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第九話 私が何とかしなくては
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昔、がっかりした顔の父とともに家に帰ってきたことがありました。
私の魔力の制御のため、王都から離れた土地で魔法を使わせて訓練する、という目的で北方の山の麓に出かけ、結果はご存じのとおり私が山を吹き飛ばし大洪水を引き起こした、あのときです。
何度やっても私は上手く魔力を魔法に変えることができず、泣きじゃくりながら続けましたが、すっかり変わった山の地形を見かねたのか、父が「もういい、帰ろう」と落胆した表情で言ったあのとき。
噂を聞いた人々は、私の魔力の暴走を恐れました。山を吹き飛ばすほどの魔力、そんなものがあれば気に入らない人間を王都ごと吹き飛ばしてしまう。そんなふうに口さがなく、私を揶揄してやたら大袈裟に尾鰭派鰭をつけて、噂は広まっていきました。
それが原因で、私は空気を読んで家の外に出ないようになりました。誰に言われたわけでもありません、父も母も兄弟も私へ「外に出るな」などと口にしたことはありません。
しかし、怖がられるということは、私の心に深い傷を残しました。
魔力の制御は密かに続けていましたが、一向に上達は見られず、訓練に付き合わされるラッセルからの嫌味に言い返すことが数少ないおしゃべりでした。家族は例外として、サフィール家の門下生たちだって私を恐れていましたから、必要最小限の会話しかしなかったのです。
それでも、私に「魔法なんか使わなくたって」と言った人はいなかったのです。
父が私を嫁がせる際に口にした、あの一回だけです。
だから私は、この人並外れた魔力をどうにかしたくて、もし制御できれば噂なんて消えてなくなって、楽しくおしゃべりだってできるのではないかと夢見て。
その末に、夫となるイオニス様を吹き飛ばし、屋敷を倒壊させてしまいました。
私はなんと愚かなのでしょう。この制御できない力が、どうにかなると本気で信じていたのです。愚か、愚か、本当に愚かです。どうにもできないくせして、なぜそんな自信を持っていたのか。
いっそのこと、魔法なんか使わなくたっていいのなら、この魔力ごとなくなってしまえばいいのに。
□□□□□□
ガタガタン! と何かが棚から落ちる音で、私は目が覚めました。
埃を立てて床に落ちた紙の箱たちをじっと見つめ、ここはどこだ、と寝ぼけていましたが、思い出しました。私はあの現場から逃げ出し、物置を見つけて、鍵をかけて閉じこもっていたのです。
やっと開いた目は、乾燥しています。涙を流しすぎて、疲れて眠っていたようです。
(無責任だわ、私……イオニス様を吹き飛ばして、助けにいかなくてはならなかったのに、何もかも放り出して逃げて)
私の口から、思わず大きなため息が出ました。あまりにも自分のやらかしたことが大きすぎて、衝撃的すぎたので、私は冷静さを欠いてただその場からいなくなる選択をしてしまった。なんと子どもじみて、馬鹿げたことをしてしまったのでしょう。誰かを傷つけるに飽き足らず、多大な迷惑をかけてしまいました。
でも、あの場で私にできることなんてなかったでしょう。非力で、魔法も使えなくて、邪魔者でしかない私は、せいぜいが二次被害を生まないよう遠ざけられていたあたりが関の山です。莫大な魔力を持っていても、レース編みくらいしか特技のない私は、何もできません。やったこともなく、やろうとしたこともなく、ただただ迷惑な存在です。
そうやってネガティブに考えて、どこまでも私は自分を責めてしまいます。自分を責めたところで何があるわけでもないと分かっているのに、やめられないのです。しまいには、そうやってかわいそうな私、被害者であるように振る舞って、ととことん自分を追い詰めてしまいます。とんだ悪癖です。
