7 / 26
第五話 友人の助言です(上)
しおりを挟む
その日の深夜のことです。
翌朝にはドラゴニアへ出立するとのことで、私はとりあえず身の回りのものをトランクに詰め込んでいました。嵩張るものは後日まとめて新居となるイオニス様のお屋敷に送ってもらうことになり、目下多少の着替えや趣味のレース編みの道具、母から譲られていたアクセサリやドレスを少々、あとは本や筆記具、化粧品などを荷造りし、大きな木製トランク二つ分の荷物が出来上がっていました。
「これは……嫁入り道具としては多いのかしら、少ないのかしら」
何とも悩ましい話ですが、年頃の令嬢が嫁ぐ際、何を持っていくものなのか、私は知りません。同年代の友人がほぼいないせいで、そのあたりの常識に疎いのです。
一応、私は貴族令嬢ではあります。サフィール家も他国で言えば侯爵くらいの権力や権威を持っていますが、領地はありません。魔導師として魔法研究にかかりきりになるため、領地経営などは手間がかかるし不必要、というわけです。
なので、私もサフィール家もお金に困ったことはないのですが——我が家は質素ではある、と風の噂で耳にしました。門下生たちが噂をしているのを耳に入れた程度で、実際のところはさておき、きっとそうなのでしょう。宝石を買ったりドレスをオーダーメイドしたり、そんなことはしませんものね。ええ。外に出ませんから。……分かっていたものの、自分にダメージが入ることを考えるのはよしましょう。
らしい、とか、らしくない、とか、そんなことはどうでもいいのです。
(きっとそう、だって……そうじゃなければ、イオニス様は私なんかを花嫁に選ばないはず。私を見て竜爵閣下の妻にふさわしい、なんて考えたわけではなくて、見ていらしたのは魔力だけ。ある意味では気楽だけれど、ある意味では憂鬱だわ)
考えれば考えるほど、泥沼に沈んでいく思考をどうにも引き上げられなくなってきました。私はそういうところがあるのです、自分で考えておきながらどんどんネガティブになっていく。考えすぎよ、と母に笑われたこともありますし、数少ない友人である門下生のラッセルにだって昔、鼻で笑われました。
そういえば、ラッセルに私がドラゴニアへ嫁ぐことを伝えなければ。時々、ラッセルには魔法の練習に付き合ってもらっています。いきなり挨拶もせずにいなくなれば、ラッセルはきっと拗ねて嫌味が止まらなくなってしまいます。
噂をすれば何とやら、部屋の扉が外からノックされました。
「はい、どなたでしょう?」
「エルミーヌ、俺だ」
扉の向こうからかけられた、まだ甲高い少年の特徴的な声は、すぐに誰だか分かってしまいます。
「ラッセル? ちょうどよかった、入って!」
私の招きに応じて、入ってきたのは——黒髪と側頭部の黒い二本角を持つ、中性的な竜生人の少年です。目つきが悪いのが玉にキズですが、十分に美少年の部類に入るでしょう。門下生の青いローブを羽織り、細長い黒い鱗の尻尾が背中の穴から少しだけ顔を出しています。
彼は、リトス王国では知将と知られるバラストル将軍の養子となった、竜生人の少年ラッセルです。私とは幼いころからの付き合いで、彼の義理の姉ヴィオジーナもたまにやってきておしゃべりをする関係です。
私は家族よりもよほど気心の知れたラッセルに、今日起きた出来事をすべて洗いざらい話してしまいたくて、ラッセルに勢いよく話しかけます。
「ラッセル。あのね」
「聞いてる。嫁入りするんだろ」
あら。肩透かしを喰らってしまいました。
ラッセルは堂々と、物が少なくなった私の部屋を見回して、ふん、と鼻を鳴らしました。気位の高い竜生人であるラッセルはいつも不機嫌そうにしていますが、今は何だか、気に入らない、という感じでしょうか。
ラッセルは私のトランクに腰を下ろし、こんなことを言い出しました。
「まあいい。ルル、知ってるか? 竜生人の男は自分のものに匂いをつけたがる。そういう習性なんだ。何かと噛みついたり舐めたり、四六時中手元に置いたりな」
「舐める!?」
思わず、ピェっと悲鳴を上げてしまいそうになりました。
