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第十二話 それはやりたいことなのか?
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ラハクラッツのダンジョン共益地案の詳細はまた煮詰めるということで、タビとイフィクラテスは一旦帰ることにした。
今日の収穫は桃花草シャーレ三つ分と、ラハクラッツとの合意だ。タビは散々な目に遭ったものの、初めてのダンジョン探索で収穫は悪くはないと自分を慰めた。そうでも思わなければやっていられない。
帰り際、ラハクラッツはこっそりタビにこう言った。
「お前、タビだったか、ソクラテアを倒すくらいの力はあるんだな?」
「あっ……ご、ごめんなさい、無我夢中で、その、せっかくのソクラテアを」
気まずく謝るタビへ、ラハクラッツは「違うぞ」と制した。
「ソクラテアはまた復活するぞ。核があるからな。それに、生存競争で相手が死ぬまで戦うことは当たり前だぞ?」
「うん、そうかもしれないけど、無断で縄張りに入ったのは僕だから」
タビはしゅんとなって、罪悪感にため息が出そうだった。
ソクラテアは貴重な植物の世話のために、縄張りで水を確保しようとしていただけだ。そこへ踏み入ったのはタビとイフィクラテスで、しかもタビは襲ってきたソクラテアを真っ二つにしてしまった。かわいそうなことをしてしまった、と思うのは、おかしなことだろうか、とタビは心に棘が刺さったような疑問が残っていた。
ダンジョンを踏破する、ということは、そこで生活しているモンスターを倒して、そこに君臨する『管理人』の命を奪うことにまで繋がってしまう。もちろん得られるものも大きいが、それよりも——タビにとっては、穏やかに暮らしていた生き物の運命を変えてしまう、ということがとても気になってしまう。
正直に言って、嫌だった。錬金術のために、と言っても、誰かを傷つけてまでやることだろうか。
そんなタビを、ラハクラッツは気遣った。
「タビ、お前はモンスターと意思疎通する方法を習得したほうがいいぞ。お前は優しいから、そうやって何があっても後悔する。そういうのは健康によくないぞ?」
まさかモンスターに健康を心配される日が来るとは、タビは想像すらしたことがなかった。
しかし、モンスターと意思疎通、つまり——。
「師匠みたいに、交渉ができるようになればいいってこと?」
「あれは交渉じゃないぞ。脅迫だぞ」
「えっと、うん、そう、だね」
「モンスターも馬鹿じゃないぞ。話し合いできるし、できないやつはまあ、そうやって脅す必要があるかもだが、それでもただ命の奪い合いをすることが有益だとは、お前だって思っていないはずだぞ」
タビには、ラハクラッツの言っていることは、もっともそうに聞こえる。
だが、本当にそうだろうか。まだタビはその話を頭から信じる気にはなれない。対話はできても合意ができなければ戦いは避けられないし、戦わなければ相手を認めないのは人間もモンスターも同じかもしれない。
どうすれば、とタビはひたすら考える。
そこへ、イフィクラテスが肩を叩いた。
「タビ、そろそろ帰るぞ」
「は、はい」
「ラハクラッツ、また来る。できるだけ早く計画をまとめて説明に来るから、そのときは」
「入り口でワガハイを呼べ! 中には入るな!」
「分かった分かった。それじゃ」
イフィクラテスに背中を押されて、タビはラハクラッツに手を振って、その場を離れた。
イフィクラテスは青い宝石のついた錫杖を振りながら、満足そうに歩を進める。ラハクラッツが作ったのか、すぐにダンジョンは外との境界である出入り口が姿を現し、そこを越えればタビとイフィクラテスは外に出られた。
外にイフィゲネイアはいなかったが、すでに領主との土地買収の交渉へ出向いているのだろう。
「さて、タビ。忘れないうちに、重要なことを言っておこう」
歩きながら、イフィクラテスは真剣にそう言った。
何を言われるのか、タビはドキドキしながら言葉を待つ。
「まず、今回の目的……お前の適性を見るということに関しては、ほぼ達成された」
「本当ですか?」
「ああ、お前は戦うこと自体はできる。いい武器を持ち、経験を積めば間違いなく、冒険者なんか足元にも及ばないダンジョン踏破者となれるだろう。しかしだ」
しかし。
タビを褒めているはずのイフィクラテスの言葉が、タビには剣のごとく突き刺さる。
「それは、お前のしたいことなのか?」
タビは人生の中で、それだけはたった一つを除いて明確に考えたことがなかった。
そんなこと——分からない。
何をしたいのか、今は錬金術を学びたいと思う。しかし、それ以外は?
自分の利益のために、ダンジョンの生き物たちを脅かす生き方は、本当に望むことなのか?
それとも、他にやりたいことがあるのか?
自分にどれほど問いかけても、タビには分からない。
「したいこと……僕は、錬金術をたくさん学んで、それで」
それから先を、自分はどうしたいのか?
