7 / 22
第七話 目玉がゼリー状
しおりを挟む それから五分後のチャイムが五時間目の開始を告げていたけれど、オレと高城先輩は依然としてデンに残っていた。オレは吐いてしまったものを片付けなければいけないし、高城先輩だって身体をもてあそばれて間もない。教室には戻りにくいだろう。
ひとまずオレは遮光カーテンを教室の前方半分だけ開けて、室内に光を入れた。窓の一枚を半分だけ空けて風もとおす。
教室後方の小さなロッカーに申し訳程度の掃除用具もあったので、そこからガビガビに乾燥した雑巾を拝借。床拭きのため、黙ったまましゃがんだ。
「何も訊かないの?」
吐瀉物を片付け始めたオレの丸い背中へ、高城先輩は小さく訊ねてきた。顔を上げて先輩を振り返る。教室後方のL字ソファの近くで、自身のものとみられる制服のリボンを拾っていた。
「なんとなくは把握しましたから。それに、深く訊いて先輩の傷ほじくり返すのは嫌だし」
「優しいね、タケルくん」
「んなことねぇス」
リボンが胸元に正しく戻る。遮光カーテンの陰でスカートの乱れを直し始めたので、くるりと視線を汚物へ向け直す。
「他にこのこと知ってる人って……」
「ううん。誰も知らない、と思う。なんだか他人に言いにくいし、言えるようなことでもないし」
「まぁ、そうスよね」
「菅平くんと付き合ってたのは本当のこと、だよ」
え、と振り返れば、高城先輩は制服の着崩しを丁度直し終えたところだった。背中を向けたまま、話を始める先輩。
「二年生の夏の終わりにね……あ、修学旅行が終わった頃。菅平くんが告白してきて、付き合うことになったの。でも菅平くん、嫉妬がすごくて。私が同じクラスの男の子と喋るだけで『浮気だ』ってものすごく騒いで、相手に怪我させたりしたの」
今のオレみたいにか、と床拭きを再開。
「そのうちに、菅平くんが相手を傷付けたことが校内で問題になったの。さすがに停学か何かになるんじゃないかって話だったんだけど、校長先生の身内だからなのか大事にはならなかった。菅平くんは表向きに謝った格好をしただけで、結局何も変わらなかった」
「だからあんな何してもいいって感じなんスね、アイツ」
なぜかその辺に落ちていたからっぽのビニル袋に、床を拭いた雑巾ごと捨てる。それの口を縛って、立ち上がって、高城先輩を振り返る。
「冬になる頃には私と雑談する男の子はいなくなった。同じ学年から伝染していって、最終的には校内中の男の子が私とあからさまに距離を取るようになってた」
朝の3Aの雰囲気にこれで合点がいった。なるほど、菅平と関わり合いになってしまうがために、堂々と高城先輩に接近できないのか。
「英会話部から一気に何人も退部しちゃったりして。それはさすがに困ったから、年が明ける頃、初めて菅平くんにやめてって言ったの」
「……初めて?」
「そのときに別れたいことも言った。そんな人を好きでいられないって。でも今度は、男の子に危害を加えるのをやめる代わりに、わ、私の……私に全部、ぶつけるようになって……」
ワナワナと震える高城先輩。その肩を自身できつく抱いた。
「キスくらいなら仕方ないって、許しちゃったのが始まり。だんだんエスカレートしてって、そしたら進学とかを盾にされて、やることが、過激になってった」
「……先輩」
「身体触られるだけなら、まだマシ。服、脱がされたり、逆に触らされたりもした。……する場所が、なくて、廃倉庫の中とかに忍び込んで、そこで――」
「もういいですよっ」
つい大声で遮ってしまった。聞くに堪えない。最低だ。想像させられるオレの身にもなってくれ。
ズンズンと高城先輩へ歩み寄る。
「先輩、なんでもっと強く逆らわないんですかっ。嫌なことはっきり嫌だって、ちゃんと言わなきゃダメっしょ!」
潤んだ双眸、困ったように下がった眉。赤くなった鼻の頭が涙を誘う。
「菅平のこと怖いんスか」
「…………」
「まぁ、アイツ話聞いてくんないから相当怖かったっスよね。一年弱ずっと耐えてきたんだ、先輩は自分を犠牲にして耐えてきたのかもしんないですけど――」
じっと、高城先輩の目を見つめる。
「――でもこんなの、自分がないのと一緒です」
潤んだまま、しかし先輩は涙なんか流さなかった。唇をふるふると震わせて、自分の肩を抱く指先が震えている。
「そうだよ、タケルくんの言うとおり。私、ずっと自分がないの」
視線も逸らさない。まっすぐ見つめられている。声は掠れて震えているけれど、何かを強く訴えようとしていることが汲み取れる。
