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第九話 管理人ラハクラッツ
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「共、益地?」
タビは初めて聞いた単語に首を傾げる。
「さっき言っただろう、持続可能な資源の採取、それが叶うなら人間にとってはダンジョンを残しておく意味がある。そしてダンジョン側も無駄な争いを避け、ときに人間へ不足しているものを要求したり、問題解決を相談したりできる」
「『管理人』って、会話できるんですか? てっきり、モンスターなのかと」
「いや、分類的にはモンスターだぞ。モンスターとは、古には鉱石生物と呼ばれていて、何らかの要因でエネルギーを蓄える特性を持った隕石や宝石、土地の特性を持った岩石を核とした生き物だ。中には、十分に会話が可能な知性を持つモンスターもいる」
「それが……『管理人』? ダンジョンを生み出したり、喋ったり、それってまるで……人間よりも」
イフィクラテスはタビの言葉を遮る。
「タビ、俺は生き物に上下を付ける考え方を忌避する。知性があろうと特技があろうと、同じ命を持つ生き物であり、この世で唯一絶対的な『自然の摂理』の中で生きている者だ。人間より上だから討ち倒すのか? 人間より下だから狩り尽くしてしまうのか? それらの考え方は、人間基準を押し付ける傲慢というものだ。気を付けろ、一度そうした思考や価値観に囚われると、真理を追い求める錬金術師としては致命的だ」
そう言われてしまうと、タビは自分の口にしようとした言葉が、どこかしら間違っていたのだと反省する。口に出す前に気付けてよかった、覆水は盆に帰らない。
もちろん、何もかもイフィクラテスが正しいということはない、とタビは分かっている。以前イフィクラテス自身がそう言っていたのだから、そうなのだろう。しかし、錬金術師としての正しさは、間違いなく『双生の錬金術師』の片割れであるイフィクラテスは持っている。だから、タビはその判断に従うのだ。
慎重になったタビは、とりあえずイフィクラテスの提案が上手くいくのか、色々と想像してみる。『管理人』と交渉できれば、解決の糸口は見つかるかもしれない。しかし、『管理人』が交渉を求めていなければ、そもそも共益地という提案は成功しない。
では、どうするのだろう。イフィクラテスは、仮面の下でにやりと笑う。
「交渉というのは、まず初めに武力を見せつけることから始まる」
えっ、と驚くタビが十分にその言葉を理解する前に、イフィクラテスは錫杖をしゃらんと鳴らした。
地面が揺れる。激しい振動に、タビはイフィクラテスにくっついてやっと立つ。
何本もの樹木が、ぐぐっと背を伸ばした。そして、上空でそれらは絡まり、大きな手を作る。すっかり視界を遮るほど高い壁になった樹々、それらがタビとイフィクラテスを潰すには十分すぎるほどの質量と大きさを兼ね備えた樹木の手となり、降ってくる。
「ぴやあああ!?」
「うむ!」
イフィクラテスのローブをがっちり掴むタビは、腰が抜けて動けない。
イフィクラテスは何のためらいもなく、錫杖を掲げる。
ただそれだけで、樹木の手は止まった。
そして、イフィクラテスはポイっと樹木の手へ向けて、何かを投げた。
一秒、二秒、それが宙を舞い、樹木の手に当たるまでの間を、タビは反射的に眺めていた。それは——四角い小さなそれは、タビはその正体を知っている。
タビはすぐさま体勢を低くして、二の腕で耳を塞ぐ。イフィクラテスもさっさと耳を塞いでいた。
樹木の手にそれが触れた瞬間、起爆する。
はるか上空へ向けての、まるで神話に出てくる神罰の火柱がごとき爆発が、樹木の手を文字どおり吹き飛ばした。
すでに灰と化した木々や葉の燃えかすが飛び散り、焦げ臭さが充満する。だが、すぐに風が吹き込み、すべてを外へ流してしまった。
