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最終話
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双子の伯爵令嬢、『未来視』と『過去視』の魔女、色々な肩書を持つアルマナとミリエットが王都に上り、十五年の月日が過ぎた。
当主の趣味によりベラスティール侯爵邸は王都有数の大庭園を持ち、多くの魔女や貴族たちが集う場所として開放されていた。異国の珍しい草花だけでなく、丁寧に作庭された園内を歩けば、遠い別荘地まで足を伸ばさずともわずらわしい喧騒から離れリラックスできると評判だ。
屋敷二階の談話室、大庭園を望む窓辺で、薄茶色の髪と水色の瞳を持つ淑女と、金髪と紫の瞳を持つ淑女——どちらも同じ顔立ちをしている——が同じ方向を見ていた。大庭園の木々の谷間に漂う朝靄はまだ晴れず、日が昇ったばかりだ。
懐かしそうに目を細め、夜空を惜しむように彼女たちはそこにいた。
アルマナが口を開く。
「もうとっくに過ぎちゃったわね、前世の年齢」
ミリエットはクスッと小さく笑った。
「あっという間だったわ。あの先にどんな人生が待っていたんだろう、って何度も何度も思ったけど」
「終わってほしい時間ほど終わらないし、惜しめば惜しむほど時間は早く過ぎ去るのよね」
魔女の異能であっても、月日を操ることはできない。それはこの十五年間、他の魔女たちと交流して薄々気付いたことで、今世から来世、もしくは前世へ介入することは現状不可能であることを示していた。
時間は不可逆なのだ。歴史にIFは存在しないように、今の力で自分でない自分を救うことはできない。
「魔女の異能は今世限りの力だから、次の人生の幸せに役立てることはできない……それはちょっと残念かしら」
「いつまでも愛する家族には幸せでいてほしいものね。おせっかいだろうけど」
であれば、精一杯今の家族を幸せにする——でも、その次の人生で酷い目に遭ったら、と考えると不安になってくる。前世での経験から、アルマナもミリエットももう二度とあんな思いをしたくない、させたくないと強く思っていた。
——しかし、それは人知の及ぶところだろうか?
そうではない、少なくとも二人はそう考えなかった。
「ねえ、アルマナ」
「何?」
「『魔術視』の魔女、ノルゴーツ公爵夫人リディアナインがね、私たちに魔術を教えてくれるってお誘いがあるんだけど」
「どうして? 私たちでも魔術は使えるの?」
「そういう魔術を、彼女は開発したんだって。異能に頼らず使える力、どう?」
ミリエットの言わんとするところを、アルマナは余すところなく理解した。
もっともっと努力して、異能でも魔術でも何でも、次の人生の幸せに繋がる手段を得よう。そうすれば、酷い目に遭わずに済む。力がなくては愛する家族は守れない。
それはささやかな、すでに今世でも母親となった二人の切に願うところだ。
やれやれ、とアルマナは肩をすくめ、ミリエットは悪戯っぽく笑う。
「まったく、ミリエットは欲張りなんだから」
「それはアルマナもでしょう? じゃあ、決まりね」
「さっそく、公爵夫人を訪ねましょう」
二人の魔女は異口同音に、同じ思いを口にする。
「「愛する人の幸せのためだもの」」
どこまでも純粋に、幸せを願う思いを持った双子の魔女たちは、『愛する』意味を知っている。
守り、尽くし、育て、幸せを願うこと。
アルマナとミリエットは、愛のために人知を超えて邁進していく。
おしまい。
当主の趣味によりベラスティール侯爵邸は王都有数の大庭園を持ち、多くの魔女や貴族たちが集う場所として開放されていた。異国の珍しい草花だけでなく、丁寧に作庭された園内を歩けば、遠い別荘地まで足を伸ばさずともわずらわしい喧騒から離れリラックスできると評判だ。
屋敷二階の談話室、大庭園を望む窓辺で、薄茶色の髪と水色の瞳を持つ淑女と、金髪と紫の瞳を持つ淑女——どちらも同じ顔立ちをしている——が同じ方向を見ていた。大庭園の木々の谷間に漂う朝靄はまだ晴れず、日が昇ったばかりだ。
懐かしそうに目を細め、夜空を惜しむように彼女たちはそこにいた。
アルマナが口を開く。
「もうとっくに過ぎちゃったわね、前世の年齢」
ミリエットはクスッと小さく笑った。
「あっという間だったわ。あの先にどんな人生が待っていたんだろう、って何度も何度も思ったけど」
「終わってほしい時間ほど終わらないし、惜しめば惜しむほど時間は早く過ぎ去るのよね」
魔女の異能であっても、月日を操ることはできない。それはこの十五年間、他の魔女たちと交流して薄々気付いたことで、今世から来世、もしくは前世へ介入することは現状不可能であることを示していた。
時間は不可逆なのだ。歴史にIFは存在しないように、今の力で自分でない自分を救うことはできない。
「魔女の異能は今世限りの力だから、次の人生の幸せに役立てることはできない……それはちょっと残念かしら」
「いつまでも愛する家族には幸せでいてほしいものね。おせっかいだろうけど」
であれば、精一杯今の家族を幸せにする——でも、その次の人生で酷い目に遭ったら、と考えると不安になってくる。前世での経験から、アルマナもミリエットももう二度とあんな思いをしたくない、させたくないと強く思っていた。
——しかし、それは人知の及ぶところだろうか?
そうではない、少なくとも二人はそう考えなかった。
「ねえ、アルマナ」
「何?」
「『魔術視』の魔女、ノルゴーツ公爵夫人リディアナインがね、私たちに魔術を教えてくれるってお誘いがあるんだけど」
「どうして? 私たちでも魔術は使えるの?」
「そういう魔術を、彼女は開発したんだって。異能に頼らず使える力、どう?」
ミリエットの言わんとするところを、アルマナは余すところなく理解した。
もっともっと努力して、異能でも魔術でも何でも、次の人生の幸せに繋がる手段を得よう。そうすれば、酷い目に遭わずに済む。力がなくては愛する家族は守れない。
それはささやかな、すでに今世でも母親となった二人の切に願うところだ。
やれやれ、とアルマナは肩をすくめ、ミリエットは悪戯っぽく笑う。
「まったく、ミリエットは欲張りなんだから」
「それはアルマナもでしょう? じゃあ、決まりね」
「さっそく、公爵夫人を訪ねましょう」
二人の魔女は異口同音に、同じ思いを口にする。
「「愛する人の幸せのためだもの」」
どこまでも純粋に、幸せを願う思いを持った双子の魔女たちは、『愛する』意味を知っている。
守り、尽くし、育て、幸せを願うこと。
アルマナとミリエットは、愛のために人知を超えて邁進していく。
おしまい。
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