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第十一話 はしゃぐ師匠、気遣われる弟子
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ラハクラッツは仰天、という素振りを見せる。
「そんなことができるのか?」
「俺を誰だと思っている、錬金術師だぞ。どんなことでも成し遂げてきた、まあできないこともなくはないが……それはごく少ない、安心しろ!」
「むう、よく分からないやつだな……ならお前は、さっき削っていた、その苔が必要なのか?」
「これ以外にも、このダンジョンには貴重な植物が多い。もしかすると現代では失われた植物もあるかもしれないし、もう他の環境では上手く生育できないかもしれない。だからこそ、ここを守る必要がある。他の人間、冒険者なんぞに手出しさせるわけにはいかない。熟練の錬金術師じゃないとこのダンジョンの価値を十分に理解できないだろうからな、うむ」
そんな感じで、イフィクラテスの熱弁はラハクラッツを納得させたようだった。
「本当に水をたくさんくれるなら、そうだな、ワガハイも対価を差し出そう。そのくらいはできるぞ」
「よし、交渉成立だな」
イフィクラテスはすぐさま、錫杖を振りかざす。また何かされる、とかわいそうなことにラハクラッツは怯えていた。
だが、ラハクラッツに対して何かをするわけではない。錫杖の青い宝石がほのかに光り、波打つ。
キィンと何度か甲高い音が鳴って、それからイフィクラテスは青い宝石へ向けて叫ぶ。
「イフィゲネイア、聞こえているか? 領主に言ってこの土地一帯を買収してきてくれ、今すぐにだ」
イフィクラテス、とんでもないことを言い出した。
タビは思わず吹き出し、イフィクラテスを問い詰める。
「買収? 土地を、買うんですか!?」
「ああ。私有地ならそうおいそれとよそ者は立ち入れないし、侵入者対策の罠を作り放題だ」
「で、でも、買うんですよ? すっごく、お金がかかるじゃないですか。そんなお金、どこにあるんですか?」
「何、この土地の領主にはいくらか錬金術の道具を融通してやったことがある。さらに欲しければ俺たちの行動を後押ししろ、と言うだけでいい。そもそも、ラエティアの有り余る未開拓の森林なんぞ二束三文だから大した額にはならない。安心していいぞ」
青い宝石から、イフィゲネイアの「はいはい、分かったわ」という声が聞こえてきた。イフィゲネイアはイフィクラテスとのたったそれだけのやり取りで納得して、領主のもとへこの土地の買収に行ってしまったのだ。
ぽかんとラハクラッツは呆然として、それからタビにコソコソとこう尋ねてきた。
「つまり、どういうことだ?」
「えっと……ここを、他の人間から守るために、他の人間が近づかないようにするために、色々とやるってこと、かな」
「お前たちが? 水以外にも、そこまで?」
「うん……師匠はやるって言ったらやる人だから、大丈夫だよ」
それに関しては、タビは自信があった。この半年間、タビの見ている範囲では、イフィクラテスがやると言ったことをやらなかったためしはない。そういうものなのだ、イフィクラテスは本気でこのダンジョンを守るために、手を講じようとしている。
ラハクラッツとの取引では水を与えるというだけの話だったのに、だ。
イフィクラテスはラハクラッツとこのダンジョンに対してそこまでする価値があると認めた、ということでもあるし、そもそも錬金術のために桃花草がほしくて、供給源を確保できるなら願ったりだとはしゃいだ結果でもある。
これには、ラハクラッツも——考え込んでいるような仕草をしてみせた。どういうことだか分からない、と本気で思っているのかもしれない。もしイフィクラテスが、そこまでする価値がラハクラッツとこのダンジョンにはある、と熱弁を振るったところで実際に何の手も打たなかったら意味はない。しかし、イフィクラテスはもうやると決めた。イフィゲネイアも動かして、何かをしようとしている。
そういうところが、タビはイフィクラテスの好きなところだ。イフィゲネイアも同じようなところがある。とにかく一直線、目的のためには手段を選ばない。目の前の損得勘定なんかで動くことはなくて、ずっと先の未来のことまで考え抜いている。
だからタビは、自分の師匠たちの錬金術に関する行動は、正しいと思えるのだ。
イフィクラテスは回転して、コソコソ話をしているタビとラハクラッツを指差した。
「さらに!」
「わっ」
「この森を守る村を作る。ダンジョンの存在を外に知らせないよう、そしてこのダンジョンから生まれる利益を還元して外の世界に流通させる窓口として、長期にわたる雇用を生み出す。軽く数百年は維持できるよう、ルールと経済の仕組みを厳格に作る必要があるな。それはまあ、専門家を呼んで何とかすればいい」
テンション高く、イフィクラテスはずっと喋る。思いつくことを思いつくままに、それを現実のものとするために、この天才錬金術師は動く。
イフィクラテスはタビへと高らかに宣言した。
「忙しくなるぞ、タビ。ここからこの国が変わるかもしれない、楽しい時間の始まりだ!」
はははは、とイフィクラテスの哄笑がダンジョン中に響き渡る。
ラハクラッツは、タビを気遣ってこう言った。
「お前、こいつについていくと、苦労するぞ?」
「……うぅん、どう、だろ」
タビは何とも言えなかった。
「そんなことができるのか?」
「俺を誰だと思っている、錬金術師だぞ。どんなことでも成し遂げてきた、まあできないこともなくはないが……それはごく少ない、安心しろ!」
「むう、よく分からないやつだな……ならお前は、さっき削っていた、その苔が必要なのか?」
「これ以外にも、このダンジョンには貴重な植物が多い。もしかすると現代では失われた植物もあるかもしれないし、もう他の環境では上手く生育できないかもしれない。だからこそ、ここを守る必要がある。他の人間、冒険者なんぞに手出しさせるわけにはいかない。熟練の錬金術師じゃないとこのダンジョンの価値を十分に理解できないだろうからな、うむ」
そんな感じで、イフィクラテスの熱弁はラハクラッツを納得させたようだった。
「本当に水をたくさんくれるなら、そうだな、ワガハイも対価を差し出そう。そのくらいはできるぞ」
「よし、交渉成立だな」
イフィクラテスはすぐさま、錫杖を振りかざす。また何かされる、とかわいそうなことにラハクラッツは怯えていた。
だが、ラハクラッツに対して何かをするわけではない。錫杖の青い宝石がほのかに光り、波打つ。
キィンと何度か甲高い音が鳴って、それからイフィクラテスは青い宝石へ向けて叫ぶ。
「イフィゲネイア、聞こえているか? 領主に言ってこの土地一帯を買収してきてくれ、今すぐにだ」
イフィクラテス、とんでもないことを言い出した。
タビは思わず吹き出し、イフィクラテスを問い詰める。
「買収? 土地を、買うんですか!?」
「ああ。私有地ならそうおいそれとよそ者は立ち入れないし、侵入者対策の罠を作り放題だ」
「で、でも、買うんですよ? すっごく、お金がかかるじゃないですか。そんなお金、どこにあるんですか?」
「何、この土地の領主にはいくらか錬金術の道具を融通してやったことがある。さらに欲しければ俺たちの行動を後押ししろ、と言うだけでいい。そもそも、ラエティアの有り余る未開拓の森林なんぞ二束三文だから大した額にはならない。安心していいぞ」
青い宝石から、イフィゲネイアの「はいはい、分かったわ」という声が聞こえてきた。イフィゲネイアはイフィクラテスとのたったそれだけのやり取りで納得して、領主のもとへこの土地の買収に行ってしまったのだ。
ぽかんとラハクラッツは呆然として、それからタビにコソコソとこう尋ねてきた。
「つまり、どういうことだ?」
「えっと……ここを、他の人間から守るために、他の人間が近づかないようにするために、色々とやるってこと、かな」
「お前たちが? 水以外にも、そこまで?」
「うん……師匠はやるって言ったらやる人だから、大丈夫だよ」
それに関しては、タビは自信があった。この半年間、タビの見ている範囲では、イフィクラテスがやると言ったことをやらなかったためしはない。そういうものなのだ、イフィクラテスは本気でこのダンジョンを守るために、手を講じようとしている。
ラハクラッツとの取引では水を与えるというだけの話だったのに、だ。
イフィクラテスはラハクラッツとこのダンジョンに対してそこまでする価値があると認めた、ということでもあるし、そもそも錬金術のために桃花草がほしくて、供給源を確保できるなら願ったりだとはしゃいだ結果でもある。
これには、ラハクラッツも——考え込んでいるような仕草をしてみせた。どういうことだか分からない、と本気で思っているのかもしれない。もしイフィクラテスが、そこまでする価値がラハクラッツとこのダンジョンにはある、と熱弁を振るったところで実際に何の手も打たなかったら意味はない。しかし、イフィクラテスはもうやると決めた。イフィゲネイアも動かして、何かをしようとしている。
そういうところが、タビはイフィクラテスの好きなところだ。イフィゲネイアも同じようなところがある。とにかく一直線、目的のためには手段を選ばない。目の前の損得勘定なんかで動くことはなくて、ずっと先の未来のことまで考え抜いている。
だからタビは、自分の師匠たちの錬金術に関する行動は、正しいと思えるのだ。
イフィクラテスは回転して、コソコソ話をしているタビとラハクラッツを指差した。
「さらに!」
「わっ」
「この森を守る村を作る。ダンジョンの存在を外に知らせないよう、そしてこのダンジョンから生まれる利益を還元して外の世界に流通させる窓口として、長期にわたる雇用を生み出す。軽く数百年は維持できるよう、ルールと経済の仕組みを厳格に作る必要があるな。それはまあ、専門家を呼んで何とかすればいい」
テンション高く、イフィクラテスはずっと喋る。思いつくことを思いつくままに、それを現実のものとするために、この天才錬金術師は動く。
イフィクラテスはタビへと高らかに宣言した。
「忙しくなるぞ、タビ。ここからこの国が変わるかもしれない、楽しい時間の始まりだ!」
はははは、とイフィクラテスの哄笑がダンジョン中に響き渡る。
ラハクラッツは、タビを気遣ってこう言った。
「お前、こいつについていくと、苦労するぞ?」
「……うぅん、どう、だろ」
タビは何とも言えなかった。
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