こんなときは、思いっきり頭を振ります。ぶんぶんと横に振り、何も考えられなくなるまで目を回させて、無理矢理ネガティブ思考をやめるのです。やりすぎて壁に頭を打ちつけ、痛みに「うぅぅ……」と呻くところまでがセットです。
その馬鹿な音を聞きつけたのでしょう。
慇懃で、それでいて穏やかな女性の声が、物置の扉の外から聞こえてきます。
「奥様、そろそろお出でになられたほうがよろしいかと」
この声は、オルトリンデです。慌てふためき、深呼吸しようにも埃まみれの物置ではできず、私はやっとのことでここから出ない言い訳を口にします。
「だって、あんなことに、またなったらどうしましょう」
しかし、オルトリンデは間髪入れずに、はっきりとこう言いました。
「奥様がお気になさることではありません。ご心配なさらず、イオニス様もそうおっしゃるでしょうから」
「えぇ……?」
そんな馬鹿な、と思いますが、オルトリンデは冗談を言うような女性ではないはずです。あれだけの破壊騒動を起こしておいて気にしないなんて無理ですし、肝心の屋敷の主人であるイオニス様だって——そういえば姿が見えないほど派手に吹っ飛びましたが、どうなったのでしょう。
「あ、あの、イオニス様は、ご無事でしょうか?」
おずおずと尋ねた私へ、冷静なオルトリンデの回答が度肝を抜きます。
「左の角の先端にヒビが入ったそうです」
「ひええええ!?」
——竜生人の角に、ヒビが入った。魔力の源であり、竜生人にとってはその立派さが社会的ステータスにもなる大切な体の一部が、ピシッと。
あわわわ、とんでもないことをしてしまいました。
急に恐ろしくなって、私は無言で物置から出て、オルトリンデに連れられて部屋に帰ります。
(きっとイオニス様はお怒りだわ、というか謝って済む話じゃないわ、どうしましょう……! ど、どうにかしないと、どうにか!)
私の頭の中は、ただそれだけでいっぱいいっぱいになっていました。
イオニス様の角を治す、どうすればいいのかを一人考え、とりあえず——治療だ、と結論が出たのは、次の日の朝でした。
私の魔力の制御のため、王都から離れた土地で魔法を使わせて訓練する、という目的で北方の山の麓に出かけ、結果はご存じのとおり私が山を吹き飛ばし大洪水を引き起こした、あのときです。
何度やっても私は上手く魔力を魔法に変えることができず、泣きじゃくりながら続けましたが、すっかり変わった山の地形を見かねたのか、父が「もういい、帰ろう」と落胆した表情で言ったあのとき。
噂を聞いた人々は、私の魔力の暴走を恐れました。山を吹き飛ばすほどの魔力、そんなものがあれば気に入らない人間を王都ごと吹き飛ばしてしまう。そんなふうに口さがなく、私を揶揄してやたら大袈裟に尾鰭派鰭をつけて、噂は広まっていきました。
それが原因で、私は空気を読んで家の外に出ないようになりました。誰に言われたわけでもありません、父も母も兄弟も私へ「外に出るな」などと口にしたことはありません。
しかし、怖がられるということは、私の心に深い傷を残しました。
魔力の制御は密かに続けていましたが、一向に上達は見られず、訓練に付き合わされるラッセルからの嫌味に言い返すことが数少ないおしゃべりでした。家族は例外として、サフィール家の門下生たちだって私を恐れていましたから、必要最小限の会話しかしなかったのです。
それでも、私に「魔法なんか使わなくたって」と言った人はいなかったのです。
父が私を嫁がせる際に口にした、あの一回だけです。
だから私は、この人並外れた魔力をどうにかしたくて、もし制御できれば噂なんて消えてなくなって、楽しくおしゃべりだってできるのではないかと夢見て。
その末に、夫となるイオニス様を吹き飛ばし、屋敷を倒壊させてしまいました。
私はなんと愚かなのでしょう。この制御できない力が、どうにかなると本気で信じていたのです。愚か、愚か、本当に愚かです。どうにもできないくせして、なぜそんな自信を持っていたのか。
