竜爵閣下、あなたのためにこっそり魔導匠見習いになって働きます!

ルーシャオ

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第三話 旦那様に貰われるのでしょうか

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 ポカン。

 開いた口が塞がらないとはこのことです。

 呆気に取られた私へ、叱責とまでは行かずとも、確認の声が降ってきます。

「聞こえなかったのか?」
「い、いえ、でも」

 ちょっと言っている意味が分からないですね。ええ。

 現在は国際法上、奴隷以外の人身売買は厳禁ですよ、と嗜めるべきなのか、それとも私は強盗に襲われているのか、現状がいまいち呑み込めず、対処に困っているそんなときです。

 ドタバタ慌ただしい足音が複数、私の部屋に乱入してきたのです。

「エルミーヌ!」

 聞き覚えのある父の声です。私がイオニス様の横からひょいと部屋の入り口を見ると、魔導師らしいと山高帽に厚手のローブを羽織った父、サフィール家当主セラーノがやってきているではありませんか。

 助かった、と思った次の瞬間、太っちょのリトス王国の現国王陛下がのしのしやってきたことで、私は「あれ?」と状況が必ずしも好転したわけではないことを察します。

 二重顎を揺らしながら、ぷくぷくの国王陛下は満面の笑みを父へ向けました。

「いやあ、よかったよかった! サフィールの末娘の貰い手が見つかって!」
「まことにそのとおりでございます、陛下。エルミーヌは果報者でございます」

 さっきから二度も耳に入ってくる「貰う」という言葉に、私はムッと機嫌が斜めになってしまいそうです。

(私を貰う? イオニス様が? それがなぜ私が果報者ということになるのです?)

 まるで私を物のように、ポイっとくれてやるかのごとく軽くそんな言葉を使われると、私という人間が軽んじられているようではありませんか。これに苛立たずして、何に苛立てと言うのです。私はいつになく湧き上がってきた苛立ちを、視線にこめて父へ問いごと投げかけます。

「お父様、これはどういうことでしょうか?」

 すると、父は若干バツが悪そうに、私と目を合わせまいとしていました。取り繕うように、イオニス様について話を始めます。

「イオニス竜爵閣下は、竜生人ドラゴニュートの花嫁にふさわしい魔力を持った令嬢を探しておられたのだ。我がリトス王国とドラゴニアは伝統的な友好国、であればこそ」
「うむ! サフィール家の秘宝とも呼ばれる膨大な魔力を持ったエルミーヌであれば、お眼鏡に適うであろうとな! まことめでたいめでたい!」

 国王陛下、あなたに聞いてはおりませんのでお静かに。そう言えればどれほどよかったでしょう。

 今、私の部屋の雰囲気は、空気を読まない国王陛下以外緊張したものであると把握できない者はいないでしょう。イオニス様、父と国王陛下、忍び足でやってきたその後ろに控える国王陛下の侍従たち——おそらく侍従の方々は、私が怒りに任せて魔法をぶつけてこないか、と戦々恐々としているのでしょう。

 だって、あの方々は、私を見る目とイオニス様を見る目が同じなのですもの。同じ人間である私を、まるで竜生人ドラゴニュートと同じくらい怖い生き物だと思っているかのようです。

(……そういう視線があるから、私は外に出られなくなったのに。どうしてまた、こんなことに? 私が、竜生人ドラゴニュートのイオニス様の花嫁、ですって? 何がサフィール家の秘宝ですか。馬鹿馬鹿しい)

 恨みがましく父を睨んでも、父は目を逸らすばかりです。

 いけない、いけない。怒りに呑まれて魔力を暴走させるなど、あってはなりません。私はとりあえずアンガーマネジメント、六秒間深く息を吸って吐き、感情の昂りを抑えます。昔いた家庭教師に教わった方法ですが、これがなかなか効果的なのです。

 深呼吸している私を、イオニス様がじっと見ていました。ですが、私はその視線に応えられるほど、心が落ち着いていないのです。

 そして、空気を読めない国王陛下は宣言します。

「そういうわけだ。明日にはドラゴニアへ出立するのだぞ、式はまだ先だが準備があるのだ。よく心得よ、エルミーヌ」

 そんなことを言われてしまっては、私、エルミーヌ・サフィールは能天気なリトス王国の国王陛下のことが大嫌いになってしまいそうです。

 やがて国王陛下はイオニス様を連れて、私の部屋から堂々と出ていってしまわれました。

 残されたのは、私と、うなだれはしていないものの明らかに気落ちしている父だけです。

 あの国王陛下のせいで、心労の絶えない父の額はまた髪の毛が後退してしまったようでした。
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