「小さいときから、誰かに頼まれたりお願いされるとね、全部全部引き受けちゃうの。嫌とかダメとか、本当はこうしたいって言えないの。いいよって……全部いいよ私がやるよって、つい、笑って言っちゃうの」
付き合うことになったのだって、きっとそれが原因だ。当時の高城先輩は、菅平のことなんか好きでもなんでもなかったに違いない。
でも、きっと今のオレと同じで、試しに付き合ってみて上手くいくかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。イエスマンでいてしまう特性も相まって、菅平から頼まれたことを全部そのまま引き受けてしまって、泥沼状態になってしまっているんだ。
「タケルくんが昨日の夜送ってくれたメッセージ、寝てて返せなかったなんてウソ」
スンと視線を俯ける高城先輩。
「ホントはちゃんと返したかったんだけど、菅平くんとのことが片付いてないのに、何も知らないタケルくんを巻き込むことになっちゃうから安易に返事できなくて、それで……」
「いいんスよ。嫌なときとか無理なときは、余裕で断ってくれていいんです」
声を柔くして遮ると、高城先輩は顔を上げた。
「理由も無理に言わなくたって……まぁモヤつきはするけど、言いたくないことわざわざ言わなくたって、それが先輩の選択ならオレは何も言いません」
「け、けど」
「オレは怒りません。そんなことで、怒りません。幻滅したり、恨んだり、脅したりも絶対にしません。むしろそれが普通です」
ゴミのビニル袋をその場に放って、汚れていない方の手で高城先輩の右肩を掴む。
「鈴先輩がちゃんと自分の意見を言わない方が、オレは腹立ちます。他のみんなだって絶対にそうですよ。なんでもハイハイ言うこと聞いちゃう自分からもうそろそろ変わりませんか」
「……タケルくん」
「鈴先輩が菅平の言いなりになったり、鈴先輩だけが傷ついたり傷つけられてる今の状況は、どう考えたっておかしいです」
くしゃ、と表情を歪める高城先輩。安心してもらいたくて、オレはぎこちなくなってしまった笑みを向ける。
「鈴先輩が決めれないならオレから頼みます。『もう脱却してください、イエスマンの自分から』」
何でも聞き入れてしまうことは、いざこざが生まれないもっとも簡単で手軽でリスクの少ない手段のひとつだ。だが同時に、他者からかけられる「ありがとう」や「助かる」の一言でのみ尊厳を保っている。こんなのはもっともチープなやりかただ。
安易に手に入るものは、失うときもあっけなくて脆い。高城先輩は安易に取っ替え引っ替え手に入れてはまばたきの速度であっけなく失っているんだ。だからいつまでも満たされない。不満や不安の泥沼が高城先輩を囚えて離さない。
「うん、わかった。それがタケルくんの、頼みなら」
受け入れてもらえたと思ったのは一瞬だった。ただちにこの返答が『癖』による反射的回答だとわかって、頬がピリついた。
「先輩それは――」
「でもねっ」
強く言葉を挟まれて、オレはきゅっと口を閉ざす。
「一人じゃできるわけないって、思ってる。絶対に無理。だって高校三年になったって、未だにこんな……誰かの言いなりになってるんだもん」
俯いたまま、肩を掴んだオレの手をそっと外す高城先輩。
「抜け出したいとは思ってる。こういう自分、辞めたいよ。でもタケルくんの言うとおり、菅平くんのことが怖い。菅平くんに逆らってもっと酷いことになるのが、怖い……」
「その『もっと酷いこと』に既に片脚突っ込んでるんスよ、今の鈴先輩は」
諭すように静かに声をかける。
「ただ、ギリ片脚です。もう片方の脚は、まだこっち側にあります」
チラリと視線がかち合う。
「俺に何ができるかなんか全然わかんねっスけど、鈴先輩は鈴先輩です。オレがオープンスクールのポスター見てむっちゃ好きになった人であることには変わりないです」
「私、人様に好かれるような人じゃないよ。自分で事の良し悪し決められないんだよ?」
「だからなんスか。それを辞めるって決めたのが、たった今からの鈴先輩っしょ。それに、今ひとつオレに断れたじゃないですか、『一人じゃできない』って。これでもう、カケラ分くらいは変われたっス」
外されてしまった手で、今度は高城先輩の右手を包む。
「自分が完全にないなんて、そんなわけねーんスよ。見えてないだけで絶対にあります。だから、オレと一緒に菅平から抜け出しましょ」
ねっ、とひとつ軽く、繋いだ手を揺する。だけど、高城先輩の表情は変わらない。
