竜爵閣下、あなたのためにこっそり魔導匠見習いになって働きます!

ルーシャオ

文字の大きさ
上 下
2 / 26

第二話 旦那様と初対面です(上)

しおりを挟む
 リトス王国王都、城のそばには巨木がそびえ立っています。

 まるで太古の神話に出てくる世界樹のごとく巨大で、城を呑み込みそうなほど大地に深く根を張り、城を驟雨から守り切れるほど枝葉は天高く生い茂るその木は、はるか昔にハリウ・リシア魔導王国から友好の証に贈られた居住型魔法生物『千年樹デントロ』であり、そのときリトス王国へ移住した魔導師の名家たるサフィール家の住居となりました。

 王の住まう城よりも大きく成長した巨木には、サフィール家とその門下生たちが暮らしています。リトス王国随一の魔導研究機関としての役割も兼ねた、木の中に作られた快適な居住空間。概ね外見どおり、木の壁に木の床、木の天井の部屋が無数にあり、ウロは食堂や大ホール、講堂として使われています。一番大きなウロにはこの木の動力源である『巨大母封石センテーフィ』が鎮座していて、各階層に必要な動力を供給しているのです。

 明かり、水道、蒸気、熱、そういった人間の生活に必要なものはもちろん、魔法道具の作成、魔法の訓練、魔導師の魔力回復の休憩所運営まで『巨大母封石センテーフィ』のおかげで賄え、この『千年樹デントロ』は成り立っているのです。あと、ちょっとだけ王城にも延長して、王城の動力補助も行っています。

 まあ、そこに住んでいる中で魔法がまともに使えない人間は、私だけなのですが。

 そんな気落ちするような事実は横に置いておきましょう。今日も今日とて、私——エルミーヌ・サフィールは自室で作りかけのレースと格闘しているのですから。

 ふわふわ青みがかった金髪をポニーテールにして、藍色のワンピースの両袖をめくり、歩きやすいパンプスを履いて、レース作りに没頭する。いつもの私のスタイルです。

 固めのクッションに細いピンを何十本と打ち込み、亜麻リネンの糸を引っ掛けて模様を編んでいく古式ゆかしいボビンレース。垂れ下がる年季の入った無数の木製ボビン、すでに編まれたレースの束。書見台に載せた図案はすっかり修正の赤インク跡だらけで真っ赤です。

 しかし朝から根を詰めすぎてしまいました、そろそろ休憩しましょう。そう思って、背伸びをしていたそのときです。唐突に、部屋の扉がノックされました。

 私は顔を上げ、扉の向こうへと声をかけます。

「はい、どなたですか? 今、扉を開けますので、少々お待ち願えれば」

 しかし、その返答はありませんでした。

 代わりに扉が開かれ、現れたのは——見知らぬ赤い長髪の紳士、各所に意匠の入った銀板の輝く立派な装束はまるで御伽話に出てくる王様のようです。しかも、その頭には王冠代わりにか、金色の湾曲した大きな角が二本も生えています。よくよく見れば、彼の背後には真紅の鱗を持つ身長ほどもある長い立派な尻尾があります。

 一体全体、どうしたことかと私は驚き、それでも何とか礼を失することのないように、と立ち上がってもう一度尋ねます。

「ど、どなた、でしょう……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...