翌朝にはドラゴニアへ出立するとのことで、私はとりあえず身の回りのものをトランクに詰め込んでいました。嵩張るものは後日まとめて新居となるイオニス様のお屋敷に送ってもらうことになり、目下多少の着替えや趣味のレース編みの道具、母から譲られていたアクセサリやドレスを少々、あとは本や筆記具、化粧品などを荷造りし、大きな木製トランク二つ分の荷物が出来上がっていました。
「これは……嫁入り道具としては多いのかしら、少ないのかしら」
何とも悩ましい話ですが、年頃の令嬢が嫁ぐ際、何を持っていくものなのか、私は知りません。同年代の友人がほぼいないせいで、そのあたりの常識に疎いのです。
一応、私は貴族令嬢ではあります。サフィール家も他国で言えば侯爵くらいの権力や権威を持っていますが、領地はありません。魔導師として魔法研究にかかりきりになるため、領地経営などは手間がかかるし不必要、というわけです。
なので、私もサフィール家もお金に困ったことはないのですが——我が家は質素ではある、と風の噂で耳にしました。門下生たちが噂をしているのを耳に入れた程度で、実際のところはさておき、きっとそうなのでしょう。宝石を買ったりドレスをオーダーメイドしたり、そんなことはしませんものね。ええ。外に出ませんから。……分かっていたものの、自分にダメージが入ることを考えるのはよしましょう。
らしい、とか、らしくない、とか、そんなことはどうでもいいのです。
(きっとそう、だって……そうじゃなければ、イオニス様は私なんかを花嫁に選ばないはず。私を見て竜爵閣下の妻にふさわしい、なんて考えたわけではなくて、見ていらしたのは魔力だけ。ある意味では気楽だけれど、ある意味では憂鬱だわ)
考えれば考えるほど、泥沼に沈んでいく思考をどうにも引き上げられなくなってきました。私はそういうところがあるのです、自分で考えておきながらどんどんネガティブになっていく。考えすぎよ、と母に笑われたこともありますし、数少ない友人である門下生のラッセルにだって昔、鼻で笑われました。
そういえば、ラッセルに私がドラゴニアへ嫁ぐことを伝えなければ。時々、ラッセルには魔法の練習に付き合ってもらっています。いきなり挨拶もせずにいなくなれば、ラッセルはきっと拗ねて嫌味が止まらなくなってしまいます。
噂をすれば何とやら、部屋の扉が外からノックされました。
「はい、どなたでしょう?」
「エルミーヌ、俺だ」
扉の向こうからかけられた、まだ甲高い少年の特徴的な声は、すぐに誰だか分かってしまいます。
「ラッセル? ちょうどよかった、入って!」
私の招きに応じて、入ってきたのは——黒髪と側頭部の黒い二本角を持つ、中性的な竜生人の少年です。目つきが悪いのが玉にキズですが、十分に美少年の部類に入るでしょう。門下生の青いローブを羽織り、細長い黒い鱗の尻尾が背中の穴から少しだけ顔を出しています。
彼は、リトス王国では知将と知られるバラストル将軍の養子となった、竜生人の少年ラッセルです。私とは幼いころからの付き合いで、彼の義理の姉ヴィオジーナもたまにやってきておしゃべりをする関係です。
私は家族よりもよほど気心の知れたラッセルに、今日起きた出来事をすべて洗いざらい話してしまいたくて、ラッセルに勢いよく話しかけます。
「ラッセル。あのね」
「聞いてる。嫁入りするんだろ」
あら。肩透かしを喰らってしまいました。
ラッセルは堂々と、物が少なくなった私の部屋を見回して、ふん、と鼻を鳴らしました。気位の高い竜生人であるラッセルはいつも不機嫌そうにしていますが、今は何だか、気に入らない、という感じでしょうか。
ラッセルは私のトランクに腰を下ろし、こんなことを言い出しました。
「まあいい。ルル、知ってるか? 竜生人の男は自分のものに匂いをつけたがる。そういう習性なんだ。何かと噛みついたり舐めたり、四六時中手元に置いたりな」
「舐める!?」
思わず、ピェっと悲鳴を上げてしまいそうになりました。
15
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。


【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる