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第三話

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 ベルグランド侯爵家は仮にも名門、私一人でも王城だって顔パスで入れる。

 でもさすがに王城で婚約者探しなんてはしたない——と思われるだろう。私もこんな事態でなければやらなかった。しかし、他にあてがない。

 私は箱を一つ抱えて、幼いころから慣れ親しんだ王宮の片隅へとそそくさ向かい、顔見知りのメイドに「あらあらお久しぶりですわねぇ」と言われつつ、目的地の扉を思いっきり開いた。

「こんにちは、エリオット!」

 そこは比較的侘しい部屋だった。金装飾の椅子やテーブルもなく、シャンデリアや立派な絵画も壁紙もなく、ただ白漆喰の壁と重厚なオーク材でできた家具などが並べられている部屋だ。

 この部屋の主人は、贅沢を嫌っていた。華美な文化から離れ、遠く東の国のささやかな家具が好きだった。ベッド横の水墨画が描かれた衝立やシックな畳、でこぼこの土器のような花瓶にスズランが一輪。とても質素で王族の暮らすところのようには思えないが、私の目に飛び込んできたその人物——エリオット・ファルテー・イルネーゼは、綿のシャツとパンツに東の国から流れてきたという鮮やかな藍染の羽織を肩にかけていた。ふわりとした濃茶色の髪は能天気そうで、いつもニコニコしている。東方オリエンタル趣味が男らしくない、何かと華奢だと実父である現国王から遠ざけられたせいもあって、浮世離れした不思議な雰囲気を持っている青年だ。

 そして、私の幼馴染で、大切な友人だ。だからこそ貴族のしがらみや面倒な関係に巻き込みたくなかったが、こうなっては仕方がない。

「やあ、ルクレツィア。どうしたんだい?」
「助けてエリオット! 助けてくれたら昔鼻水垂らしながら欲しいって言っていたガラスの馬の像あげるから!」
「待って、そんなことよく憶えているね!?」

 私の挨拶がわりのジャブはエリオットの顔をほころばせた。深刻な話をする以上、少しは固さを取り除かなくてはならない。

 私は箱の中身であるガラスの馬の像を取り出してエリオットに押し付ける。そして、さっき婚約破棄されたことと、婚約相手を大至急探していることをエリオットへ必死に訴えた。

「もう私の知り合いで婚約していない男性なんてエリオットしかいないのよ……どうにかしなきゃ、お父様が悪者になっちゃう。お願い、今ならお父様にもらった東の国の綺麗な箱もあげるから」
「待って待って、君の事情は分かるけど、いいのかい?」
「何が?」
「だって、私は王位継承権を放棄することが決まっている王子だよ? 君の家や大臣にとって、結婚しても何の利益もないじゃないか」

 あっけらかんと自分との婚約はメリットがない、と語るエリオット。先年、王妃の一人だったエリオットの実母が離縁され、国王の憶えがよろしくないエリオットはそれを理由に王位継承権の放棄を迫られた。すぐに、というわけではない。兄王子が立太子するのを見計らってだ、でないと余計な憶測や批判を招くことになる。

 しかし、そんなことは私は十分に承知の上だ。

「別に私はなくてもいいけど。エリオットとは気が合うし、そのへんの年寄り貴族と再婚する羽目になるくらいなら全然マシ! お父様の説得なら私が何とかするわ」
「えぇ……君、昔から貴族令嬢らしくないよね」
「悪い?」
「いいや、まったく」

 エリオットはまんざらでもない様子で、こう答えた。

「いいよ、私でよければ婚約しよう。君のためなら喜んで」
「やったぁ!」

 こうして、私はガラスの馬の像と引き換えに、キサラギから与えられたミッションをコンプリートしたのだった。

 一方、キサラギはというと——何をしているのだろう?
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