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第十三話

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 『炎熱視』の魔女パドレ女大公ラティーナ。以前、『占星視』の魔女ウィグラッフ侯爵夫人フィデルマータからの手紙で、アルマナとミリエットにいずれ深く関わるだろう人物と知らされていた名前だ。

 なので、アルマナはいきなり顔を合わせることになっても驚きはしない。いずれ会うと知っていたし、プラシドの親族であっても特に変わらない。敵対するわけではない、と分かっているからだ。

 事実、ラティーナはアルマナへ手を叩いて喜びを示している。

「まずは、復讐成功おめでとう。心から祝福しましょう。私たち魔女は皆、そういうものを抱えてこの世界に転生してくる。だから、それを果たす、前世の因縁を克服することが叶ったのは、我がことのように喜ばしいわ。本当よ?」

 しわがれた声に嘘はない、アルマナはそう思った。

 『炎熱視』の魔女は、。その異能を使って、彼女はアルマナとミリエットのために尽力してくれていた。

「移送されてきた囚人は、私が燃やしておきました。これで、やつらに来世はない。転生はここで終わり、もう二度と生を得ることはない。安心なさい、『炎熱視』の魔女としてここに宣言します」

 こくり、とアルマナは深く頷いた。

 これで、前世の復讐は本当の意味で終わりを告げた。『炎熱視』の魔女が前世の夫と不倫相手を魂ごと燃やし尽くし、二度と会うことはない。内心とても安堵して、喜びよりも重い荷が降りてじわじわとその実感が湧いてきているところだ。

 それに、魔女は前世で非業の死を遂げ、この世界で前世の復讐を遂げるために異能を持って生まれてくる女性のことだ。同じ魔女に対して言葉では何とも表しがたい連帯感、同情、何かをしてあげたいという気持ちが自然と湧いてくるもので、それゆえにアルマナはラティーナの善意を無条件に受け入れられた。もちろん、普段は来世だとか復讐といった事柄を他人に悟られないように生きなければならないため、過剰な協力は期待してはいけないが。

「まあそれはそうと、どうかしら? プラシド。母親を早くに亡くしているから少々甘えん坊なところもあるけれど」

 そう言ったあと、ラティーナはハッとした。

 プラシドの名前を出した途端、アルマナの目の色が変わっていたからだ。

? ?」

 アルマナのその言葉で、ラティーナは察した。

「……ああ、前もあなたの関係者だったのね。そう、それならこれ以上しつこく言う必要はないでしょう。あの子を頼みます」

 ——言われるまでもない。

 アルマナは、とっくに覚悟を決めている。前世で幸せにしてあげられなかった分、精一杯支えるのだと。

 令詩、いや、プラシドを、どんな形でも幸せにしてみせる。

「お任せください。プラシド公子は、必ず私が幸せにして差し上げます……!」

 普段は冷静な令嬢の目に、火が灯る。

 アルマナはすっくと立ち上がり、部屋から駆け出した。

 ラティーナは咎めることなく、アルマナの行く先の幸運を祈った。





 アルマナは本来、真っ先に向かうはずだった公爵の居室——応接間と執務室が一体化したアスィエル城の見晴らしのいいホールへ、ドーンとやってきた。プラシドの手を引き、まんまるビール樽腹のパペチュエリー公爵の眼前へヒールを鳴らしながらやってくる。

「やあ、ブライス伯爵領からわざわざ」
「ごきげんようパペチュエリー公爵閣下! さっそくですがご相談がありますわ!」
「な、何かな?」

 挨拶もそこそこに、アルマナは——宣言した。

「プラシド公子を私の婿にしていただけませんこと!?」

 つまりは、求婚プロポーズである。

 勢いのついたアルマナの宣言に、目までまんまるくしたパペチュエリー公爵がアルマナとプラシドを交互に見ながら問う。

「えっと、君が、プラシドの嫁に、ではなく?」
「どちらでもけっこうですわ。私は、絶対にプラシド公子を幸せにします! この命をかけて、何なら『未来視』の異能を最大限活用してでも!」

 一方で、いきなりの求婚に空いた口が塞がらないプラシドは、心底困った目で父親を見ていた。どういうことだ、と問いたかったのだろうが、あろうことかパペチュエリー公爵は子犬のような目のプラシドを無視してご機嫌にバチーンと右手指を鳴らした。

