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第十話 値段がおかしくありませんか?
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引きこもりだった私ですが、実家が実家だったものですから、魔法やそれに類する知識はそこそこあります。
たとえば竜生人の生態についてです。彼らは驚異的な再生能力を持ち、魔力をまとった鱗は並大抵の魔法を弾き返します。そして頭部の角は生まれたときに親から分け与えられた魔力の大きさを示し、成長するに従って自前の魔力を蓄えて育っていくそうです。竜生人にとって角は大事なものであり、弱点でもあります。もっとも、鱗よりは脆いというだけで、そこいらの金属よりははるかに硬いとも聞きますが。
つまりはそう、普通の手段で竜生人角の損傷は治りません。魔法薬品の出番となります。魔法薬品の調合ができる薬局に行き、竜生人用の薬を買ってきてイオニス様に謝罪とともにお渡しする。これです、これしかありません。
いきなり来て散々イオニス様の屋敷に破壊の限りを尽くした私です。謝って許してもらえるとは思いませんが、せめて誠意を見せなくては。
使命感に燃える私は、大して入っていない財布と万一のために換金できそうなもの——レースくらいしかありませんが——を鞄に詰め込み、こっそり街へ繰り出しました。
ごめんなさい、嘘を吐きました。こっそりではありません、オルトリンデに「気晴らしに街へ出かけます」と言って無理やり屋敷から出てきたのです。何も聞かなかったオルトリンデに感謝しつつ、初めての土地、初めてのおつかいにちょっと心躍りながら、私はイオニス様の治める領都グラナティスへ向かいます。
□□□□□□
都市グラナティスの、私が抱いた第一印象はこんな感じです。
「思ったよりずっと都会……!」
私が今まで住んでいたリトス王国王都よりもです。整然と格子状に整えられた街並み、複数頭立ての馬車が何台もすれ違える大通りの多さ、堅牢な赤みを帯びた石造りの建物がずらりと並び、人間も竜生人も道ゆく人々はみな清潔かつ華やかな服装をしています。
街の端は地平線の向こうまで続き、入り口からではまったく窺うことができません。高い鐘楼にでも登らなくては見えないでしょう。上を見上げれば店々の看板が洗練されたデザインと文字を競っているかのごとく連なっているのです。
まるきり私は田舎者が都会にやってきた状態です。いえ、リトス王国も人間の国にしては都会だと思うのですが、ドラゴニアの発展度合いはそれをはるかに上回っています。さすがは竜生人の国、魔法の気配がそこかしこから溢れ、人間の国ではハリウ・リシア魔導王国くらいでしか手に入らないような高価な魔法道具なども普通に使われているのでしょう。
街並みを見ただけで圧倒されている私ですが、使命を忘れたりはしていません。イオニス様の薬を調達する、よし、気合を入れて行かなくては。
私は大通りに足を踏み出し、てくてく、てくてく、と歩いて——そういえば、と気付いたことがあります。
初めての土地ですので、土地勘などあろうはずがなく、薬局の場所が分かりません。案内図が大通りの交差点に設置されていますが、ドラゴニアの公用文字は古代文字なので半分も読めないのです。
(……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、私ってこんなに何も考えていなかったの?)
突きつけられた現実に、私は唖然とします。もう膝から崩れ落ちて、道端の隅っこでいじけていたい気持ちに駆られますが、何とか奮起します。イオニス様のため、謝るため、ならば恥も何もありません。ここは——道行く人に薬局の場所を聞けばいいのです。
正直、勇気がいりましたが、通りすがりに私とそう年の変わらなさそうな、唾広の帽子に小綺麗なブラウスと長いスカートの人間の女性を見つけ、思い切って声をかけてみました。
「あのう、このあたりに薬局はございますか?」
すると、女性は嫌な顔ひとつせず、親切に答えてくれました。
「人間用ですか? それなら」
「いえ、竜生人用です」
「あら。となると……ここから一本奥の通りにある一番大きな薬局で処方してくれるはずですよ。その店だけ金色の看板なので、すぐに分かると思います」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、でも高いですよ。竜生人を癒す薬には魔力の籠もった貴重な素材しか使われていないとかで」
そのときは、はあ、としか思いませんでしたが、言われてみれば道理です。竜生人が負うほどの傷を治すなど、よほど強い薬でしょう。
親切な女性のおかげで、私はそのあとすぐ薬局に辿り着くことができました。
私は古風な薬の材料棚が二階まで続く、年季の入った薬局に入り、竜生人の店員に「竜生人の角にヒビが入ったのでその薬がほしい」と事情を話したところ——提示された金額は、聞いたこともない桁数でした、
「い、一千枚? 銀貨ではなく、金貨で?」
驚く私を前に、竜生人の店員は厳かに頷きます。
「そうですね、ドラゴニア金貨一千枚です。何せ、角の修復は大量の魔力が必要になりまして、光届かぬ地底湖に棲む千年ナマズの粘液や夜砂漠の堅城オオサソリの毒液を使うのです。しかし、角のヒビに調合した特製軟膏を塗れば数日で回復しますよ」
聞いたこともない材料名を並べられて、金貨一千枚という法外な値段を出されて、薄っぺらい財布しか持っていない私は、引きつった笑みが浮かぶばかりです。
「ま、また来ます」
竜生人店員は、「でしょうね」と言いたげな顔をしていました。
