ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
22 / 22

ある少女の出会い

しおりを挟む
 黒髪緑目の少女がいた。

 彼女は他の兵士と同じ軽鎧姿だったが、腰には一際目立つ赤鞘のサーベルを下げていた。

 それを見た兵士たちは、なぜか自然と背筋が伸びる気がした。まるで一番偉い将軍に見られているかのような、ここで失態を犯してはならないと自戒してしまうような、そんな気持ちに駆られるのだ。

 一人の兵士が、彼女に問いかけた。

「君はなぜここにいるんだ?」

 少女は答えた。

「世界を見て歩くため。ときには傭兵仕事もするんです」
「なるほど。しかしここは危ない、最前線だ」
「分かっています。ですが、私はここでは一兵士です。その責務を全うしなければなりません」

 どうやら、少女の意思は固いようだ。

 となると、兵士たちは自ら、彼女を守ろうという気になった。彼女は剣術が得意で、最新鋭のライフル銃さえ扱えるというのに、だ。

 ある兵士は、こんなことを言っていた。

「あの少女は偉い貴族の末裔で、サーベルはその証明の品なんだろう。勇猛果敢で、男よりも先に走り出し、敵陣に斬り込んでいく姿は、とても平民の娘の度胸ではない。何か、やんごとない事情があるに違いない」

 果たして、それが正しいかどうかはさておき、いつのまにか周囲にいた兵士たちは少女率いる部隊に組み入れられて、なかなかの戦果を挙げた。偵察も、奇襲も、警戒も、難なくこなす。

 となると、前線指揮官たちも興味が湧いたのだろう。数人が少女を訪ねてきた。

 少女は、こう名乗った。

「アンドーチェ・クラリッサ・マーガリー・クロードと申します」
「クロードか。君はどこの出身だ?」
「父はジルヴェイグ大皇国です。母はヴェルセット大公国の出だと聞いています」
「君は平民か? 貴族か?」
「平民です」
「そのサーベルは?」
「祖父から譲り受けました。会うことはもうないでしょうが、これが唯一の繋がりです」
「なるほど。少し拝見しても?」
「どうぞ」

 前線指揮官たちはアンドーチェからサーベルを借り受け、鞘に彫られた文字を読む。

 『Steady堅実であれ』という一文に、『D,O,V』の単語。

 一人の前線指揮官が、その意味に気付いた。

「これは……いや、しかし……」

 その困惑から何かを察したのか、アンドーチェはサーベルを返してもらい、何も言わずに去った。

 それから、数ヶ月後。

 アンドーチェの噂は、援軍にも届いていた。

 そして、その援軍の中に、金髪碧眼の若い高級将校がいた。

 彼もまた、祖父から譲り受けた『Steady堅実であれ』という一文に『D,O,V』の単語が刻まれた赤鞘のサーベルを持っていた。

 二人は前線指揮官たちに引き合わされて出会い、こう挨拶するのである。

、閣下」
「うむ、

 その出会いから新たな物語が生まれるのだが、それはまた別の話である。
しおりを挟む
感想 11

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(11件)

壬生餡
2024.06.06 壬生餡

骨が本人だ、本人じゃない、いや本人か!?、本人じゃないのか!と流転するのすごいと思いました

解除
jolly
2024.06.02 jolly

うん。とてもとても面白かったです。
最後のクロードの語る人生観が、むねにひびき、残りました。
自分の人生を受け入れ責任を取って歩んできた、覚悟がある人の言葉だなって思います。
堂々とそう言えるように生きていきたい、そんなふうに、人生観に影響を与えるものでした。もはや純文学の域です。
楽しませていただき、ありがとうございました。

解除
もちもち大福 

とても面白かったです!!
各方面から見たその後もぜひ機会があれば拝読したいです!

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

公爵令息は妹を選ぶらしいので私は旅に出ます

ネコ
恋愛
公爵令息ラウルの婚約者だったエリンは、なぜかいつも“愛らしい妹”に優先順位を奪われていた。正当な抗議も「ただの嫉妬だろう」と取り合われず、遂に婚約破棄へ。放り出されても涙は出ない。ならば持ち前の治癒魔法を活かして自由に生きよう――そう決めたエリンの旅立ち先で、運命は大きく動き出す。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。