タビの胸の中で渦巻く、もやもやと形のない思いをどう処理するべきか、タビにはまだどうしていいかも分かっていない。
ただ、イフィクラテスが急かすことはなかった。
「大丈夫だ、タビ。今回のことを、お前はよく考えるだろう。すぐに結論を出すな、錬金術師として何をやるべきと思うか、しっかり考えるんだ」
イフィクラテスは、タビの頭を撫でる。
タビは、この冬を通じて、曖昧な自分の未来のことを考えはじめた。
今日の収穫は桃花草シャーレ三つ分と、ラハクラッツとの合意だ。タビは散々な目に遭ったものの、初めてのダンジョン探索で収穫は悪くはないと自分を慰めた。そうでも思わなければやっていられない。
帰り際、ラハクラッツはこっそりタビにこう言った。
「お前、タビだったか、ソクラテアを倒すくらいの力はあるんだな?」
「あっ……ご、ごめんなさい、無我夢中で、その、せっかくのソクラテアを」
気まずく謝るタビへ、ラハクラッツは「違うぞ」と制した。
「ソクラテアはまた復活するぞ。核があるからな。それに、生存競争で相手が死ぬまで戦うことは当たり前だぞ?」
「うん、そうかもしれないけど、無断で縄張りに入ったのは僕だから」
タビはしゅんとなって、罪悪感にため息が出そうだった。
ソクラテアは貴重な植物の世話のために、縄張りで水を確保しようとしていただけだ。そこへ踏み入ったのはタビとイフィクラテスで、しかもタビは襲ってきたソクラテアを真っ二つにしてしまった。かわいそうなことをしてしまった、と思うのは、おかしなことだろうか、とタビは心に棘が刺さったような疑問が残っていた。
ダンジョンを踏破する、ということは、そこで生活しているモンスターを倒して、そこに君臨する『管理人』の命を奪うことにまで繋がってしまう。もちろん得られるものも大きいが、それよりも——タビにとっては、穏やかに暮らしていた生き物の運命を変えてしまう、ということがとても気になってしまう。
正直に言って、嫌だった。錬金術のために、と言っても、誰かを傷つけてまでやることだろうか。
そんなタビを、ラハクラッツは気遣った。
「タビ、お前はモンスターと意思疎通する方法を習得したほうがいいぞ。お前は優しいから、そうやって何があっても後悔する。そういうのは健康によくないぞ?」
まさかモンスターに健康を心配される日が来るとは、タビは想像すらしたことがなかった。
しかし、モンスターと意思疎通、つまり——。
「師匠みたいに、交渉ができるようになればいいってこと?」
「あれは交渉じゃないぞ。脅迫だぞ」
「えっと、うん、そう、だね」
「モンスターも馬鹿じゃないぞ。話し合いできるし、できないやつはまあ、そうやって脅す必要があるかもだが、それでもただ命の奪い合いをすることが有益だとは、お前だって思っていないはずだぞ」
タビには、ラハクラッツの言っていることは、もっともそうに聞こえる。
だが、本当にそうだろうか。まだタビはその話を頭から信じる気にはなれない。対話はできても合意ができなければ戦いは避けられないし、戦わなければ相手を認めないのは人間もモンスターも同じかもしれない。
どうすれば、とタビはひたすら考える。
そこへ、イフィクラテスが肩を叩いた。
「タビ、そろそろ帰るぞ」
「は、はい」
「ラハクラッツ、また来る。できるだけ早く計画をまとめて説明に来るから、そのときは」
「入り口でワガハイを呼べ! 中には入るな!」
「分かった分かった。それじゃ」
イフィクラテスに背中を押されて、タビはラハクラッツに手を振って、その場を離れた。
イフィクラテスは青い宝石のついた錫杖を振りながら、満足そうに歩を進める。ラハクラッツが作ったのか、すぐにダンジョンは外との境界である出入り口が姿を現し、そこを越えればタビとイフィクラテスは外に出られた。
外にイフィゲネイアはいなかったが、すでに領主との土地買収の交渉へ出向いているのだろう。
「さて、タビ。忘れないうちに、重要なことを言っておこう」
歩きながら、イフィクラテスは真剣にそう言った。
何を言われるのか、タビはドキドキしながら言葉を待つ。
「まず、今回の目的……お前の適性を見るということに関しては、ほぼ達成された」
「本当ですか?」
「ああ、お前は戦うこと自体はできる。いい武器を持ち、経験を積めば間違いなく、冒険者なんか足元にも及ばないダンジョン踏破者となれるだろう。しかしだ」
しかし。
タビを褒めているはずのイフィクラテスの言葉が、タビには剣のごとく突き刺さる。
「それは、お前のしたいことなのか?」
タビは人生の中で、それだけはたった一つを除いて明確に考えたことがなかった。
そんなこと——分からない。
何をしたいのか、今は錬金術を学びたいと思う。しかし、それ以外は?
自分の利益のために、ダンジョンの生き物たちを脅かす生き方は、本当に望むことなのか?
それとも、他にやりたいことがあるのか?
自分にどれほど問いかけても、タビには分からない。
「したいこと……僕は、錬金術をたくさん学んで、それで」
それから先を、自分はどうしたいのか?
タビの胸の中で渦巻く、もやもやと形のない思いをどう処理するべきか、タビにはまだどうしていいかも分かっていない。
ただ、イフィクラテスが急かすことはなかった。
「大丈夫だ、タビ。今回のことを、お前はよく考えるだろう。すぐに結論を出すな、錬金術師として何をやるべきと思うか、しっかり考えるんだ」
イフィクラテスは、タビの頭を撫でる。
タビは、この冬を通じて、曖昧な自分の未来のことを考えはじめた。
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