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第二章 テオドラ

第四話

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 それらの出来事を語り終えたテオドラは、伏し目がちにコーヒーの水面を眺めるばかりだ。

 男性は神妙にこう言った。

「なかなかヘヴィだな」
「そうよね。私、恋愛結婚がしたくて親の勧める婚約から逃げて、わがままたっぷり言って……この有り様。馬鹿みたいでしょう」

 自嘲気味に、テオドラは乾いた笑いを浮かべる。

 結局、すべてが無駄で、テオドラの幼稚な目論見は御破算というわけだ。貴族に恋愛結婚などありえない、そう言われることに反発していたことさえも、ただのわがままだ。

 そうしたことにすっかり得心がいってしまい、落ち込むばかりのテオドラへ、男性は少し悩んだのち、オペラケーキの入ったホーロー製ケースの蓋を閉じてから相槌を打つ。

「だが、恋愛みたいなものはできたんだろう?」
「うん、そうね。そうだわ、あれは多分、恋愛。ごっこが付くような幼稚なものだったとしても、きっとそう」
「なら、その思い出はいつか美化されて、歳を取ってからそんなこともあったなって言えるようになるさ」

 そうかもね、とテオドラは力なく笑ったままだ。コーヒーを飲み干し、カップをカウンターに置こうとしたそのとき——どん、とカウンターに先に置かれたのは、蓋付きのホーロー製ケースだ。

 テオドラが男性を見上げると、なんとも得意げな営業スマイルをしていた。

「さて、お嬢様が大人になった記念に、このオペラケーキをどうぞ」
「え? いいの?」
「試食してくれたお礼さ。お気に召したようだし、ケースごと持って帰ってゆっくり召し上がれ」

 そう言って、男性はホーロー製ケースをテオドラのほうへと押し出す。

 思わず両手で受け取ったテオドラは、自分でも驚くほど湧き上がってくる衝動のあまり、歓喜の声を上げた。

「やったぁ! ありがとう!」

 屈託なく、少女のようにお菓子をもらって喜ぶテオドラは、すぐさまシーバート公爵家屋敷へと小走りで帰っていった。

 帰って、オペラケーキを食べるのだ。その一心で、しかし、ほろ苦い経験は忘れずに。




 ちなみに、無事帰ってきた娘を前に、シーバート公爵はこう言った。

「いいのだ、婚約だって嫌だろうし、こんなことがあっては婚約などまた今度でいい! よく帰ってきた、テオドラ!」

 テオドラは感涙の父に呆れつつ、持って帰ってきたオペラケーキを食べて仲直りした。






 半年後、シーバート公爵家令嬢テオドラは、とある帝国の第一皇子ヴェルギルと恋に落ちた。

 国賓としてやってきたヴェルギルをもてなす晩餐会で、会を取り仕切るよう王命を受けたシーバート公爵がテオドラの発案で例のオペラケーキを再現して作って出したのだ。

 ちょうどテオドラは発案者としてサイコロのように四角く小さくなったオペラケーキについてヴェルギルへ説明し、その大役を終えたあと、彼に呼び止められた。

「君がこれを作ったのか? それは素晴らしい、食べやすくて、なおかつ極上の味わいを何度も味わえる。ぜひ、私にもう一度作ってもらえないか?」

 その場にいた貴族たちは、誰もが二人を讃える。

「ご覧になりまして? テオドラ様のあの上気したお顔、本当に恋する乙女のようで素敵! まるで絵画の一幕ね」
「異国風の彫りが深い顔立ちのヴェルギル殿下には並の女性では並び立てませんものね。本当、古いロマンスにある砂漠の国の王子と異国の王女のよう……羨ましいわ」
「やっぱりテオドラ様にお似合いなのは長身のしっかりした美形よ。何でしたかしら、どこかの侯爵閣下がテオドラ様へ粉をつけようとしたそうですけれど、身の程知らずで呆れてしまいましたもの」
「あら、トレント侯爵のこと? 今、離婚調停中よ。なんでも、大勢の情婦が押しかけてきて子どもの嫡出を認めるよう訴えを起こしたことで、どうせ侯爵家も弟君が継ぐのではないかしら」
「それよりも、ご覧になって! ほら、ヴェルギル殿下がテオドラ様のお手を取って!」

 こうして晩餐会は成功に終わり、貴族たちは新たなロマンスに熱中していく。

 ヴェルギルとテオドラを結びつけたオペラケーキの物語もレシピも、瞬く間に王国中に広まっていくのだった。



おしまい。
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みんなの感想(1件)

けだま
2023.10.15 けだま

ちょっぴりオシャレな香り。私の前にも現れてくれないかしらん
読み切りショートショート集みたいな感じでシリーズ化希望です☕
現代バージョンがあったらTVの深夜ショートドラマって感じでしょうし
異世界のままだったらショートアニメにぴったりだと思います

解除
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