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第十二話 繋がりを辿り、行き着く先は

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 ある朝、新聞屋台の店主が少し屋台から席を外している間に、クロードは棚に平積みされてある一つの新聞の紙面に目を留めた。

 そこには、イアムス王国軍の弱体化を指摘する、王都近くの貴族領からの報告記事が載っていた。貧弱な武装、兵数は少なく、『ある事件』前よりも士官候補生希望者は激減して、縮小を余儀なくされているのだ、とその記事は主張していた。

 一方で、隣に置かれた別の地方紙には、センセーショナルにこんな記事が踊っている。

「『ヴェルセット公爵軍による自領への駐屯を希望する貴族が増加の一途を辿り、他領への干渉を禁ずる王命を無視して、全国に拡大している——すでに王都近郊の貴族アンティノルクス伯爵領にも、ヴェルセット公爵軍精鋭部隊がやってきたのだから』……ふぅん、ついにヴェルセット公爵が王都を包囲しはじめたってことか」

 それが意味するところは、イアムス王国内での戦争が近い、ということだ。

 そしてもう一つ、イアムス王国国王はすでに国内統治の基盤を失い、貴族たちが命令に従わなくなっている、ということでもある。

 新聞記事がまったくの真実を書いているという保証はなく、しかし眉に唾をつけて話半分に受け取っても、国王が窮地に立たされていることは見て取れる。

 だんだんと、イアムス王国は雲行きが怪しくなってきた。なのに、マダム・マーガリーは未だクロードをゾフィアに引き留め、もう少し待ってほしいとばかり返答を寄越してきている。

 もうクロードは諦めて、マダム・マーガリーの好きなようにさせることにしていた。そもそも、すでにクロードは勝手に手紙を出したり、他人を招いたりしているのだし、それをマダム・マーガリーが邪魔しないのなら許可を出したも同然だと解釈している。

(まあ、他人の金で後ろめたい気持ちもなく休暇のように過ごせるなら、それはそれでアリか。普段僕が使う一ヶ月の生活費の数倍の額を平気でくれるんだもんなぁ)

 学者の身分があり、大学で講師をしているとはいえ、クロードは貧乏だった。生まれたときから何かと節約を強いられる経験をしてきたため、積極的に贅沢をするという発想がまずない。直近の贅沢といえば、昨日の昼食に追加でパンケーキを一枚増やしたことくらいだ。

 なので、新聞屋台に来ておきながら、新聞を買うことはそれほど多くない。新聞屋台の店主がいない隙を見計らって立ち読みすることすらよくあったが、それを聞いたアンドーチェが新聞代だと言って余分に金を渡してくるようになったことで、クロードはちゃんと新聞を買うことにした。きっとあれはマダム・マーガリーから受け取った資金ではなく、アンドーチェの給料から出しているに違いないと察してのことだった。

 とはいえ、今日はちゃんと新聞以外にも用件があって、新聞屋台にやってきている。

 クロードは、どこからか帰ってきた髭面の店主に朗らかに声をかける。

「やあ、新聞をくれるかい」
「まいどあり。ああ、前も買ってくれたロロベスキ侯爵夫人の客人の兄さんかい」
「うん、今日は」

 クロードは、棚に並んでいる新聞を指差して、



 髭面の店主は、一瞬目の色を変えた。しかし、すぐに顔を下げて、屋台のレジ下の引き出しから取り出した数枚の紙や封筒を新聞二部の間に挟み、平民は滅多に触れられない高額紙幣二枚を出して待つクロードへ手渡す。

「ほら」
「ありがとう」
「気をつけろよ」

 クロードはうん、と返事して、高額紙幣二枚を支払った。釣りはない。

 さっと新聞ごとボロ鞄に突っ込み、クロードは宿へ引き返す。

 昨日の雨で石畳は滑りやすくなっており、遠くから聞こえる馬車の蹄の音も実にゆっくりとしたものだった。朝の散歩がてらのんびりと歩くクロードには、心地よく響く。

(王都に集っていた新聞社や知識人たちが情報発信の場を奪われ、地方に拠点を移した……それはつまり、新しい情報網が形成されたことを意味する。王都を省いた民間独自のネットワーク、各地の新聞社が情報を相互でやり取りする『情報流通網チャンネル』。新聞屋台にずらりと並ぶ新聞紙を見ていれば、その発展具合は目を見張るものだと分かる)

 商売でも政治でも戦争でも、情報は武器となる。命を奪うことも、救うこともできる無形の情報は、言語や文字や絵という形を得て、人づてに広がる。情報の支配者こそが一国どころか世界の命運を握ると言っても過言ではなく、情報を発信する者、情報を拡散する者、情報を改竄する者……様々な人々が関与し、争い、情報網を操ろうとする。

 それはイアムス王国でも同じで、国内の情報網は現在、大まかに二つに分かれている。一つは王国という公権力が制定した郵便や役所間の連絡網、もう一つは新聞発刊に関与する在野の記者たちと新聞流通を可能とする運送業者、一般販売を可能とする販売業者たちの民間流通網だ。

 ただし、郵便での手紙のやり取りは途中で抜かれたり、公権力に検閲される恐れが強い。だから民間流通網下では、新聞やその材料、必要な物資を融通し合う流通網を確立して、手紙などはそこに便乗させる。もちろん買収されて重要な情報を抜かれることも考えられるから、誰がどこを配達したり集めたりの担当をしているかは分からないよう、ある程度秘密裏に行われているのだ。

 その新聞チャンネルを、クロードも利用することにした。、だ。

 アルキスを通じて『ドゥ夫人』から勧められた方法だったが、これが案外上手く行った。おかげで、クロードは各所からの情報を集めることに成功したのだ。

 今、クロードのボロ鞄の中にあるのは、ある地方新聞社へ依頼していた情報の裏付けの報告書と、民間流通網を介したヴェルセット公爵家、ドゥ夫人からの返信だ。しかし、ヴェルセット公爵家とドゥ夫人には挨拶代わりの連絡を取っただけで、重要な情報のやり取りはまだないはずだ。手紙の中身は読んでみるまで分からないが、少なくともクロードはそう認識している。

 さして遠くもない宿に戻ってきたクロードは、そそくさと階段を上り、自室にわざわざノックをして入った。

「ただいま」
「おかえりなさいませ、クロード様」

 クロードを出迎えたのは、キャスケット帽にジャケットコート、キュロット姿のアンドーチェだ。礼儀正しい敬礼の姿勢には、素晴らしいとしか言いようがない。

 アンドーチェへ今日朝早くからここに来るよう提案したのはクロードで、クロードが新聞屋台まで出かけている間に、テーブルには二人分のティーセットが用意されていた。

「お茶を用意しておきました」
「おっ、気が利くね」
「これでも執事見習いですので」

 アンドーチェは少し誇らしげだ。自分の仕事を気に入っているのだろう、年若いのに気遣いもできる彼女は将来有望だ。

 クロードはボロ鞄から新聞に挟まれた書類を取り出し、ベッドに放り出して二通の手紙だけを抜き取る。

「さて。アンドーチェ、手紙が来たよ」
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