上昇気流は他にも多くのものを外へ出してしまったが——ひょっとするとあの爆発はダンジョンの外にまで貫通してしまったのかもしれない。
とんでもないものを水の少ない可燃物まみれの森で使うイフィクラテスは、呵呵と笑う。
「どうだ? 交渉する気になったか、『管理人』!」
その声に応じるように、タビとイフィクラテスの目の前に、不細工な形の、膝くらいの大きさのキノコが、よっこらせとばかりに生えてきていた。そのキノコは、傘に金色の粒を無数に貼り付けていて、金色の粉塵も纏っている。
イフィクラテスは先手を取った。
「俺はイフィクラテス、錬金術師だ。貴殿に話がある、『管理人』」
上機嫌なイフィクラテスに対し、キノコは不機嫌だった。
「何が話だ、この爆発魔! 言え、ほしいものならくれてやる! だからもう来るな!」
キノコが発したのか、何なのかよく分からないその声は、弱々しく、精一杯虚勢を張っていて、キノコは力を込めてなのかぷんすかと金色の粉塵を吐き出していた。
イフィクラテスは錫杖の先を、遠慮なくキノコへ突きつける。
「とりあえず、その胞子を飛ばすな。あとで好きなだけ飛ばしてもらうから」
「なっ、何をするつもりだ!」
「それはもちろん、互いに利益のある話をしようとしているわけだが、聞きたいか? 聞きたいなら話してやろう! 貴殿の目的は何となく分かったからな!」
イフィクラテスの脅しに負け、キノコは金色の粉塵こと胞子を吐き出さなくなった。威嚇か何かだったのだろうか、いやそれよりも、タビは気になる単語を復唱する。
「目的? このキノコ……このダンジョンの『管理人』の?」
「ああ、ダンジョンとてただそこにあるだけじゃない。当然、生存し発展していく目的がある」
キノコのモンスターに。タビには信じられないが、このキノコにそんなに遠大な目的があるのだろうか。
錫杖を下げて、イフィクラテスはこう言った。
「このダンジョンは、変化する環境の弱者を環境適者にするための品種改良の場だ。順に話していこう、『管理人』も間違いがあれば指摘するように」
こうして、イフィクラテスの講義は突然の開始となった。
タビは初めて聞いた単語に首を傾げる。
「さっき言っただろう、持続可能な資源の採取、それが叶うなら人間にとってはダンジョンを残しておく意味がある。そしてダンジョン側も無駄な争いを避け、ときに人間へ不足しているものを要求したり、問題解決を相談したりできる」
「『管理人』って、会話できるんですか? てっきり、モンスターなのかと」
「いや、分類的にはモンスターだぞ。モンスターとは、古には鉱石生物と呼ばれていて、何らかの要因でエネルギーを蓄える特性を持った隕石や宝石、土地の特性を持った岩石を核とした生き物だ。中には、十分に会話が可能な知性を持つモンスターもいる」
「それが……『管理人』? ダンジョンを生み出したり、喋ったり、それってまるで……人間よりも」
イフィクラテスはタビの言葉を遮る。
「タビ、俺は生き物に上下を付ける考え方を忌避する。知性があろうと特技があろうと、同じ命を持つ生き物であり、この世で唯一絶対的な『自然の摂理』の中で生きている者だ。人間より上だから討ち倒すのか? 人間より下だから狩り尽くしてしまうのか? それらの考え方は、人間基準を押し付ける傲慢というものだ。気を付けろ、一度そうした思考や価値観に囚われると、真理を追い求める錬金術師としては致命的だ」
そう言われてしまうと、タビは自分の口にしようとした言葉が、どこかしら間違っていたのだと反省する。口に出す前に気付けてよかった、覆水は盆に帰らない。
もちろん、何もかもイフィクラテスが正しいということはない、とタビは分かっている。以前イフィクラテス自身がそう言っていたのだから、そうなのだろう。しかし、錬金術師としての正しさは、間違いなく『双生の錬金術師』の片割れであるイフィクラテスは持っている。だから、タビはその判断に従うのだ。
