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第五話 友人の助言です(下)
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(あのイオニス様が、匂いをつけたり噛みついたり舐めたり? えぇ……犬じゃないのだから)
そんなことは、ちょっと想像できません。しかし、ラッセルは冗談など言いません。私だって竜生人の習性なんて知りませんから、嘘だと断定できないのです。それに、自分で言っておきながら、ラッセルは嫌そうな顔をしていました。
「俺はさ、そういうのどうかと思うけど。で、それに付き合わされちゃたまんないだろうと思って、竜生人として助言に来た」
ああ、ラッセルは自分がそんな竜生人と一緒であることが嫌なようです。無理もありません、ラッセルは確かに竜生人ですが、育ちは人間と同じです。そういうところ、種族の習性の違いをしっかり分かっています。
困惑しきりの私へ、ラッセルは力強く『助言』をしてくれました。
「いいか、ルル。竜生人は頑丈だ、それも竜爵となりゃお前が全力で魔力をぶつけたって絶対に死にやしない。お前が抵抗したって大丈夫だ、ってことを覚えとけ。襲われそうになったらぶん殴っていいからな」
「ぶん殴るって……それもどうかと」
「最初が肝心だぞ。それは人間の夫婦だって同じだろ」
ああ、まあ、そうですね。おそらく、メイビー。
そんなことは巷の噂か小説の中でしか聞いたことのない私は、とりあえず頷くしかありません。
「そうかもしれませんね」
「だろ。じゃ、幸運を祈るよ」
トランクから立ち上がり、ラッセルはスタスタと帰ろうとします。言うだけ言った、とばかりの素っ気ない態度ですが、ラッセルがわざわざやってきて助言するなど、滅多にないことです。
(心配して、私のために来てくれたのね……あ、そうだ)
私は急いで、その背に感謝の言葉を投げかけました。
「ありがとう、ラッセル。その、今まで、ありがとう。何か、お礼ができれば」
すると、ラッセルは足を止め、くるりと扉とは違う方向へ向き直りました。
その視線の先には、今まで編んできたレースを入れた木箱があります。失敗作もあれば、作ってみたものの出来に満足していないもの、流行遅れになってしまったもの、さまざまです。それはさすがに残していこうと思って、私がまとめてあったものでした。
ラッセルはその木箱をゴソゴソと探り、一枚の亜麻レースを取り出しました。ハンドタオルくらいの大きさで、小さな花や野草の模様こそ細かいのですが、細かすぎて逆に重くなり使い道がなかったものです。
そういえば、そのレースのことは、前にラッセルへ愚痴ったことがありました。これはダメなの、せっかく作ったけれど使えないわ、と言った覚えがあります。
「このレース、もらっていいか?」
躊躇なくその重たいレースを取り出したラッセルへ、私は断る術を知りません。快く、承諾しました。
「ええ、どれでも持っていってちょうだい」
「一つでいい。ジーナ義姉さんがお前のファンだからな、ふん」
照れ隠しに義理の姉ヴィオジーナの名前を出して、ローブの中にレースをしまって、ラッセルは今度こそ帰ろうとします。
私はもう一度、声をかけました。
「お姉様によろしくね。また、何か作品ができたらお送りするわ」
ラッセルは振り返りませんでした。小さく「ああ」と言ったきり、静かに私の部屋を後にします。
こうして私は、不器用な友人に別れの挨拶ができました。有益であろう助言ももらい……それは衝撃的すぎて、私は就寝しようとベッドに入ったものの、想像しきりで眠れません。
「やっぱり、舐められたりするのかしら……うぅ、嫌かも」
またまたネガティブにそんなことを考えていたのですが、「よく考えればどこを舐めるのかしら」という疑問にたどり着いてしまい、想像は行き止まってしまっていつの間にかぐっすり眠っていました。
私、意外と図太いのかしら。
そんなことは、ちょっと想像できません。しかし、ラッセルは冗談など言いません。私だって竜生人の習性なんて知りませんから、嘘だと断定できないのです。それに、自分で言っておきながら、ラッセルは嫌そうな顔をしていました。
「俺はさ、そういうのどうかと思うけど。で、それに付き合わされちゃたまんないだろうと思って、竜生人として助言に来た」
ああ、ラッセルは自分がそんな竜生人と一緒であることが嫌なようです。無理もありません、ラッセルは確かに竜生人ですが、育ちは人間と同じです。そういうところ、種族の習性の違いをしっかり分かっています。
困惑しきりの私へ、ラッセルは力強く『助言』をしてくれました。
「いいか、ルル。竜生人は頑丈だ、それも竜爵となりゃお前が全力で魔力をぶつけたって絶対に死にやしない。お前が抵抗したって大丈夫だ、ってことを覚えとけ。襲われそうになったらぶん殴っていいからな」
「ぶん殴るって……それもどうかと」
「最初が肝心だぞ。それは人間の夫婦だって同じだろ」
ああ、まあ、そうですね。おそらく、メイビー。
そんなことは巷の噂か小説の中でしか聞いたことのない私は、とりあえず頷くしかありません。
「そうかもしれませんね」
「だろ。じゃ、幸運を祈るよ」
トランクから立ち上がり、ラッセルはスタスタと帰ろうとします。言うだけ言った、とばかりの素っ気ない態度ですが、ラッセルがわざわざやってきて助言するなど、滅多にないことです。
(心配して、私のために来てくれたのね……あ、そうだ)
私は急いで、その背に感謝の言葉を投げかけました。
「ありがとう、ラッセル。その、今まで、ありがとう。何か、お礼ができれば」
すると、ラッセルは足を止め、くるりと扉とは違う方向へ向き直りました。
その視線の先には、今まで編んできたレースを入れた木箱があります。失敗作もあれば、作ってみたものの出来に満足していないもの、流行遅れになってしまったもの、さまざまです。それはさすがに残していこうと思って、私がまとめてあったものでした。
ラッセルはその木箱をゴソゴソと探り、一枚の亜麻レースを取り出しました。ハンドタオルくらいの大きさで、小さな花や野草の模様こそ細かいのですが、細かすぎて逆に重くなり使い道がなかったものです。
そういえば、そのレースのことは、前にラッセルへ愚痴ったことがありました。これはダメなの、せっかく作ったけれど使えないわ、と言った覚えがあります。
「このレース、もらっていいか?」
躊躇なくその重たいレースを取り出したラッセルへ、私は断る術を知りません。快く、承諾しました。
「ええ、どれでも持っていってちょうだい」
「一つでいい。ジーナ義姉さんがお前のファンだからな、ふん」
照れ隠しに義理の姉ヴィオジーナの名前を出して、ローブの中にレースをしまって、ラッセルは今度こそ帰ろうとします。
私はもう一度、声をかけました。
「お姉様によろしくね。また、何か作品ができたらお送りするわ」
ラッセルは振り返りませんでした。小さく「ああ」と言ったきり、静かに私の部屋を後にします。
こうして私は、不器用な友人に別れの挨拶ができました。有益であろう助言ももらい……それは衝撃的すぎて、私は就寝しようとベッドに入ったものの、想像しきりで眠れません。
「やっぱり、舐められたりするのかしら……うぅ、嫌かも」
またまたネガティブにそんなことを考えていたのですが、「よく考えればどこを舐めるのかしら」という疑問にたどり着いてしまい、想像は行き止まってしまっていつの間にかぐっすり眠っていました。
私、意外と図太いのかしら。
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