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第十一話

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「えっ、そんな話になって」
「本当に、ギリギリのタイミングだったよ。十八の誕生日と同時に王位継承権の放棄が決まっていたからね」
「あと一ヶ月じゃない! はー、よかった! エリオットともう会えなくなるところだったわ!」

 そんなとんでもない話になっていたとは、私はまったく知らず知らずのうちにエリオットを助けられたようだった。僧侶なんかになったら悪いことをしないかぎり高価な美術品や芸術品に触れることはできなくなるし、貴族令嬢とこうして気軽に話すことだってできなくなる。

 しかし、エリオットをそんなにまで嫌うなんて、王様は見る目も何もない。ぷんすかする私に、エリオットは突然惚気出した。

「そういうところ、好きだよ。ルクレツィア」
「えっ、いきなり何?」
「ずっと君のことが好きだったから」
「えー? そんなこと今まで言わなかったのに、怪しい」
「政争に負けた王子なんて君には似合わないじゃないか。言えなかったんだよ」
「ふぅん、気にしなくてもいいのに」

 私は本心からそう言ったけど、エリオットははにかむばかりだった。どうせ、私の邪魔をしたくないからとか、そんなことを考えていたに違いない。私にはあの偉大なるベルグランド侯爵というとんでもない後ろ盾がいるから、政略結婚する必要さえ実はなかった。アルフレッドとの婚約だって、母方の伯母が数年前に見合いを勧めてきたから——私視点ではなあなあで婚約していただけにすぎない。もちろん、マイネヘルン伯爵家は思いっきり政治的意図をもって婚約の話を持ってきていたのだろうけど、肝心のアルフレッドがご破算にするとは思ってもみなかっただろう。

 だから、今まで婚約しているという実感は薄かった。それが今となってはエリオットと婚約していて、新婚旅行の話だってしている。

「ねえエリオット、私のことはその、すぐに結婚相手って見なくていいからね。今まで普通の友達だったしさ」
「普通の友達にいきなり婚約の話を持ってくるあたり、君ってすごいよね」
「いいの! 承諾したエリオットだって大概じゃない!」
「つまりお互い様ってことだね。ははは、確かにすぐに恋人や夫婦にはなれそうにない」
「でしょ」
「でも、私はちゃんと君のことが好きだから、いつでもそれらしく振る舞ってくれていいよ」

 ——そういうことは、真正面から私を見て言ってほしい。

 エリオットはキラキラ蝶々の模様が光る箱を愛おしそうに眺めながら、満足げだ。

「努力する」
「待っているよ」

 私の友達は変わった人だ。その変わった人は今や婚約者であり、近々結婚するし、新婚旅行にも一緒に行く。

 いつしか私はこの人と夫婦らしくなったりするのだろうか。でも今は一緒に好きなものを眺めたり、確かめたりすることをしたい。



 やがてイルネーゼ王国は東の国への使節団派遣を決定し、駐在大使にハクスベルク公爵エリオットを任命する。数百年前に断絶した公爵家を継いだ俊才は、遠く離れた東の国へと妻とともに向かい、たくさんの美しいものを発見する旅となる。

 それらを故郷へ持ち帰り、東方の知られざる魅力を伝道することになるが、エリオットの妻ルクレツィアの熱心な芸術文化保護活動により両国は緊密な友好関係を築いていく。





おまけ


 東の国行きが決まったあと、私から直接キサラギに伝えるときわめて渋い顔をされた。

「ちょい待った、お嬢様それはだめ。東の国はだめっす」
「何でよ」
「あー……私がちょっと悪い方向に有名人でして、はい」
「何かしたの?」
「したからこんな遠い国に来たんじゃないすか」
「へー、でもちゃんと私の従者って身分があれば大丈夫じゃないの?」
「まあ、うん、そうね……いやいや、顔出して歩けないくらいには有名人なので」
「……何やったの?」
「色々と」

 ——色々とって何なの。

 しかしもう決まったことだから変えられない。

「でもエリオットと約束しちゃった」
「はー、何でそう勝手なことをするんすかね!」
「ごめん」
「いいっすよもう。私が捕まったらちゃんと保釈手続きしてくださいね!」
「ねえ、本当に何やったの?」
「色々と」

 ——保釈しなければならない色々とって何なの。

 そのとき私の疑問は深まるばかりだった。

 まあ東の国ではキサラギは何度も何度も大騒動を起こすことになるのだが、それはまだ先の話。
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