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番外編

爆走、乙女チック花嫁街道! 6

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 コツンという微かな音にヘザーは振り返る。音のした方にはカーテンがかけられている。そのカーテンの奥には、バルコニーへ繋がる大きな窓があった。

 風で窓が揺れたのだろうか。
 不思議に思っていると、次はコツン、コツンと二回音がした。続いて「ヘザー」と、ヒューイの声が。
「……!」
 ヘザーは急いでカーテンを開ける。
 窓の向こうにはヒューイが立っていた。もちろん窓を開けて彼を出迎える。
「ど、どうやって来たの?」
 ここは二階である。彼はいつからバルコニーにいたのだろう。
「庭の木を登って、バルコニーに飛び移った」
「え……!」
 ええー!? 大きな声を出してしまいそうになって、ヘザーは慌てて口を塞ぎ、窓に施錠してから改めてヒューイに向き直る。

「木に登ったの? 貴方が?」
 ヒューイがそんなことするなんて信じられない。だがこれは、新鮮でわくわくするような驚きだ。
「……普通に来ようとしたんだが、ウィルクス夫人の部屋から灯りが漏れていた。その前を通過するのは憚られた」
 彼もヘザーと同じことを懸念したようだった。灯りは単なる牽制かもしれない。が、思わぬところにトラップが仕掛けてあるかもしれないと。

 それからヘザーはあることに思い当って、寝台を振り返った。例の木箱が乗った寝台を。
「ね、ねえ。あの箱、もしかして……」
「ああ。客間の用意をした時に、予め僕がしまっておいた」
 今使っているものを使い切った時のために、ヒューイは避妊薬をもう一つ用意していた。それをヘザーの使う客間に仕込んでおいたのだ。
「じゃあ、夜這い? 夜這いに来てくれたの?」
「夜ば……」
 ヘザーのストレートな言葉に彼は一瞬絶句していたが、構わず抱きついた。
「嬉しい! 私もヤり……会いたかったの! うわあ、嬉しい。夜這い嬉しい」
「夜這い……」
 ヘザーが嬉々として繰り返すその言葉を、腑に落ちないといった風にヒューイも口にするが、別に夜這いという単語自体にロマンを感じている訳ではない。
 ヒューイみたいな男が規則を破ってセックスするために夜中に木をよじ登った、その事実がヘザーにとってはロマンチックなのだ。
「……そのように語られると、自分が俗物になり果てた気分だな。僕はそんな男ではなかったはずなのだが……」
「ええー」
 こっちはそんな男であってほしいのだ!
 ヒューイの服をつかんで、その顔をうっとりと見つめる。
 こんなに近くで見るのは本当に久しぶりだ。
 セックスするために木をよじ登ってきた彼はなんて素敵なんだろう。ヒューイみたいな高潔な人が、エッチなことをするために木に登るなんて……!
「だから何度もそれを言わないでくれ」
 そのせいか、いつもは綺麗に整えてある髪がちょっとだけ乱れている。ヘザーの目にはそれもまた色っぽく映った。
「……ヘザー?」
 ああ、問いかけるように私の名前を呼ぶのも素敵素敵!
「ヘザー。聞いているのか」
「えっ。うん? 何?」
 ヒューイがヘザーの両肩に手を添え、ちゃんと自分の方を向かせた。もともとヘザーはヒューイを見てはいたのだが、妄想で出来たお花畑に気を取られていたのだ。

「いいか、ヘザー。今回……規則を破ったからには、隠し通さねばならない」
 今日を以って禁止令は解けた。が、それでも屋内で二人きりになってはいけないと言われている。
 二人はさっそくルールを破り、ヒューイはそれを隠そうと言う。
 おお、真面目なヒューイにしては大胆な発言だ。
 ヘザーはこくこくと頷いた。
「迂闊な発言や態度でウィルクス夫人に悟られたりしないよう……できるか、ヘザー」
「う、うん……!」
「……ならば、よし」
 ヒューイの言葉の調子、なんだか犬や子供に言い聞かせているみたいではないか……? とチラッと思ったが、彼の手がヘザーの腰を抱いた瞬間、余計な考えはすべてどこかへ行ってしまった。



 ヘザーの身に着けているものを脱がせるとき、ヒューイはふと何かに気付いたようだった。肩から二の腕にかけて手のひらを滑らせ、それをもう一度繰り返す。
「肌に何か付けているのか? いつもと触った感じが違う」
「あ、わかる? あのね、オイルマッサージのお店に連れて行ってもらったの」
 昨日の午後はエステティックサロンへ行って思い切りリラックスした後、夜は早く休んで今日の夕食会に備えた。睡眠をたっぷり取ったこともあって、肌はつるつるのすべすべだ。
 是非是非ヒューイに触ってほしいと思っていたから、気づいてくれて嬉しい。