「できる、のかな。タケルくんだって、さっきのよりもっと嫌な思いするかもしれないよ?」
「殴られるのも暴言吐かれるのも、これまで鈴先輩が耐えてきたのに比べればなんてこともねぇですよ。オレだいぶ打たれ強いっスから」
笑みを深める。高城先輩の不安を少しでも浄化できるように。
このくらい格好つけて見栄を張ったとしても、バチは当たらないだろう。正直言えば、オレは殴られ慣れてなんかいないし殴り合いのケンカなんか一度もしたことがない。
それに、菅平にだって本当はもう会いたくはない。次は嘔吐じゃ済まないかもしれないし、せっかくもぎ取ったスポーツ推薦を剥奪されて退学になってしまうかもしれない。
「だから大丈夫です。オレが鈴先輩の盾にも鉾にも解毒薬にだってなります」
だからといって、進学先まで追いかけてきた片想い相手を悪どいヤカラのもとで野放しになんかできない。
「鈴先輩が自分の意見言えるようになるのが、たった今からのオレの目標です」
みずからを奮い立たせる役割も含めて、高城先輩へ笑顔でそう言い切った。
「全力で協力しますから。だからまずは、一緒に作戦練りましょ」
ひとまずオレは遮光カーテンを教室の前方半分だけ開けて、室内に光を入れた。窓の一枚を半分だけ空けて風もとおす。
教室後方の小さなロッカーに申し訳程度の掃除用具もあったので、そこからガビガビに乾燥した雑巾を拝借。床拭きのため、黙ったまましゃがんだ。
「何も訊かないの?」
吐瀉物を片付け始めたオレの丸い背中へ、高城先輩は小さく訊ねてきた。顔を上げて先輩を振り返る。教室後方のL字ソファの近くで、自身のものとみられる制服のリボンを拾っていた。
「なんとなくは把握しましたから。それに、深く訊いて先輩の傷ほじくり返すのは嫌だし」
「優しいね、タケルくん」
「んなことねぇス」
リボンが胸元に正しく戻る。遮光カーテンの陰でスカートの乱れを直し始めたので、くるりと視線を汚物へ向け直す。
「他にこのこと知ってる人って……」
「ううん。誰も知らない、と思う。なんだか他人に言いにくいし、言えるようなことでもないし」
「まぁ、そうスよね」
「菅平くんと付き合ってたのは本当のこと、だよ」
え、と振り返れば、高城先輩は制服の着崩しを丁度直し終えたところだった。背中を向けたまま、話を始める先輩。
「二年生の夏の終わりにね……あ、修学旅行が終わった頃。菅平くんが告白してきて、付き合うことになったの。でも菅平くん、嫉妬がすごくて。私が同じクラスの男の子と喋るだけで『浮気だ』ってものすごく騒いで、相手に怪我させたりしたの」
今のオレみたいにか、と床拭きを再開。
「そのうちに、菅平くんが相手を傷付けたことが校内で問題になったの。さすがに停学か何かになるんじゃないかって話だったんだけど、校長先生の身内だからなのか大事にはならなかった。菅平くんは表向きに謝った格好をしただけで、結局何も変わらなかった」
「だからあんな何してもいいって感じなんスね、アイツ」
なぜかその辺に落ちていたからっぽのビニル袋に、床を拭いた雑巾ごと捨てる。それの口を縛って、立ち上がって、高城先輩を振り返る。
「冬になる頃には私と雑談する男の子はいなくなった。同じ学年から伝染していって、最終的には校内中の男の子が私とあからさまに距離を取るようになってた」
朝の3Aの雰囲気にこれで合点がいった。なるほど、菅平と関わり合いになってしまうがために、堂々と高城先輩に接近できないのか。
「英会話部から一気に何人も退部しちゃったりして。それはさすがに困ったから、年が明ける頃、初めて菅平くんにやめてって言ったの」
「……初めて?」
「そのときに別れたいことも言った。そんな人を好きでいられないって。でも今度は、男の子に危害を加えるのをやめる代わりに、わ、私の……私に全部、ぶつけるようになって……」
ワナワナと震える高城先輩。その肩を自身できつく抱いた。
「キスくらいなら仕方ないって、許しちゃったのが始まり。だんだんエスカレートしてって、そしたら進学とかを盾にされて、やることが、過激になってった」
「……先輩」
「身体触られるだけなら、まだマシ。服、脱がされたり、逆に触らされたりもした。……する場所が、なくて、廃倉庫の中とかに忍び込んで、そこで――」
「もういいですよっ」
つい大声で遮ってしまった。聞くに堪えない。最低だ。想像させられるオレの身にもなってくれ。
ズンズンと高城先輩へ歩み寄る。
