラノス公国では風呂に入る習慣はなかった。素肌を他人の目に晒すこともなければ、そもそも私は人里離れた修道院にいた身だ。ただただ、もはや恥ずかしいと思っている場合ではなかった。

「うぅ、どうしてこんなことに」

 私の口から、弱音が漏れた。それをアサナシオス王子は聞き逃さなかった。

「どうもこうも、これから神殿に行くんだ。風呂に入るのは当たり前だろう」
「そ、そうなのですか」
「そうだ。慣れていないだろうから、手伝ってやる」
「王子御自ら、ですか? それはあまりにも畏れ多く」
「何を言う。妻の裸を余人に見せられるか」

 アサナシオス王子は堂々と、そう言った。

 どうやら、アサナシオス王子の中では、すでに私は妻であるようだった。

 嬉しいやら、恥ずかしいやら、などと思っていると手を引かれて大浴場へ入っていく。王城でも高い位置にあるらしく、遮るもののない突き抜けた空が頭上に広がる。湯気が立ち上り、雲と混ざる。足元には部屋ほどの大きさもある湯船に、並々と湯が張られていた。

 まず、入り口側にある洗浄のための小さな湯船に、私は足を浸けた。常に新しいお湯が循環し、温かく清潔に保たれる仕組みに感動さえする。縁に腰掛け、後ろでアサナシオス王子が床に膝を突いた。

「髪を洗うからじっとしていろ」

 私は無言で頷いた。しかし、随分と髪は伸びていた。腰ほどもある。放ったらかしにしていたし、それほど栄養のあるものを食べていたわけではないから、アサナシオス王子が触るたびに軋む。

「エレーニ、今まで髪の手入れをしたことはあるのか?」
「申し訳ございません、そのような贅沢は許されておりませんでした」
「女が髪を整えることが贅沢? ああそうか、お前は修道女だったか」
「はい。忘却の女神レテに仕える修道女です、まだ」

 修道院は通常、質素倹約を旨とするけど、その中でも女神レテに仕える修道院は特に倹約を極める。というよりも、極力他人と接触せず、限られた衣食住で生活を賄い、修行に邁進するものだから、そんな環境で成長期を迎えた私がきちんと発育するはずもない。

 髪はぼさぼさ、肌は荒れてはいないが青白く、痩せぎすで女性らしい曲線はどこにもない。男性が触れたって楽しくないだろう。私だって楽しくない。でも、どうしようもなかったのだ。

「せっかくの金の髪が台無しだな。これからはきちんと手入れをしろ」
「はい……かしこまりました」
「お前はいくつだ?」
「十六でございます」
「十六? これで?」
「はい」
「十二、三歳かと思ったぞ……ちゃんと食事を摂っているのか? ああ、うん、そうだったな。これからいくらでも食べるといい」
「恐れ入ります」

 そんな会話をしているうちに、髪が泡立てられ、花の香りが下りてくる。アサナシオス王子の指先がちょうど頭皮をもみほぐしてくれるものだから、湯で温められているせいもあって、何だか気持ちがよくなってきた。少なくとも、体が強張るほどの緊張はない。心は別として。

「エレーニ、かゆいところはないか?」
「ございません。とても気持ちがいいです」
「そうか。体は自分で洗えるか? 背中くらいは洗ってやるが」
「そこまでしていただかなくとも」
「嫌か? 俺がやりたいのだが」
「で、であれば、背中はお願いしてもよろしいでしょうか」
「うん、承知した。何、お前があまりにも痩せているから、自分で上手く洗えないのではないかと心配になる」

 湯浴みのチュニックの上からでも、男性に体を触られるというのは初めての経験だ。ただ、アサナシオス王子はごく丁寧な手つきでスポンジを動かす。私は必死で、メレンゲほどもある石鹸の泡でスポンジを使って自分の体を擦る。普段は水に浸した布で拭くだけだから勝手が分からず、アサナシオス王子の真似をして、汚れを落とすように洗っていく。

 とはいえ、だ。

「遅い。もういい、こちらを向け」
「えっ」
「大丈夫だ。どうせ泡で触ったかどうかも分からない」

 痺れを切らしたアサナシオス王子は、有無を言わさず器用に私をくるくる回して、全身磨くように洗い上げていった。肝心な部分には触れなかったので、そこは何とか死守できた。
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