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番外編

ぜんぶ君のせい 2

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 その日ヘザーはシンシア・マードックのお屋敷に遊びに来ていた。
 シンシアからのお誘いがあり、マードック家の馬車が迎えに来て、帰りも送ってもらえるということだったので、ウィルクス夫人には外出の許可をもらえたし、アイリーンの付き添いも必要がないと判断された。
 シンシアと親しくなってしばらく経つが、今回が初めてのお宅訪問である。
 マードック家は王都から少し離れた場所に大きな農場を持っている。そして王都の西地区に、瀟洒な屋敷を構えていた。

「ヘザー様、こちらへどうぞ」
「わあ、可愛いお部屋~!」
 シンシアが案内してくれた彼女の部屋は、夢見る少女が思い描く「お姫様の部屋」そのものだった。白を基調としていて、アクセントにはピンクではなくくすんだ青が使用されているから、フリルやレースがふんだんに使われていても甘すぎるということがない。落ち着いていて上品で、シンシアらしいと思う。
「散らかっていて恥ずかしいのですが……」
「ううん、ぜーんぜん!!」
 ヘザーは出窓の近くにあったテーブルに誘われたが、彼女の可愛らしい部屋には多数の木箱や衣装箱が置かれており、そのうちのいくつかはふたが開いていて中からふわふわした生地が覗いていた。婚礼の日が近づいているから、新居へ待って行く衣装や小物をチェックしてる最中らしい。
 だがこれくらい、ヘザーにとっては散らかっているうちに入らない。それに、メイドに任せずシンシア本人がチェックしているというのも「できる女」っぽくて素敵だと思う。
 だがシンシアはふたの開いている箱の中身を見て、慌ててそれを閉める。
「まあ! 私ったら、ほんとうにはしたなくて……申し訳ありません……」
 どうやら下着類の箱まで開けっ放しにしていたらしい。
 ヘザーの目には下着なのだか小物なのだか区別がつかなかったが。
「いいのよ。でも……小物も下着も、全部真新しいのを持っていくものなのね」
「ええ……ヘザー様は、輿入れの準備はまだなのですか」
「ああ、私? うーん……」
 ヘザーの婚礼の準備といえば、作法のお稽古くらいのものである。というのも、新しく揃える家具はヒューイと一緒に見に行って、それらはバークレイ家に運び込まれることになっている。
 下着や靴下なんかも結婚後に備えて注文したものは、やっぱりバークレイ家に届けられることになっていた。
 一般的な花嫁さんのように、嫁入り道具を揃えて持ち込む必要が無いのである。
「私の場合、普通のお嫁入りとはなんか違うみたい。こんな風だと、お嫁入りの実感が湧くでしょう? シンシア様がちょっと羨ましいな~」
「ええ、もうすぐ嫁ぐのだと、たしかに実感が湧きます……」
 シンシアはたった今閉めた箱のふたを撫でながら、神妙な面持ちで言う。
「それで、あの……今日、ヘザー様に来ていただいた理由なんですけれど。実は、相談したいことがありまして」
「あっ、うん。なにかしら?」
 部屋の雰囲気といい、悩み事相談といい、なんだか女子会っぽい。これまでのヘザーに縁がなかったものだから、ちょっとウキウキしつつシンシアのほうへ身を乗り出す。
「私……この前、オリヴィエ様と、歌劇を観に行ったのです」
「へえー」
 ヘザーもヒューイと観に行ったばかりだ。そして、ボックス席でとってもエロくて素敵なことをした……。思い出すとうっとりしてぱんつが濡れそうになるので、頑張って気持ちを切り替え、シンシアの話に耳を傾ける。
「オリヴィエ様は、ボックス席を予約してくださっていて……ヘザー様は、ボックス席がどんな風かご存知でしょうか」
「ええ。実は、こないだ初めてボックス席に入ったの! 奥のほうで、ゆっくりお食事とかできるようになってるわよね」
 ついでにエロいこともできるようになっている。またまたこの前の熱いひとときを思い出しそうになってしまう。
 でも、だんだんとシンシアの表情が硬くなっていくのも気にかかった。
「あの、私そこで……幕間にオリヴィエ様とお食事をしたのです」
「うん、うん」
「そのとき、オリヴィエ様から……ふっ、ふふ、ふ」
「……?」
 急に何を笑っているのだろうとヘザーは首を傾げそうになったが、違った。
「あの、私、オリヴィエ様から、ふ、ふっふ深い口づけを受けました……」
「へえー」
 深い口づけって、舌を入れてべろべろするやつのことをお上品に表現したものだと思うが、それすらも口にするのを躊躇うなんて、シンシアはヘザーが思っている以上に純情な女性のようだ。
 これは「よかったわね」というべきなのだろうか。しかし、シンシアの表情は硬いままである。もしかして彼女はベロチューがお気に召さなかったのだろうか。どう声をかけようか迷っていると、シンシアは「ああ」とうめいて近くの木箱に突っ伏してしまう。
「えっ? えっ? どうしたの?」
 ヘザーは立ち上がり、彼女の近くまで行った。なんとシンシアの肩は小さく震えている。彼女は泣いているようだ。
「シンシア様? 大丈夫?」
「わ、私……病気なんです……」
「えっ!? だだ大丈夫? お医者さんはなんて言ってるの?」
「お医者様には、こんなこと、とても言えません……」
「え? え? でも具合が悪いんでしょう? じゃあ、おうちの人……ばあやさんとかに言って、お医者さん呼んでもらわないと! 私がばあやさん探してきましょうか?」
「ま、待ってください! ばあやにも、言えないのです……!」
 シンシアは涙に濡れた顔をあげ、ヘザーの袖をぎゅっとつかんだ。
「口づけを受けたあと、し、し下着が……濡れていて……」
「……うん?」
「それ以来、オリヴィエ様のことを考えると、し、下着を、汚してしまうことがあって……」
 そこでシンシアは再び木箱に突っ伏してしまう。
「私、きっと病気に罹っているんです。でも、こんなこと誰にも言えなくて……」
「え? えーーーと……」
 オリヴィエにベロチューされたら感じてしまって、それ以来エッチなことを考えるとあそこが濡れてしまうようになって、シンシアはこれを病気だと思っている……ということでいいのだろうか。
 さっきから話が飛躍しまくりなのでヘザーは戸惑ったが、でもシンシアにとってはすべてが一連の出来事なのだ。
 ええーっ、私だってヒューイのこと考えたらびしょびしょになるよォー! と言って彼女の肩をばしばし叩いて励ましてあげたいところだが、そういう雰囲気でもない気がする。
「あの、シンシア様? 下着が濡れるのは、別に病気じゃないと思うんだけど……」
 それに、シンシアは初夜に関するマニュアル本を持っていた。もっともそれは用意したばあやさんの勘違いで、初夜の本ではなくSMちっくなエロ本だったわけだが、シンシアはその本を読んで「何か違う」と思える感性は持っていたはずなのだ。
 あのエロ本には、男の人にあれこれされたヒロインがびしょびしょになってしまう描写があったと記憶している。
「ほら、あのエッチな本のヒロイン……旦那さんにいろいろされて、よく下着を汚してたじゃない。だいたい、びしょびしょにならないと、男の人のアレを入れるときに痛いと思うのよね。だから、自然なことだと思うんだけど……」
「で、ですが……私、何もされていないのに、オリヴィエ様のことを考えただけで……し、しし下着を汚してしまうように……」
「あ。ああー……」
 そういえば、あの本のヒロインがびしょびしょになるときは、いつも旦那さんに身体を弄られるか、いやらしい言葉責めを受けて……というかたちだった気がする。
 そしてあの本を入手した時点では、シンシアの肉欲はまだ目覚めていなかったのではないだろうか。
 だがオリヴィエからディープキスを受けたことをきっかけに、シンシアは熱と欲を知ってしまったのだ。それを彼女は病気だと思い込んでいるようだ。
 シンシアはまださめざめと涙を流している。
「私、きっと淫らな病気に罹ってしまったのです……」
 使用人たちが自分の下着の異変にそのうち気づいていしまうのではないか、もう気づかれているのではないか、そう考えると生きた心地がしないのに、オリヴィエのことを想うと足の間が疼いて、気がつくと濡れているのだという。
「え、ええーと、シンシア様? 私も、ヒューイのこと考えるとびしょびしょになるんだけど」
「……ヒューイ様が目の前にいなくても、ですか?」
「うん」
「ヒューイ様のことを、考えただけで……ですか?」
「うん。ヒューイにエッチなことされてる想像すると、濡れるよ」
 白状するのはちょっと恥ずかしいけれど、シンシアが気に病み過ぎてほんとうに病気になってしまうかもしれないことを考えると、言ったほうがいい気がした。
「わ、私が陥っている状況は、罪なことではないのですか……?」
「別に、いいと思うけど……」
 シンシアの、ちょっとエッチな妄想に浸って下着を汚す程度が罪であるなら、ヘザーがヤッていることに至っては市中引き回しの上に打ち首獄門級の大罪ではないだろうか。
「とにかく、エッチなこと考えてそうなるのは、特別なことじゃないと思うわよ。だから、ね、泣かないで?」
「は、はい……ありがとうございます」
 彼女の涙を拭いてあげたかったが、そういえばハンカチって持って来てたっけ? ……と、ヘザーはレティキュールの中を探り、隅っこでぐしゃぐしゃになっている布の塊を発見したが、こんなものでシンシアの綺麗な顔を拭う訳にもいかない。
 だがヘザーがもたもたしているうちに、シンシアはポケットからレースのついたハンカチを取り出し、頬を拭いはじめた。
 本当に自分は女としてダメだなあ~とへこむとともに、お人形みたいに可愛らしいシンシア様でもエッチなこと考えるんだ~と、ちょっと安心したりもする。

 シンシアはくすんと小さく鼻をすすると、今度は別の衣装箱の中から、濃いピンク色のふわふわしたものをひっぱり出し、ヘザーの前に持ってくる。
「これ……『初夜に身につけなさい』とばあやに渡されたものなのですが」
「……ワオ。」
 これは、「ワオ」としか反応しようがなかった。
 シンシアが広げたものは、スケスケの布と、紐と、フリルで出来たランジェリーだったからである。
「え? これって……下着なのよね?」
「そ、それが。ばあやはこれをネグリジェだと言っていて……」
「ええっ?」
 ヘザーはスケスケの布にそっと触らせてもらった。布の下に手を差し込んでみたが、完全にスケスケである。ちょっと力を入れたら、すぐに破れてしまいそうな頼りない布であった。
 布を撫でながら思う。
 これを着てヒューイの前に登場したら、彼はどんな反応をするのだろう。慌てるだろうか。興奮するのだろうか。ドン引きされて口をきいてもらえなくなる可能性も、あるかもしれない。
 すでに経験済みのヘザーですら、これを着るのはちょっと勇気が要る。
 それを、ベロチューで大騒ぎしているシンシアにこれを着ろというのは、酷ではないだろうか。
 マードック家のばあやさんはいったい何を考えているんだと思いつつ、ウィルクス夫人もこのくらい前衛的になってくれないかなあと、羨ましくも思うヘザーである。
 シンシアの声が再び震えた。
「私、これを着てオリヴィエ様の前に立たなくてはいけないと思うと……恥ずかしくて恥ずかしくて……」
 歌劇場でのディープキス以来、オリヴィエを意識しまくってぎくしゃくしているところに、昨夜ばあやからこのエロい布を渡され、シンシアは卒倒しそうになったらしい。
「今週、一緒に催し物に参加する予定ですのに……私、オリヴィエ様のお顔を見ただけで、心臓が破裂してしまいそうで……どうしたら良いのでしょう……」
 彼女は顔を真っ赤にして、涙声になる。
「シ、シンシア様。ええと、まずは、このエッチな布だけどね。ばあやさんの勘違いじゃないのかしら?」
「……そうなのでしょうか。ばあやは、『これを身につけたら、きっとオリヴィエ様は大喜びですよ』と言っていて……」
「う、うーん。だって……」
 ヘザーは少し前にウィルクス夫人に渡された「初夜に関するマニュアル」の中身を一生懸命思い出そうとした。興味津々でページを開いてみたら「すべて旦那様にお任せしましょう」とか「翌朝は辛いかもしれないけど、旦那様よりも早く起きて身支度を整えておきましょう」とかしか書いていない、超つまんない本だった。
 シンシアの持っていたエロ本ほどではないにしても、大事な部分がちゃんと書かれていたら、自分とヒューイで妄想して楽しもうと思っていたのに、オカズにもなりやしない!

