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第二十話 マルヤッタ
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アングルボザ——伝説の女巨人は、タビの目には生き物のようには見えなかった。
鋼鉄の肌、光る両目、開かれた口と鼻からは蒸気が常に噴き出る。極めつけは指の関節だ、明らかに鋼鉄製の球体関節をしている。
おそらく、以前イフィクラテスから聞いた『機械仕掛けの神』に近いだろう。錬金術師に作られた機械の体を持つ鋼鉄の巨人、『機械仕掛けの神』が一夜で一国を滅ぼしたなら、アングルボザは一都市くらいは滅ぼせそうだ。
イフィゲネイアはタビを見て、アングルボザを指差す。
「タビ、大体推測は付いているでしょう?」
「ええと、はい……あれは『機械仕掛けの神』のようなもの、ですよね」
「そう、おそらくは劣化コピーね。それも相当つたない出来だから、問題ないわ」
イフィゲネイアはあっさりと、残酷にそう告げる。タビがダンジョンで、人の何十倍もある鋼鉄の巨人を前にして落ち着いていられるのはイフィゲネイアとシノンがいるからだが——。
タビはふと、イフィゲネイアへ疑問をぶつける。
「『機械仕掛けの神』がダンジョンの『管理人』になれるんですか? あの中に核があるとか?」
「いい質問ね。おそらく、動力源はモンスター……あれが開発されたころは鉱石生物の核が用いられていたと思われるわ。核のエネルギーや特徴を強く出すための補助装置も備えられているでしょうし、長い年月をかけてダンジョンを構築することは可能でしょうね」
「へー……」
つまり、鋼鉄の巨人アングルボザもダンジョンを生み、モンスターを産む中核的存在であるということだ。生き物ではないのに、アングルボザもまたモンスターの親的な働きをしていると思うと、タビは奇妙な感覚を覚える。
それはそうと、アングルボザは近づいてきている。揺らぐ地面を踏み締めて、タビの体を抑えているシノンがアングルボザの左肩を顎で指し示す。
「あの上、見えるか?」
すぐにタビとイフィゲネイアの視線が注がれる。
アングルボザの左肩の上には、暗くて見づらいが小さな影があった。そしてそれを、イフィゲネイアはあっさりと看破する。
「人ね」
「あいつがアングルボザを……操っているのか?」
「かもしれないけれど」
イフィゲネイアに人と断定されたその小さな影をタビはまじまじ見つめるが、はっきり言ってよく分からない。シノンやイフィゲネイアの視力が異常なのだろうか、タビは真剣に悩む。
イフィゲネイアは懐から小瓶を取り出した。松明の光に当たった小瓶の中身は、金色に煌めく液体だ。
「タビ」
「あ、はい!」
「錬金術師の一つの目標、憶えているかしら?」
突然の問いかけに、タビはほぼ反射的に答えた。
「現代では金の生成、です」
「そのとおり。卑金属を金に。今となっては奥義であり、千年前はこうやって片手間にできることだったわけだけれど」
こうやって。それを実践するために、イフィゲネイアは小瓶をアングルボザへとぶん投げた。
イフィゲネイアは軽く投げただろうに、小瓶ははるか遠くへ飛んでいき、アングルボザの鋼鉄の肌に当たってパリンと割れる音がした。
その直後のことだ。アングルボザの鋼鉄の肌が、変質しはじめたのだ。
松明の光は、鉄と金の違いを明らかにする。鈍色の、錆さえもあったアングルボザの肌は、澱み一つない美しい金色の肌へと変化していく。錆は落ち、柔らかい金となった足元にもたらされたのは見た目の変化だけではない。
その巨体を支えていた鋼鉄が、柔らかい金になってしまえば、巨体は足元から潰れていく。金になった足が沈むように潰れ、金への変化はすでにアングルボザの腰のあたりにまで到達していた。アングルボザは両手を地面につき、四つん這いの姿勢になる。
どんどん進んでいく金への変化を前に、イフィゲネイアは淡々としていた。
「今のは液体化した賢者の石を希釈したもので、卑金属にかけると金ができるわ。お金がなくなったら、いらない鉄くずに振りかけて売れば当面の資金になるから便利よ」
「もう何でもありだな」
シノンの呆れ声には、タビも少し同意する。
とはいえ、鋼鉄の巨人が金の巨人になって、倒れていく左肩にいた小さな影は少しずつその姿を明らかにする。
小さな影は、自身を覆っていたマントを脱ぎ、アングルボザの肩から軽々と降りてくる。
凄まじい量の赤い刺繍が施されたウールのマント、足元まで届く金の三つ編み、顔以外の肌を出さない毛皮の衣服。そして、右の腰には丸めた皮の鞭があった。
金髪と白い肌の少女は、三人の前にやってきて、堂々と名乗る。
「私はマルヤッタ。錬金術師と、冒険者と見受ける」
マルヤッタと名乗った少女は、イフィゲネイアとシノンを交互に見た。タビを見ていないのは、明らかにこの集団のリーダーではないからだろう。
イフィゲネイアはすかさずこう言った。
「名乗る前に一つだけ確認させてもらえるかしら。あなたはこのダンジョンでモンスターを増やして、外に出すつもりなの?」
「そうだ」
「なぜ?」
マルヤッタは答えない。そこへ、シノンが言葉を付け足す。
「そのマント、お前はヒュペルボレイオス人だな。ラエティアの、それもダンジョンにいるのは珍しい。出稼ぎにも見えない、なら何の目的で南へ来た?」
シノンの口調は、イフィゲネイアよりもずっと責める調子が強い。