すぐさま私は薬局を出て、金貨一千枚の調達のため、まずは手元のレースを買い取ってくれる店、そうですね、質屋を探しにまたしても走り出しました。
たとえば竜生人の生態についてです。彼らは驚異的な再生能力を持ち、魔力をまとった鱗は並大抵の魔法を弾き返します。そして頭部の角は生まれたときに親から分け与えられた魔力の大きさを示し、成長するに従って自前の魔力を蓄えて育っていくそうです。竜生人にとって角は大事なものであり、弱点でもあります。もっとも、鱗よりは脆いというだけで、そこいらの金属よりははるかに硬いとも聞きますが。
つまりはそう、普通の手段で竜生人角の損傷は治りません。魔法薬品の出番となります。魔法薬品の調合ができる薬局に行き、竜生人用の薬を買ってきてイオニス様に謝罪とともにお渡しする。これです、これしかありません。
いきなり来て散々イオニス様の屋敷に破壊の限りを尽くした私です。謝って許してもらえるとは思いませんが、せめて誠意を見せなくては。
使命感に燃える私は、大して入っていない財布と万一のために換金できそうなもの——レースくらいしかありませんが——を鞄に詰め込み、こっそり街へ繰り出しました。
ごめんなさい、嘘を吐きました。こっそりではありません、オルトリンデに「気晴らしに街へ出かけます」と言って無理やり屋敷から出てきたのです。何も聞かなかったオルトリンデに感謝しつつ、初めての土地、初めてのおつかいにちょっと心躍りながら、私はイオニス様の治める領都グラナティスへ向かいます。
□□□□□□
都市グラナティスの、私が抱いた第一印象はこんな感じです。
「思ったよりずっと都会……!」
私が今まで住んでいたリトス王国王都よりもです。整然と格子状に整えられた街並み、複数頭立ての馬車が何台もすれ違える大通りの多さ、堅牢な赤みを帯びた石造りの建物がずらりと並び、人間も竜生人も道ゆく人々はみな清潔かつ華やかな服装をしています。
街の端は地平線の向こうまで続き、入り口からではまったく窺うことができません。高い鐘楼にでも登らなくては見えないでしょう。上を見上げれば店々の看板が洗練されたデザインと文字を競っているかのごとく連なっているのです。
まるきり私は田舎者が都会にやってきた状態です。いえ、リトス王国も人間の国にしては都会だと思うのですが、ドラゴニアの発展度合いはそれをはるかに上回っています。さすがは竜生人の国、魔法の気配がそこかしこから溢れ、人間の国ではハリウ・リシア魔導王国くらいでしか手に入らないような高価な魔法道具なども普通に使われているのでしょう。
街並みを見ただけで圧倒されている私ですが、使命を忘れたりはしていません。イオニス様の薬を調達する、よし、気合を入れて行かなくては。
私は大通りに足を踏み出し、てくてく、てくてく、と歩いて——そういえば、と気付いたことがあります。
初めての土地ですので、土地勘などあろうはずがなく、薬局の場所が分かりません。案内図が大通りの交差点に設置されていますが、ドラゴニアの公用文字は古代文字なので半分も読めないのです。
(……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、私ってこんなに何も考えていなかったの?)
突きつけられた現実に、私は唖然とします。もう膝から崩れ落ちて、道端の隅っこでいじけていたい気持ちに駆られますが、何とか奮起します。イオニス様のため、謝るため、ならば恥も何もありません。ここは——道行く人に薬局の場所を聞けばいいのです。
正直、勇気がいりましたが、通りすがりに私とそう年の変わらなさそうな、唾広の帽子に小綺麗なブラウスと長いスカートの人間の女性を見つけ、思い切って声をかけてみました。
「あのう、このあたりに薬局はございますか?」
すると、女性は嫌な顔ひとつせず、親切に答えてくれました。
「人間用ですか? それなら」
「いえ、竜生人用です」
「あら。となると……ここから一本奥の通りにある一番大きな薬局で処方してくれるはずですよ。その店だけ金色の看板なので、すぐに分かると思います」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、でも高いですよ。竜生人を癒す薬には魔力の籠もった貴重な素材しか使われていないとかで」
そのときは、はあ、としか思いませんでしたが、言われてみれば道理です。竜生人が負うほどの傷を治すなど、よほど強い薬でしょう。
親切な女性のおかげで、私はそのあとすぐ薬局に辿り着くことができました。
私は古風な薬の材料棚が二階まで続く、年季の入った薬局に入り、竜生人の店員に「竜生人の角にヒビが入ったのでその薬がほしい」と事情を話したところ——提示された金額は、聞いたこともない桁数でした、
「い、一千枚? 銀貨ではなく、金貨で?」
驚く私を前に、竜生人の店員は厳かに頷きます。
「そうですね、ドラゴニア金貨一千枚です。何せ、角の修復は大量の魔力が必要になりまして、光届かぬ地底湖に棲む千年ナマズの粘液や夜砂漠の堅城オオサソリの毒液を使うのです。しかし、角のヒビに調合した特製軟膏を塗れば数日で回復しますよ」
聞いたこともない材料名を並べられて、金貨一千枚という法外な値段を出されて、薄っぺらい財布しか持っていない私は、引きつった笑みが浮かぶばかりです。
「ま、また来ます」
竜生人店員は、「でしょうね」と言いたげな顔をしていました。
すぐさま私は薬局を出て、金貨一千枚の調達のため、まずは手元のレースを買い取ってくれる店、そうですね、質屋を探しにまたしても走り出しました。
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