「先輩、なんでもっと強く逆らわないんですかっ。嫌なことはっきり嫌だって、ちゃんと言わなきゃダメっしょ!」
潤んだ双眸、困ったように下がった眉。赤くなった鼻の頭が涙を誘う。
「菅平のこと怖いんスか」
「…………」
「まぁ、アイツ話聞いてくんないから相当怖かったっスよね。一年弱ずっと耐えてきたんだ、先輩は自分を犠牲にして耐えてきたのかもしんないですけど――」
じっと、高城先輩の目を見つめる。
「――でもこんなの、自分がないのと一緒です」
潤んだまま、しかし先輩は涙なんか流さなかった。唇をふるふると震わせて、自分の肩を抱く指先が震えている。
「そうだよ、タケルくんの言うとおり。私、ずっと自分がないの」
視線も逸らさない。まっすぐ見つめられている。声は掠れて震えているけれど、何かを強く訴えようとしていることが汲み取れる。
「小さいときから、誰かに頼まれたりお願いされるとね、全部全部引き受けちゃうの。嫌とかダメとか、本当はこうしたいって言えないの。いいよって……全部いいよ私がやるよって、つい、笑って言っちゃうの」
付き合うことになったのだって、きっとそれが原因だ。当時の高城先輩は、菅平のことなんか好きでもなんでもなかったに違いない。
でも、きっと今のオレと同じで、試しに付き合ってみて上手くいくかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。イエスマンでいてしまう特性も相まって、菅平から頼まれたことを全部そのまま引き受けてしまって、泥沼状態になってしまっているんだ。
「タケルくんが昨日の夜送ってくれたメッセージ、寝てて返せなかったなんてウソ」
スンと視線を俯ける高城先輩。
「ホントはちゃんと返したかったんだけど、菅平くんとのことが片付いてないのに、何も知らないタケルくんを巻き込むことになっちゃうから安易に返事できなくて、それで……」
「いいんスよ。嫌なときとか無理なときは、余裕で断ってくれていいんです」
声を柔くして遮ると、高城先輩は顔を上げた。
「理由も無理に言わなくたって……まぁモヤつきはするけど、言いたくないことわざわざ言わなくたって、それが先輩の選択ならオレは何も言いません」
「け、けど」
「オレは怒りません。そんなことで、怒りません。幻滅したり、恨んだり、脅したりも絶対にしません。むしろそれが普通です」
ゴミのビニル袋をその場に放って、汚れていない方の手で高城先輩の右肩を掴む。
「鈴先輩がちゃんと自分の意見を言わない方が、オレは腹立ちます。他のみんなだって絶対にそうですよ。なんでもハイハイ言うこと聞いちゃう自分からもうそろそろ変わりませんか」
「……タケルくん」
「鈴先輩が菅平の言いなりになったり、鈴先輩だけが傷ついたり傷つけられてる今の状況は、どう考えたっておかしいです」
くしゃ、と表情を歪める高城先輩。安心してもらいたくて、オレはぎこちなくなってしまった笑みを向ける。
「鈴先輩が決めれないならオレから頼みます。『もう脱却してください、イエスマンの自分から』」
何でも聞き入れてしまうことは、いざこざが生まれないもっとも簡単で手軽でリスクの少ない手段のひとつだ。だが同時に、他者からかけられる「ありがとう」や「助かる」の一言でのみ尊厳を保っている。こんなのはもっともチープなやりかただ。
安易に手に入るものは、失うときもあっけなくて脆い。高城先輩は安易に取っ替え引っ替え手に入れてはまばたきの速度であっけなく失っているんだ。だからいつまでも満たされない。不満や不安の泥沼が高城先輩を囚えて離さない。
「うん、わかった。それがタケルくんの、頼みなら」
受け入れてもらえたと思ったのは一瞬だった。ただちにこの返答が『癖』による反射的回答だとわかって、頬がピリついた。
「先輩それは――」
「でもねっ」
強く言葉を挟まれて、オレはきゅっと口を閉ざす。
「一人じゃできるわけないって、思ってる。絶対に無理。だって高校三年になったって、未だにこんな……誰かの言いなりになってるんだもん」
俯いたまま、肩を掴んだオレの手をそっと外す高城先輩。
「抜け出したいとは思ってる。こういう自分、辞めたいよ。でもタケルくんの言うとおり、菅平くんのことが怖い。菅平くんに逆らってもっと酷いことになるのが、怖い……」
「その『もっと酷いこと』に既に片脚突っ込んでるんスよ、今の鈴先輩は」
諭すように静かに声をかける。
「ただ、ギリ片脚です。もう片方の脚は、まだこっち側にあります」