 そしてあのつまらない本、初夜の衣装についての記述はどうだっただろうか……。
「えーと、そうそう! 『乙女を思わせる、純白のネグリジェ』。私がウィルクス夫人に貰った本には、そう書いてあったわよ」
「そ、そうですよね……私も、そちらのほうが相応しいような気がします……」
「ね。だから、ばあやさんとは後で相談するとして……まずは、オリヴィエ様と普通に話せるようにしなくっちゃ。今週、一緒にイベントに参加するんでしょう?」
 まともに口をきけない状態らしいので、オリヴィエのほうは嫌われてしまったと気に病んでいるかもしれない。
「はい。明後日の『フェルビアの文豪を語る会』で、現地でお会いすることになっています……」
 フェルビアの文豪を語る会。定期的に開かれており、真面目に語る人たちと、お茶菓子やお喋りを楽しむ人たちに分かれているイベントだ。いつだったかヘザーも参加して……というか夫人に参加させられて、そこでシンシアと一緒になったことがあった。
 そして明後日。ヘザーの予定は、手紙を書く練習と、詩の朗読、それから刺繍のお稽古だったはずだ。夫人には申し訳ないが、これならば予定を変更しても構わないだろう。
 ヘザーはシンシアに笑いかけた。
「明後日ね。じゃ、私も一緒に行く! オリヴィエ様の顔が見られないようだったら、まずは三人でお話ししましょう? それなら、大丈夫じゃないかしら」
「は、はい……。ヘザー様、ほんとうにありがとうございます」
「いいよ、いいよー。遠慮しないで」
 シンシアからはレディとしてたくさん学ぶことがある。でも、それを抜きにしてもシンシアのことを友人として慕っている。恥ずかしいことを相談してくれたのも嬉しかったし、自分にとってたった一人の男性を健気に想う姿には、好意と共感しか抱けないのだ。



 そして「フェルビアの文豪を語る会」の会場に、ヘザーはシンシアとともに出かけた。
 すると、オリヴィエの隣にヒューイの姿があるではないか。
「あれー?」
「ヘザー。君も来ていたのか」
 ヒューイが来るなんて聞いてない。しかし、自分も行くなんて言っていなかった。ヘザーは急遽予定を変更して参加しているのだから、ヒューイにも何か事情があったのだろう。そして彼の隣にオリヴィエ・グラックの姿があることから推測してみる。
 オリヴィエもオリヴィエで、ヒューイにシンシアのことを相談したのではないだろうか。そして「二人きりでは気まずい」というオリヴィエを心配して、この会場にヒューイが同行した。ヘザーがやっているみたいに。
 そう思うと自然に笑みがこぼれそうになる。
 しかし今はまず、初々しい二人を何とかするのが先である。

 奥のテーブルでは本やノートを持って来て、文豪について真剣に語っているグループがいるが、会場の入り口近くではお茶やお菓子を並べた台があって、ビュッフェ形式で食べられるようになっている。
 ヘザーはそちらを指さした。
「じゃ、お茶にしましょ」

 それぞれが好きなお茶やお菓子をトレイに乗せて、空いているテーブルを見つけると四人でそこに着いた。
 丸いテーブルの、ヘザーの向かいはオリヴィエ。両隣にヒューイとシンシアだ。オリヴィエもシンシアも俯き気味で、お互いがお互いをまともに見られないようだった。
「聞いて聞いて。一昨日ね、シンシア様のお屋敷に遊びに行ってきたのよ」
 彼女との内緒話をここでぶちまけるつもりはもちろんない。
「婚礼の準備が進められていて……シンシア様もとても幸せそうだったから、私も、早く結婚したくなっちゃった」
 これで「シンシアはオリヴィエのことちゃんと好きなんだよ、結婚できるのが嬉しいんだよ」とそれとなく示したつもりだ。
 ヘザーの言葉に、ヒューイも頷いた。
「うむ。オリヴィエ殿たちの婚礼、僕たちもいろいろと参考にさせてもらうことがありそうだな……そういえば、あの招待状も素晴らしかった。オリヴィエ殿。どこに印刷を頼んだのか訊ねてもいいでしょうか」
「え? あ、ああ、はい……! あれは、シンシアと一緒に選んで……」
 そこでオリヴィエは顔をあげ、シンシアと目を合わせ、遠慮がちに「ね?」と囁いた。シンシアもこくんと頷く。
「はい。私、我儘ばかり言ってしまったのですが、でもすべてオリヴィエ様が聞いてくださって……」
「ううん。君がしっかりとしたビジョンを持っているから、私はとても助かったよ」
 二人がお互いの目を見て話している。
 ここでヘザーは「やった!」と心の中でガッツポーズした。
 それから話題は印刷屋の話になって、その印刷屋が刷った演劇のポスターの話題になって、気が付けばシンシアとオリヴィエは仲良く会話している。
 もう大丈夫そうだな、と思ったところでヒューイと目が合った。