 そこでヘザーはふと考えた。
 ヘザーの花嫁修業のメニューは、ヒューイとウィルクス夫人が相談して決めている。
「もしかして……私がサロンへ行くのも、貴方が決めたことだった?」
「いや。勉強に関しては多少の干渉をするが、衣装や美容の類については夫人にすべて任せている」
「そうなんだ」
 では、やっぱりヒューイ成分が不足したヘザーのためを思い、気分転換を兼ねて連れて行ってくれたのだろう。
 その夫人の言いつけを破るのは申し訳ないのだが、ヘザーのヒューイ不足はまだ継続中である。
 それにヒューイもその気になっていて、ヘザーとセックスするために、わざわざ夜中に木をよじ登って夜這いに来てくれたのだ(こう表現するとヒューイはいい顔をしないが、ヘザーは気に入ったので何回でも言う)。
 せっかくだからヒューイ成分をたっぷり補給させてもらおうではないか!



 愛しい人を想って悶々とし、さらに本人が夜這いに来るというサプライズもあって、足の付け根にヒューイの指が入り込んできた時には、それはそれは大変なことになっていた。
「あ、あっ……」
「……すごいな。熱い」
「あっ、だ、だって……」
 熱をもって充血し、存分に潤っている。ほんの少し力を込めただけで彼の指を飲み込んでしまうほどに。
 だが指では足りなくて、ヘザーはヒューイの背中にしがみ付いて懇願した。
「ん。も、もう、入れて」
「もう……?」
「ん、は、はやく。はやく……」
 待ちきれなくて彼の下腹部に手を伸ばした。大胆にもそれを握りしめ、自分の中へ誘導しようとする。だが、
「まだ駄目だ」
 ヒューイはその手を自分のものから外して、ヘザーの頭上で縫いとめるように押さえた。
「あ、や……はやく入れて……」
「まだだ」
 彼はヘザーに覆い被さり、深い口づけをしながら、空いている方の手でヘザーの中を探る。
「んっ、んん……」
 早く欲しいのに与えてもらえず、でも気持ち良くされて、ヘザーは身もだえする。押さえつけられた上でこんな風に愛撫を受けるのは、征服されてる感半端ない。
 ヘザーは常にヒューイを裸に剥いて押し倒して狼狽させたいと考えているのに、自分がされるとドキドキして嬉しい。こんな意地悪ならばもっとされたいと思ってしまう。

 ようやく入って来たヒューイ自身も熱かった。
 彼が軽く腰を揺すっただけで、結合部から湿った音が響く。行為が始まる前から大いに盛り上がっていたヘザーは、すぐに限界に近づいてしまった。
「ん、んん……もう、いきそう……」
 そう訴えると、ヒューイはヘザーを促すように動く。
 彼の背中に腕を回し、その腰には両の足を巻き付けて、ヘザーは思い切り震えた。
 収縮が収まるのを待っていると、手で頬を包まれて額にキスを受ける。

 ヒューイは好きだとか愛しているとかを滅多に口にはしないけれど、でも、愛されているのはしっかりわかる。まるで宝物を扱うようにヘザーに触れる。
 彼に触れられていると、自分が何か小さくて可憐なものになった気さえするのだ。

 ヘザーの呼吸が整うと、今度は四つん這いになって後ろからヒューイを受け入れた。彼の手が胸や腰を這い回り、背中に優しく触れたとき、ヘザーは二度目の絶頂を迎える。
 再び向かい合うかたちで繋がってヘザーが三度目に果て、彼もまた果てた。
 ヒューイは、正式な夫婦となるまではヘザーの中に種を蒔かないと決めている。だから彼が果てる瞬間はヘザーから身体を離してしまうのが、少し寂しい。
 絶頂に震えるヒューイの背中をぎゅっとしていてあげたいと、ヘザーは思うのだ。結婚式が待ち遠しい。



「もう戻っちゃうの?」
 後始末を終えるとヒューイがシャツを羽織ったので、ヘザーはそう訊ねる。
 朝になったら使用人が洗面用具を持ってきて、カーテンを開けていくだろうから、ヒューイと一緒に眠るわけにはいかない。驚いた使用人が悲鳴でもあげたら大変なことになる。
 彼はシャツに袖を通そうとしていたが、その言葉に少しの間逡巡し、結局はヘザーの隣に身を横たえた。
「……君が眠るまでは隣にいる」
「やったあ。じゃあ、頑張って起きてようっと」
 ヘザーはヒューイの胸にぴったりと顔を寄せた。