それに応じるわけではないだろうが、マルヤッタはようやく答えた。
「世界樹を鎮めるためだ」
鋼鉄の肌、光る両目、開かれた口と鼻からは蒸気が常に噴き出る。極めつけは指の関節だ、明らかに鋼鉄製の球体関節をしている。
おそらく、以前イフィクラテスから聞いた『機械仕掛けの神』に近いだろう。錬金術師に作られた機械の体を持つ鋼鉄の巨人、『機械仕掛けの神』が一夜で一国を滅ぼしたなら、アングルボザは一都市くらいは滅ぼせそうだ。
イフィゲネイアはタビを見て、アングルボザを指差す。
「タビ、大体推測は付いているでしょう?」
「ええと、はい……あれは『機械仕掛けの神』のようなもの、ですよね」
「そう、おそらくは劣化コピーね。それも相当つたない出来だから、問題ないわ」
イフィゲネイアはあっさりと、残酷にそう告げる。タビがダンジョンで、人の何十倍もある鋼鉄の巨人を前にして落ち着いていられるのはイフィゲネイアとシノンがいるからだが——。
タビはふと、イフィゲネイアへ疑問をぶつける。
「『機械仕掛けの神』がダンジョンの『管理人』になれるんですか? あの中に核があるとか?」
「いい質問ね。おそらく、動力源はモンスター……あれが開発されたころは鉱石生物の核が用いられていたと思われるわ。核のエネルギーや特徴を強く出すための補助装置も備えられているでしょうし、長い年月をかけてダンジョンを構築することは可能でしょうね」
「へー……」
つまり、鋼鉄の巨人アングルボザもダンジョンを生み、モンスターを産む中核的存在であるということだ。生き物ではないのに、アングルボザもまたモンスターの親的な働きをしていると思うと、タビは奇妙な感覚を覚える。
それはそうと、アングルボザは近づいてきている。揺らぐ地面を踏み締めて、タビの体を抑えているシノンがアングルボザの左肩を顎で指し示す。
「あの上、見えるか?」
すぐにタビとイフィゲネイアの視線が注がれる。
アングルボザの左肩の上には、暗くて見づらいが小さな影があった。そしてそれを、イフィゲネイアはあっさりと看破する。
「人ね」
「あいつがアングルボザを……操っているのか?」
「かもしれないけれど」
イフィゲネイアに人と断定されたその小さな影をタビはまじまじ見つめるが、はっきり言ってよく分からない。シノンやイフィゲネイアの視力が異常なのだろうか、タビは真剣に悩む。
イフィゲネイアは懐から小瓶を取り出した。松明の光に当たった小瓶の中身は、金色に煌めく液体だ。
「タビ」
「あ、はい!」
「錬金術師の一つの目標、憶えているかしら?」
突然の問いかけに、タビはほぼ反射的に答えた。
「現代では金の生成、です」
「そのとおり。卑金属を金に。今となっては奥義であり、千年前はこうやって片手間にできることだったわけだけれど」
こうやって。それを実践するために、イフィゲネイアは小瓶をアングルボザへとぶん投げた。
イフィゲネイアは軽く投げただろうに、小瓶ははるか遠くへ飛んでいき、アングルボザの鋼鉄の肌に当たってパリンと割れる音がした。
その直後のことだ。アングルボザの鋼鉄の肌が、変質しはじめたのだ。
松明の光は、鉄と金の違いを明らかにする。鈍色の、錆さえもあったアングルボザの肌は、澱み一つない美しい金色の肌へと変化していく。錆は落ち、柔らかい金となった足元にもたらされたのは見た目の変化だけではない。
その巨体を支えていた鋼鉄が、柔らかい金になってしまえば、巨体は足元から潰れていく。金になった足が沈むように潰れ、金への変化はすでにアングルボザの腰のあたりにまで到達していた。アングルボザは両手を地面につき、四つん這いの姿勢になる。
どんどん進んでいく金への変化を前に、イフィゲネイアは淡々としていた。
「今のは液体化した賢者の石を希釈したもので、卑金属にかけると金ができるわ。お金がなくなったら、いらない鉄くずに振りかけて売れば当面の資金になるから便利よ」
「もう何でもありだな」
シノンの呆れ声には、タビも少し同意する。
とはいえ、鋼鉄の巨人が金の巨人になって、倒れていく左肩にいた小さな影は少しずつその姿を明らかにする。
小さな影は、自身を覆っていたマントを脱ぎ、アングルボザの肩から軽々と降りてくる。
凄まじい量の赤い刺繍が施されたウールのマント、足元まで届く金の三つ編み、顔以外の肌を出さない毛皮の衣服。そして、右の腰には丸めた皮の鞭があった。
金髪と白い肌の少女は、三人の前にやってきて、堂々と名乗る。
「私はマルヤッタ。錬金術師と、冒険者と見受ける」
マルヤッタと名乗った少女は、イフィゲネイアとシノンを交互に見た。タビを見ていないのは、明らかにこの集団のリーダーではないからだろう。
イフィゲネイアはすかさずこう言った。
「名乗る前に一つだけ確認させてもらえるかしら。あなたはこのダンジョンでモンスターを増やして、外に出すつもりなの?」
「そうだ」
「なぜ?」
マルヤッタは答えない。そこへ、シノンが言葉を付け足す。
「そのマント、お前はヒュペルボレイオス人だな。ラエティアの、それもダンジョンにいるのは珍しい。出稼ぎにも見えない、なら何の目的で南へ来た?」
シノンの口調は、イフィゲネイアよりもずっと責める調子が強い。
それに応じるわけではないだろうが、マルヤッタはようやく答えた。
「世界樹を鎮めるためだ」
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