「ヒューイも、オリヴィエ殿が心配だったんだ?」
「ああ、彼は大切な友人だからな」
 シンシアとオリヴィエを二人だけにして、ヘザーとヒューイは別のテーブルに移った。
 ヒューイは今日、仕事を中抜けしてこの会場にやって来たようで、もう一杯お茶を飲んだら職場に戻るつもりらしい。やっぱり、オリヴィエもオリヴィエで歌劇場でのベロチュー事件を気に病んでいたのだとか。
「だが、僕だけではシンシア殿にどう対処したらよいのか分からなかったと思う。ヘザー、君がいて助かった」
「私も、シンシア様は大事なお友達だからね」
 もう一度二人のいるほうを見ると、彼らは寄り添って談笑しているようだ。シンシアの笑顔はほんとうに可愛らしい。それに……と、ヘザーは、狼狽していたシンシアの様子を思い起こした。
 シンシアが自分のことであんな風になっていたことをオリヴィエが知ったら、彼はもうシンシアのことが可愛くて可愛くて、傍を離れられなくなるのではないだろうか。
 いいなあ、初々しいなあと思う。
 ……でも、自分だってヒューイとのエッチなことを考えたらびしょびしょである!
「ヒューイ、あのね」
「うん?」
「ヒューイのこと考えると……ぱんつが濡れちゃうの……」
「ゴホッ」
 ヒューイはお茶をむせた。
 そしてヘザーに向かってくわあっと目を見開き、強い口調で言った。
「ヘザー! まったく、君という人は……TPOをわきまえたまえ!!」
「そうだよねえ」
 そりゃそうなる。
 TPOって久しぶりに聞いたな~と考えていると、ヒューイが咳払いをした。
「……オリヴィエ殿はずいぶんと初心なようだった。彼からすると、僕はかなり淫らな部類に入るらしい」
「へえー」
 シンシアの様子から、なんとなくオリヴィエの経験値も推測できていはいたが、ヒューイから見ても彼はそうらしい。
 そこで、ヒューイはこちらをぎろりと睨んだ。
「僕が淫らになったとしたら、それは君のせいだぞ」
「…………。」
 心外である。
 ヘザーがエッチになったのは、全部ヒューイのせいだというのに。しかし、彼の続けた言葉に思わず笑顔になる。
「責任は取ってもらうからな。覚悟しておきたまえ」
「うん!」
 明るく答えて、ヒューイに寄り添うよう身体を傾けた。もちろん責任を取る気は満々だった。



(番外編:ぜんぶ君のせい 了)






おまけ


 ウィルクス夫人は夕食を終えたあと、お茶を飲みながら仕立て屋のチラシを読み込んでいる。彼女の機嫌は良さそうだと踏んだヘザーは、思い切って訊ねた。
「あの、ウィルクス夫人? 私の、えーと、初夜の寝巻なんですけど……」
「んまっ。気が早いのではありませんか!?」
「あの、あの。でも、シンシア様のものを見せてもらったので、私のは、どんな風なのかなーって、気になってて」
「そうですか。その話はまだ早いとは思いますが……いずれは使うものですからね。もちろん、もう決めてありますよ」
「えっ。どんなやつですか?」
「決まっていますでしょう。乙女を思わせるような純白のものでなくてはいけません。こういったものが定番ですね」
 夫人は、テーブルの上にあったチラシから「ナイティ・下着」と記されたものを手に取って、ヘザーの前に広げた。
 彼女が指さしたところを見ると、頭から被るワンピースタイプの、重そうなフリルがついた野暮ったいネグリジェのイラストが描いてあった。
「え。ええー……」
 なんだこれ。全然色っぽくない。特にシンシアのものを見てしまった後だから、まったくぐっと来ない。いや、自分がぐっと来なくてもヒューイがぐっと来ればそれでいいのだが。でも。
「もうちょっと、セクシーなやつじゃダメですか?」
「んまあっ……! 初夜ですよ? 情欲をそそるものでなく、純潔を思わせるようなものでなくてはいけません!」
「でも、シンシア様のは、もうちょっと透けてて……」
「ヘザーお嬢様! よそはよそ! うちはうちです!」
「……はあい。」
 ウィルクス夫人が妙に庶民くさい言い回しをしたので、驚いたヘザーは口を噤んでしまったのだった。

(おわり)

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