慎重になったタビは、とりあえずイフィクラテスの提案が上手くいくのか、色々と想像してみる。『管理人』と交渉できれば、解決の糸口は見つかるかもしれない。しかし、『管理人』が交渉を求めていなければ、そもそも共益地という提案は成功しない。
では、どうするのだろう。イフィクラテスは、仮面の下でにやりと笑う。
「交渉というのは、まず初めに武力を見せつけることから始まる」
えっ、と驚くタビが十分にその言葉を理解する前に、イフィクラテスは錫杖をしゃらんと鳴らした。
地面が揺れる。激しい振動に、タビはイフィクラテスにくっついてやっと立つ。
何本もの樹木が、ぐぐっと背を伸ばした。そして、上空でそれらは絡まり、大きな手を作る。すっかり視界を遮るほど高い壁になった樹々、それらがタビとイフィクラテスを潰すには十分すぎるほどの質量と大きさを兼ね備えた樹木の手となり、降ってくる。
「ぴやあああ!?」
「うむ!」
イフィクラテスのローブをがっちり掴むタビは、腰が抜けて動けない。
イフィクラテスは何のためらいもなく、錫杖を掲げる。
ただそれだけで、樹木の手は止まった。
そして、イフィクラテスはポイっと樹木の手へ向けて、何かを投げた。
一秒、二秒、それが宙を舞い、樹木の手に当たるまでの間を、タビは反射的に眺めていた。それは——四角い小さなそれは、タビはその正体を知っている。
タビはすぐさま体勢を低くして、二の腕で耳を塞ぐ。イフィクラテスもさっさと耳を塞いでいた。
樹木の手にそれが触れた瞬間、起爆する。
はるか上空へ向けての、まるで神話に出てくる神罰の火柱がごとき爆発が、樹木の手を文字どおり吹き飛ばした。
すでに灰と化した木々や葉の燃えかすが飛び散り、焦げ臭さが充満する。だが、すぐに風が吹き込み、すべてを外へ流してしまった。
上昇気流は他にも多くのものを外へ出してしまったが——ひょっとするとあの爆発はダンジョンの外にまで貫通してしまったのかもしれない。
とんでもないものを水の少ない可燃物まみれの森で使うイフィクラテスは、呵呵と笑う。
「どうだ? 交渉する気になったか、『管理人』!」
その声に応じるように、タビとイフィクラテスの目の前に、不細工な形の、膝くらいの大きさのキノコが、よっこらせとばかりに生えてきていた。そのキノコは、傘に金色の粒を無数に貼り付けていて、金色の粉塵も纏っている。
イフィクラテスは先手を取った。
「俺はイフィクラテス、錬金術師だ。貴殿に話がある、『管理人』」
上機嫌なイフィクラテスに対し、キノコは不機嫌だった。
「何が話だ、この爆発魔! 言え、ほしいものならくれてやる! だからもう来るな!」
キノコが発したのか、何なのかよく分からないその声は、弱々しく、精一杯虚勢を張っていて、キノコは力を込めてなのかぷんすかと金色の粉塵を吐き出していた。
イフィクラテスは錫杖の先を、遠慮なくキノコへ突きつける。
「とりあえず、その胞子を飛ばすな。あとで好きなだけ飛ばしてもらうから」
「なっ、何をするつもりだ!」
「それはもちろん、互いに利益のある話をしようとしているわけだが、聞きたいか? 聞きたいなら話してやろう! 貴殿の目的は何となく分かったからな!」
イフィクラテスの脅しに負け、キノコは金色の粉塵こと胞子を吐き出さなくなった。威嚇か何かだったのだろうか、いやそれよりも、タビは気になる単語を復唱する。
「目的? このキノコ……このダンジョンの『管理人』の?」
「ああ、ダンジョンとてただそこにあるだけじゃない。当然、生存し発展していく目的がある」
キノコのモンスターに。タビには信じられないが、このキノコにそんなに遠大な目的があるのだろうか。
錫杖を下げて、イフィクラテスはこう言った。
「このダンジョンは、変化する環境の弱者を環境適者にするための品種改良の場だ。順に話していこう、『管理人』も間違いがあれば指摘するように」
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