いっそのこと、魔法なんか使わなくたっていいのなら、この魔力ごとなくなってしまえばいいのに。
□□□□□□
ガタガタン! と何かが棚から落ちる音で、私は目が覚めました。
埃を立てて床に落ちた紙の箱たちをじっと見つめ、ここはどこだ、と寝ぼけていましたが、思い出しました。私はあの現場から逃げ出し、物置を見つけて、鍵をかけて閉じこもっていたのです。
やっと開いた目は、乾燥しています。涙を流しすぎて、疲れて眠っていたようです。
(無責任だわ、私……イオニス様を吹き飛ばして、助けにいかなくてはならなかったのに、何もかも放り出して逃げて)
私の口から、思わず大きなため息が出ました。あまりにも自分のやらかしたことが大きすぎて、衝撃的すぎたので、私は冷静さを欠いてただその場からいなくなる選択をしてしまった。なんと子どもじみて、馬鹿げたことをしてしまったのでしょう。誰かを傷つけるに飽き足らず、多大な迷惑をかけてしまいました。
でも、あの場で私にできることなんてなかったでしょう。非力で、魔法も使えなくて、邪魔者でしかない私は、せいぜいが二次被害を生まないよう遠ざけられていたあたりが関の山です。莫大な魔力を持っていても、レース編みくらいしか特技のない私は、何もできません。やったこともなく、やろうとしたこともなく、ただただ迷惑な存在です。
そうやってネガティブに考えて、どこまでも私は自分を責めてしまいます。自分を責めたところで何があるわけでもないと分かっているのに、やめられないのです。しまいには、そうやってかわいそうな私、被害者であるように振る舞って、ととことん自分を追い詰めてしまいます。とんだ悪癖です。
こんなときは、思いっきり頭を振ります。ぶんぶんと横に振り、何も考えられなくなるまで目を回させて、無理矢理ネガティブ思考をやめるのです。やりすぎて壁に頭を打ちつけ、痛みに「うぅぅ……」と呻くところまでがセットです。
その馬鹿な音を聞きつけたのでしょう。
慇懃で、それでいて穏やかな女性の声が、物置の扉の外から聞こえてきます。
「奥様、そろそろお出でになられたほうがよろしいかと」
この声は、オルトリンデです。慌てふためき、深呼吸しようにも埃まみれの物置ではできず、私はやっとのことでここから出ない言い訳を口にします。
「だって、あんなことに、またなったらどうしましょう」
しかし、オルトリンデは間髪入れずに、はっきりとこう言いました。
「奥様がお気になさることではありません。ご心配なさらず、イオニス様もそうおっしゃるでしょうから」
「えぇ……?」
そんな馬鹿な、と思いますが、オルトリンデは冗談を言うような女性ではないはずです。あれだけの破壊騒動を起こしておいて気にしないなんて無理ですし、肝心の屋敷の主人であるイオニス様だって——そういえば姿が見えないほど派手に吹っ飛びましたが、どうなったのでしょう。
「あ、あの、イオニス様は、ご無事でしょうか?」
おずおずと尋ねた私へ、冷静なオルトリンデの回答が度肝を抜きます。
「左の角の先端にヒビが入ったそうです」
「ひええええ!?」
——竜生人の角に、ヒビが入った。魔力の源であり、竜生人にとってはその立派さが社会的ステータスにもなる大切な体の一部が、ピシッと。
あわわわ、とんでもないことをしてしまいました。
急に恐ろしくなって、私は無言で物置から出て、オルトリンデに連れられて部屋に帰ります。
(きっとイオニス様はお怒りだわ、というか謝って済む話じゃないわ、どうしましょう……! ど、どうにかしないと、どうにか!)
私の頭の中は、ただそれだけでいっぱいいっぱいになっていました。
イオニス様の角を治す、どうすればいいのかを一人考え、とりあえず——治療だ、と結論が出たのは、次の日の朝でした。
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