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第五話
しおりを挟む元役人の屋敷という石造りの平屋は、今私一人で生活するには広すぎて、どうしていいか分からないということを。
おまけに放置ぶりもひどい。屋根や壁際には可愛らしい野花が、と現実逃避したくなるくらい、雑草に覆われている。クレイトン卿が滞在したのはおそらく数ヶ月は前だろう、ひと夏を越えれば雑草だって生え放題だ。
私は玄関先で、尻込みをしていた。
「このあたりで使用人を雇う、なんてまだできそうにないわね……一人でどうにかしないと」
口には出してみたものの、どこから手をつけるかさえ今の私には思いつかない。草むしりなんてやったことはない、庭師の仕事をそばで眺めていたくらいだ。
当然、まともに住めるようにするには、他のこともやらなくてはいけない。だが、その他のことは、私にできることだろうか? 料理、洗濯、掃除、最低限思いつくだけでも三つあるが、この荒れ放題の屋敷でできることとは思えない。
「グウィオン様、いついらしてくださるのかしら。はあ」
——いや、いない人に期待してもよくない。
私は覚悟を決めて、やれることをやることにした。
「掃除でもしましょう。うん、そうよ。その後は食事の準備ね、まずは生活を営まないと」
何度姉マルグレーテに好きなものを奪われてもへこたれない私だ、このくらいで絶望に打ちひしがれたりしない。
よし、と気合を入れたところで、背後から賑やかな声が聞こえていることに私は気付いた。
振り向けば、すぐそこに女性たち——私と変わらないくらい若い農家の娘から、年老いて腰の曲がった老女まで——がホウキや大きな編みかご片手に集団でやってきていたのだ。
水色のエプロンと三角巾を装備した先頭のふくよかな中年の女性が、ハキハキと私へ話しかけてくる。
「ごめんくださいまし! あらあら、綺麗なお嬢さんねぇ!」
「ど、どちら様ですか」
「ああ、全員この村の娘とババアだから気にしないで! この屋敷を使うんだろう? 一人じゃとても管理できないだろうから、総出で手伝いに来たよ!」
「うちの馬鹿亭主が「綺麗なお嬢さんが来たぞ!」しか言わないもんだからさ、とりあえず食べ物を持ってきたよ。都会と違って小料理屋も何もないからさ、お腹が空いただろう?」
集団は騒々しい。口々にきゃあきゃあと主張されてしまって気圧されたが、私はとにかく、手伝いという単語に反応した。
——一人でこんな屋敷を使えるようになんてできるわけないでしょう!
貴族令嬢だったらきっと見栄を張って、手伝いを拒んでいたかもしれない。でも、今の私はただのセラフィーヌだ。
私は精一杯、騒々しさに負けないよう、声を張る。
「はい! 一人じゃ何もできません! 皆様、手伝っていただけるととても助かります!」
その言葉を待っていたかのように、「行くよ、みんな!」と女性たちは屋敷内外にそれぞれ散っていく。窓という窓、ドアというドアを開け放し、ハタキで埃を払い落とし、一斉にホウキで掃いていく。圧巻の早さ、手際の良さだ。
私は邪魔にならないよう、まだ使える井戸の水汲みに従事していたが、すぐにバテて休んでいるよう言いふくめられた。「来たばっかりで疲れているんだから」、「お嬢さんなりにやればいいから」と屋敷近くの古い石ベンチでレーズンクッキーを頬張る仕事に就く。
屋敷のあちこちから活気ある声が響く。笑い声がして、楽しそうに彼女たちは掃除をして、時々やってきた農夫たちが大工道具を持ってトンテンカンと音を鳴らして。
なんとまあ、よそ者の私に親切にしてくれるのだろう。感激さえ覚える。
驚くべき、それでいて非常に助かる歓待ぶりに、私は自分の選択が間違っていなかったと少し報われた気がした。
私は今までずっと『選んできた』が、その結果を享受することはなかった。
その日は快晴の空が星空になっても屋敷は賑やかで、一日中私を歓迎して各家から持ち寄られた食事が振舞われていた。
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