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第十六話 走って行くところ

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 昼過ぎ、タビは医薬品をカバンに入れて、屋敷の玄関に向かった。

 すでにイフィクラテスとイフィゲネイア、シノンが待っている。イフィゲネイアは肩からかけた皮袋一つ、シノンは大剣とリュックサック一つという——シノン以外ダンジョンに行くとは思えない軽装だ。それでいいのだろうか、とタビは心配になったが、イフィクラテスならともかくイフィゲネイアが忘れ物をしたということはないだろうし、と納得することにした。

 イフィクラテスは、出立前のタビへずいとあるものを押し付けた。

「タビ、お前の武器と防具を用意した。使ってみろ」

 そう言われてタビが渡されたのは、タビの身長ほどのただまっすぐな、赤みを帯びた細い棒と、新品の茶色いダッフルコートだ。

「杖と……コート?」
「ああ。杖は何かと役に立つぞ。疲れたときは支えに、正体不明のものを見つけたら先端でつついて確かめて、テコの原理で邪魔な岩や倒木を動かすことだってできる。そいつは鍛鉄鋼をアウリカルクムでコーティングしたから軽くて丈夫だぞ」
「コートはそうね、多分溶岩の上でも燃えないし溶けないと思うわ。一通り耐毒性も検証したから、安心して着なさい」

 タビはもそもそとダッフルコートを着て、杖を手に持つ。なるほど、しっくり来る。タビの力でも杖は軽く感じるし、ダッフルコートも暑すぎず寒すぎず、おそらく錬金術で作った素材を使っているのだろう。タビに対する師匠たちの愛、と言えるのかもしれない。

 シノンはその様子を見て呆れていた。

「相変わらず過保護だな、あんたたちは」
「いいだろう?」
「いいのかどうかは分からんが、まあ、悪くはないんじゃないか」
「なら大丈夫ね」

 シノンの言わんとするところは、タビも分かる。弟子を溺愛しすぎに思えるがそれで大丈夫か、と言いたいのだろう。正直、タビもちょっと気にしていた。しかし、言ったところでどうにもならない。きっと何かちゃんと考えているイフィクラテスとイフィゲネイアの気が済むようにするしかないのだ。

 そんなことを考えていると、タビは突然、杖ごとひょいとシノンの右肩に担がれた。あまりにもスムーズに荷物のように肩へ担がれて、しかもその大きな肩はとても頼り甲斐がある。

「さて、行くか」
「えっ、何で僕を担いで」
「このほうが早い。イフィゲネイア、あんたの荷物も」
「大丈夫よ。このくらい何ともないわ」
「そりゃすまなかった」
「厚意は受け取っておくわ」

 そのやりとりが終わった瞬間——シノンとイフィゲネイアは疾走しはじめた。

 屋敷から『アングルボザの磐座いわくら』へは半日の道のりだが、この二人はその所要時間を短縮する気満々だ。

 まるで馬が駆けるかのように、タビを担いだシノンはイフィゲネイアと並走していく。人間とは思えないほど速すぎて、乗っているタビはもはや恐怖だ。

 タビは杖とシノンの服を必死で掴み、縮こまって叫ぶ。

「速い~~~~!?」

 タビの叫びはむなしく、森にかき消えていった。
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