上 下
20 / 22

第二十話 マルヤッタ

しおりを挟む
 アングルボザ——伝説の女巨人は、タビの目には生き物のようには見えなかった。

 鋼鉄の肌、光る両目、開かれた口と鼻からは蒸気が常に噴き出る。極めつけは指の関節だ、明らかに鋼鉄製の球体関節をしている。

 おそらく、以前イフィクラテスから聞いた『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』に近いだろう。錬金術師に作られた機械の体を持つ鋼鉄の巨人、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』が一夜で一国を滅ぼしたなら、アングルボザは一都市くらいは滅ぼせそうだ。

 イフィゲネイアはタビを見て、アングルボザを指差す。

「タビ、大体推測は付いているでしょう?」
「ええと、はい……あれは『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』のようなもの、ですよね」
「そう、おそらくは劣化コピーね。それも相当つたない出来だから、問題ないわ」

 イフィゲネイアはあっさりと、残酷にそう告げる。タビがダンジョンで、人の何十倍もある鋼鉄の巨人を前にして落ち着いていられるのはイフィゲネイアとシノンがいるからだが——。

 タビはふと、イフィゲネイアへ疑問をぶつける。

「『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』がダンジョンの『管理人トゥイトゥス』になれるんですか? あの中に核があるとか?」
「いい質問ね。おそらく、動力源はモンスター……あれが開発されたころは鉱石生物の核が用いられていたと思われるわ。核のエネルギーや特徴を強く出すための補助装置も備えられているでしょうし、長い年月をかけてダンジョンを構築することは可能でしょうね」
「へー……」

 つまり、鋼鉄の巨人アングルボザもダンジョンを生み、モンスターを産む中核的存在であるということだ。生き物ではないのに、アングルボザもまたモンスターの親的な働きをしていると思うと、タビは奇妙な感覚を覚える。

 それはそうと、アングルボザは近づいてきている。揺らぐ地面を踏み締めて、タビの体を抑えているシノンがアングルボザの左肩を顎で指し示す。

「あの上、見えるか?」

 すぐにタビとイフィゲネイアの視線が注がれる。

 アングルボザの左肩の上には、暗くて見づらいが小さな影があった。そしてそれを、イフィゲネイアはあっさりと看破する。

「人ね」
「あいつがアングルボザを……操っているのか?」
「かもしれないけれど」

 イフィゲネイアに人と断定されたその小さな影をタビはまじまじ見つめるが、はっきり言ってよく分からない。シノンやイフィゲネイアの視力が異常なのだろうか、タビは真剣に悩む。

 イフィゲネイアは懐から小瓶を取り出した。松明の光に当たった小瓶の中身は、金色に煌めく液体だ。

「タビ」
「あ、はい!」
「錬金術師の一つの目標、憶えているかしら?」

 突然の問いかけに、タビはほぼ反射的に答えた。

「現代では金の生成、です」
「そのとおり。卑金属を金に。今となっては奥義であり、千年前はこうやって片手間にできることだったわけだけれど」

 こうやって。それを実践するために、イフィゲネイアは小瓶をアングルボザへとぶん投げた。

 イフィゲネイアは軽く投げただろうに、小瓶ははるか遠くへ飛んでいき、アングルボザの鋼鉄の肌に当たってパリンと割れる音がした。

 その直後のことだ。アングルボザの鋼鉄の肌が、変質しはじめたのだ。

 松明の光は、鉄と金の違いを明らかにする。鈍色の、錆さえもあったアングルボザの肌は、澱み一つない美しい金色の肌へと変化していく。錆は落ち、柔らかい金となった足元にもたらされたのは見た目の変化だけではない。

 その巨体を支えていた鋼鉄が、柔らかい金になってしまえば、巨体は足元から潰れていく。金になった足が沈むように潰れ、金への変化はすでにアングルボザの腰のあたりにまで到達していた。アングルボザは両手を地面につき、四つん這いの姿勢になる。

 どんどん進んでいく金への変化を前に、イフィゲネイアは淡々としていた。

「今のは液体化した賢者の石を希釈したもので、卑金属にかけると金ができるわ。お金がなくなったら、いらない鉄くずに振りかけて売れば当面の資金になるから便利よ」
「もう何でもありだな」

 シノンの呆れ声には、タビも少し同意する。

 とはいえ、鋼鉄の巨人が金の巨人になって、倒れていく左肩にいた小さな影は少しずつその姿を明らかにする。

 小さな影は、自身を覆っていたマントを脱ぎ、アングルボザの肩から軽々と降りてくる。

 凄まじい量の赤い刺繍が施されたウールのマント、足元まで届く金の三つ編み、顔以外の肌を出さない毛皮の衣服。そして、右の腰には丸めた皮の鞭があった。

 金髪と白い肌の少女は、三人の前にやってきて、堂々と名乗る。

「私はマルヤッタ。錬金術師と、冒険者と見受ける」

 マルヤッタと名乗った少女は、イフィゲネイアとシノンを交互に見た。タビを見ていないのは、明らかにこの集団のリーダーではないからだろう。

 イフィゲネイアはすかさずこう言った。

「名乗る前に一つだけ確認させてもらえるかしら。あなたはこのダンジョンでモンスターを増やして、外に出すつもりなの?」
「そうだ」
「なぜ?」

 マルヤッタは答えない。そこへ、シノンが言葉を付け足す。

「そのマント、お前はヒュペルボレイオス人だな。ラエティアの、それもダンジョンにいるのは珍しい。出稼ぎにも見えない、なら何の目的で南へ来た?」

 シノンの口調は、イフィゲネイアよりもずっと責める調子が強い。

 それに応じるわけではないだろうが、マルヤッタはようやく答えた。

「世界樹を鎮めるためだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

ホスト異世界へ行く

REON
ファンタジー
「勇者になってこの世界をお救いください」 え?勇者? 「なりたくない( ˙-˙ )スンッ」 ☆★☆★☆ 同伴する為に客と待ち合わせしていたら異世界へ! 国王のおっさんから「勇者になって魔王の討伐を」と、異世界系の王道展開だったけど……俺、勇者じゃないんですけど!?なに“うっかり”で召喚してくれちゃってんの!? しかも元の世界へは帰れないと来た。 よし、分かった。 じゃあ俺はおっさんのヒモになる! 銀髪銀目の異世界ホスト。 勇者じゃないのに勇者よりも特殊な容姿と特殊恩恵を持つこの男。 この男が召喚されたのは本当に“うっかり”だったのか。 人誑しで情緒不安定。 モフモフ大好きで自由人で女子供にはちょっぴり弱い。 そんな特殊イケメンホストが巻きおこす、笑いあり(?)涙あり(?)の異世界ライフ! ※注意※ パンセクシャル(全性愛)ハーレムです。 可愛い女の子をはべらせる普通のハーレムストーリーと思って読むと痛い目をみますのでご注意ください。笑

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...