「うむ、許可する!」
「父上!?」
「おおプラシド、お前は嫌か?」
「ええぇ……?」

 おそらく、プラシドには言いたいことが山ほどあるが、何せ勢いについていけていない。

 アルマナもパペチュエリー公爵も、その勢いを味方につけ、このまま話を決着に持ち込む算段だ。ただうろうろしているだけのプラシドでは止めることはできない。

 アルマナは未来を知っているから、パペチュエリー公爵は踏んできた場数が違うから、この話を成立させられるだけの度胸も技量もある。

 そこで、アルマナはプラシド本人の許可を取ろうと、つまりは振り向かせようと本音まみれで口説きはじめた。

「プラシド公子。私を伴侶と思う必要はございません、ただ私を使えばいいのです。どこまでもお供しますわ!」
「ちょっと待って、落ち着いてアルマナ嬢! まあまあ! というか初対面の僕に、どうしてそこまで!?」
「決まっておりますわ! ずっと昔から、あなたのことを『視』ていたからです! 『未来視』を持つがゆえに、自身の未来だって分かっておりました! いえ、私の未来などどうでもよろしいのです。あなたの未来が幸せなら、それでよろしいのですから!」

 パペチュエリー公爵が「おお!」と野太い歓声を上げる。

 貴族令嬢にここまでの献身と忠誠を示されて応えないなど、貴族の男としてありえない。ましてやアルマナはエスティナ王国の認める『魔女』だ。『未来視』によって間違った選択を取ることはないだろうし、プラシドを選んだことにも必ず理由があると、パペチュエリー公爵もプラシドも判断する。

 好きかどうかではなく——それもまた大事だが——貴族としてその結婚にどれほどの利益があるかを、エスティナ王国貴族として理解できないはずがないのだ。

 最終的には、プラシドは一生懸命に見上げてくるアルマナのアメジストのごとく輝く瞳に負けた。

(この人は、多分、力づくででも僕を幸せにしようとする人だろうな、うん……いや、うん、悪くはないし、というか可愛いし、くそっ、女性の押しに弱いんだよなぁ、僕!)

 実はプラシド、女性にあまり免疫がない。早くに母を亡くし、多忙な父とその有能な秘書たち、文武両道を旨とする厳しい教育係たちに囲まれてきたため、母性に飢えていた。貴族として最低限の礼節や節度を持っているため対人関係に困ったことはないが、公爵家嫡子という身分からみだりに女性に近づくことは許されなかったのだ。

 そこへやってきたアルマナである。いきなりのプラシドへの求婚、幸せにするとの宣言。

 プラシドがこの流れに身を任せていいのではないか、という気持ちへ傾くのに、そう時間はかからなかった。

「す、末長くよろしくお願いします……?」
「はい、もちろん! 差し当たって公爵閣下、プラシド公子のために公爵領をより盤石に維持し、発展する道筋が『視』えておりますので、そちらについてお話を!」
「うむ、願ってもいないことだ! 商談ならば遠慮なく、何時間だろうと語り合おう!」
「ええ!」

 こうして、アルマナとプラシドの婚約は内定し、パペチュエリー公爵へ土産とばかりにアルマナの『未来視』情報が提供された。パペチュエリー公爵は狂喜乱舞して義理の娘アルマナを自身のブレーンへ加え、新たな事業計画に次々と着手していくのである——なお、プラシドは商才がないため、普通に公爵の執務を譲られてこなす役割に任ぜられた。何せ顔がいい国内有数の資産家の嫡子であるため、ろくに顔を出さずとも社交界の評判は上々である。

 すでにそこまでアルマナには未来が『視』えている。その未来を実現すべく、パペチュエリー公爵には成功してもらわなくてはならないからこそ、全力で力を貸すのだ。

 蚊帳の外に置かれたプラシドが、広いホールで所在なさげにしていると、大叔母のラティーナがこそっとやってきてこう慰めた。

「プラシド、よかったわね?」
「……た、多分?」

 貴族にとって、愛を紡ぐ前にはやることが多い。

 アルマナはそれを分かっているからこそ、子を守る母としての本能もあって、大商人パペチュエリー公爵に一歩も引かず喰らいつく。

 力がなくては、愛する家族を守れないのだ。

 アルマナとプラシドが愛を囁くには、もう少し時間が必要だった。
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