チラリと視線がかち合う。
「俺に何ができるかなんか全然わかんねっスけど、鈴先輩は鈴先輩です。オレがオープンスクールのポスター見てむっちゃ好きになった人であることには変わりないです」
「私、人様に好かれるような人じゃないよ。自分で事の良し悪し決められないんだよ?」
「だからなんスか。それを辞めるって決めたのが、たった今からの鈴先輩っしょ。それに、今ひとつオレに断れたじゃないですか、『一人じゃできない』って。これでもう、カケラ分くらいは変われたっス」
外されてしまった手で、今度は高城先輩の右手を包む。
「自分が完全にないなんて、そんなわけねーんスよ。見えてないだけで絶対にあります。だから、オレと一緒に菅平から抜け出しましょ」
ねっ、とひとつ軽く、繋いだ手を揺する。だけど、高城先輩の表情は変わらない。
「できる、のかな。タケルくんだって、さっきのよりもっと嫌な思いするかもしれないよ?」
「殴られるのも暴言吐かれるのも、これまで鈴先輩が耐えてきたのに比べればなんてこともねぇですよ。オレだいぶ打たれ強いっスから」
笑みを深める。高城先輩の不安を少しでも浄化できるように。
このくらい格好つけて見栄を張ったとしても、バチは当たらないだろう。正直言えば、オレは殴られ慣れてなんかいないし殴り合いのケンカなんか一度もしたことがない。
それに、菅平にだって本当はもう会いたくはない。次は嘔吐じゃ済まないかもしれないし、せっかくもぎ取ったスポーツ推薦を剥奪されて退学になってしまうかもしれない。
「だから大丈夫です。オレが鈴先輩の盾にも鉾にも解毒薬にだってなります」
だからといって、進学先まで追いかけてきた片想い相手を悪どいヤカラのもとで野放しになんかできない。
「鈴先輩が自分の意見言えるようになるのが、たった今からのオレの目標です」
みずからを奮い立たせる役割も含めて、高城先輩へ笑顔でそう言い切った。
「全力で協力しますから。だからまずは、一緒に作戦練りましょ」
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜
黒木箱 末宝
ファンタジー
これは、はみ出し者の物語。
現代の地球のとある県のある市に、社会に適合できず、その力と才能を腐らせた男が居た。
彼の名は山城 大器(やましろ たいき)。
今年でニート四年目の、見てくれだけは立派な二七歳の男である。
そんな社会からはみ出た大器が、現代に突如出現した上位存在の侵略施設である迷宮回廊──ダンジョンで自身の存在意義を見出だし、荒ぶり、溺れて染まるまでの物語。
【ハーメル】にも投稿しています。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと
Debby
ファンタジー
【完結まで投稿済みです】
山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリスト。
やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。
転移先の条件としては『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由がある。必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ない。
もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった星良は、頼もしい仲間(レアアイテムとモフモフと細マッチョ?)と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
理想通りだったり思っていたのとちょっと違ったりするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
あなたが異世界転移するなら、リストに何を書きますか?
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
10時19時投稿、全話予約投稿済みです。
5話くらいから話が動き出します。
✳(お読み下されば何のマークかはすぐに分かると思いますが)5話から出てくる話のタイトルの★は気にしないでください
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる