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第二話 旦那様と初対面です(下)
しおりを挟む私の部屋に親族や門下生以外の男性がやってくることなど、初めてです。
見られて困るものはありませんが、ちょっと失礼ではないでしょうか?
いえ、そう思ってみたかっただけです。さして誰かと会う機会のない私は、私のもとにやってくる客人ではなく間違えただけだろう、いやいや一応は私を訪ねてこられた可能性も捨てられない、と頭の中で忙しなくああでもないこうでもないと意見を戦わせていました。
そこへ、私の前に踏み込んできた男性は一言。
「お前がエルミーヌか?」
頭上から降ってきた重低音のお声に、私はつい気圧されてしまいました。
見上げれば、私よりも頭二つ分以上の背丈から、鋭い濃紫の眼光が私を睨みつけているではありませんか。アメジストのような瞳に、私の顔がしっかり映っています。
蛇に睨まれた蛙とはこのことです。涙目の私はぷるぷる震える足を踏ん張って、やっとのことで返事をします。
「は、はい」
「申し遅れた。私はイオニス、イオニス・ハイドロス・ナインスという」
そう名乗った男性は、スッと静かに会釈をしました。その上品な所作に、思わず見惚れてしまいそうです。
驚いてばかりの私へ、イオニス——様と付けるべきでしょう、イオニス様はご自身の顎を撫でながら、不思議そうに尋ねられます。
「その顔。竜生人を見るのは初めてか?」
私は虚勢を張って、力一杯、頭を横に振りました。
「いえ、我が家の門下生にもおりますので……ただ、ここまで立派な角を持つお方は、見たことも聞いたこともございません」
イオニス様は「そうか」とだけつぶやき、私の答えにさして興味を抱かなかったようです。
この世界には人間以外にも様々な高度知性生命体がいます。その頂点にほど近いところにいる生き物が竜生人であり、天地創造の竜の血を濃く受け継ぐ、通常の姿は人間に近い種族です。
ただの竜であれば魔力を持っていても社会性はなく、知性よりも本能の衝動が強い動物的な生き物です。人間に退治されることもあるほど、危険な害獣に近い扱いをされます。
しかし竜生人は極めて高い知性と膨大な魔力を兼ね備え、なおかつ人間に近い容姿に化身することで人間やそれに近い種族との交配も可能、また独自の社会や国家を形成するというハイクラスな生命体として、この世界に君臨しています。
いえ、それは正しくありませんね。『ドラゴニア九子連合国』という勢力圏とも国家体とも言えるものを作り上げ、世界全土に大きな影響力を持つ一方で、安定を望むとても平和的な志向の方々です。人間と違い、竜生人は国家間戦争などここ何百年も行っていないのではないでしょうか。
とはいえ、彼らは人間ではありません。友好的であっても人間の考えの及ばない存在であり、もし敵対すれば人間など易々と平らげることができる、と確信を持っているのです。だからこその余裕、だからこその【他の生物が竜生人を頭上に戴く平和】を望むのです。
とまあ、竜生人の知り合いなど門下生の一人以外いない私としましては、竜生人の殿方が部屋にやってくる理由がまったく思い浮かびません、はい。
ところがです。
イオニス様は、高みからこうおっしゃいました。
「事情は後で説明する。今からお前は私が貰い受ける、すみやかに我が国へ向かう支度をしろ」
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