 事後にも穏やかにいちゃつき、二人で朝を迎えたのはだいぶ前……ウィンドールの街の宿でだけだ。
 それ以外は人目を忍んでの逢瀬だから、あまりゆっくり過ごす機会がない。だが、夫婦となったら朝まで隣で眠れる。これもまた、結婚式が楽しみな理由の一つである。

「あのね、今度会ったら聞こうと思ってたんだけど……」
「うん?」
 ヒューイはヘザーの肩を撫で続けている。無意識っぽい触れ方ではあるが、よほど触り心地が気に入ったのだろうか。こんなに気に入ってくれたのならば、マメにサロンに通わなくては。
「私といると、安らぐ?」
 肩を撫でるヒューイの手が止まった。彼は宙のどこか一点を見つめながら呟く。
「安らぐ……とは、少し違うな」
「そうだよね……迷惑かけてばっかりだもんね……」
 彼は自分といて安らいでいるわけではない。わかってはいたことだ。これからはヒューイを癒せるように頑張ろう。
「そういう君はどうなんだ? 僕といて安らぐのか?」
「え? えーと……」
 逆に訊ねられるとは思っていなかった。
 自分はヒューイといて安らぐのだろうか。考えてみる。

 会いたくて、いつも一緒に居たくて、ぴったりくっついていたい。
 そして実際にくっついたらそれだけじゃ済まなくなって、彼を押し倒して服を剥ぎ取って裸にして絡み合いたい。
 でも、気分によってはちょっと離れた物陰からヒューイを観察して、彼の可愛さと色っぽさに一人で悶えていたいとも思う。
 ……ドキドキムラムラ萌え萌えするのに忙しくて、安らぐとかとんでもない! そんな気がした。こんなに落ち着かない状態で夫婦になって大丈夫なのだろうか。
「んー……」
 考えながら小さく唸って、ヒューイの胸に改めて顔を埋める。
 すると、ヘザーの肩に置かれていた彼の手が、再びゆっくりと動き出した。
 二の腕と肩をさすり、手の甲で首筋をたどり、髪をなでる。
 ああ、幸せ……。
 胸がきゅんと締め付けられてもっとヒューイに寄り添うと、彼はヘザーの頭に手を添えて、ますます自分の胸に引き寄せる。
 また、ドキドキしてきた。
 うん。安らぐなんてとんでもない。

 でも、満たされてはいる……。
 心も、身体も、自分のすべてが。


*


 なーにが『じゃあ、頑張って起きてようっと』だ。

 あっという間に寝息を立て始めたヘザーの髪を撫でながら、ヒューイは思った。
 まあ、彼女が疲れるように努力したつもりなので、こうなってもらわないと男としての自信がなくなるところでもあるが。

 それからヘザーの言っていた言葉の意味を考える。
 ──私といると、安らぐ?
 ヘザーらしくない質問であったので、いったいどうしたことかと思った。
 ウィルクス夫人に夫婦の在り方でも説かれたのだろうか?

「ん……」
 ヘザーが小さく呻いて、寝返りを打とうとした。ヒューイは彼女の肩を抱えて今の体勢を保つようにする。
 ヘザーは、放っておくとこちらに背中を向けて丸くなってしまうからだ。
 事後に背中を向けられるのはちょっとばかり気に食わないのである。

 ……そうだな……。
 ヘザーの肩を抱きながら、もう一度考え始める。

 アディシュの宿で、ヘザーからの手紙を受け取った時。
 疲労感はすべて吹き飛んでしまった。
 それから、久しぶりにヘザーの顔を見た瞬間。
 はにかみながら「おかえりなさい」と言われて「ただいま」と答え、「会いたかった」と告げられて自分もそうだと答えた時。
 自分はヘザーによって満たされているのだと感じた。それは安らぎと表現するような、穏やかで控えめなものとは違う気がする。

 離れていると心配で常に傍に居たいとは思うが、彼女が近くに居たら居たで今度は他の男たちの視線が気になって、彼女を引き寄せて組み敷いて、自分以外見えないようにしてしまいたいとすら思う。
 自分はヘザーに癒してほしいなどと思ってはいないし、彼女に感じるのはもっと激しい何かだった。
 癒しや安らぎのような穏やかなものは……たくさんの子や孫に恵まれた頃にならば感じるのかもしれない。
 今は、自分が満たされているのと同じかそれ以上に、彼女に与えてやりたいと思っている。

 ヘザーの寝息がさらに深いものに変わった。
 そろそろ、行かなくてはならない。
 ヒューイは彼女を起こさぬように、そっと身体をずらす。
 濃密な時間を過ごした後に別々の部屋で眠るのは名残惜しいものがある……が、結婚式までの辛抱だ。

 静かに窓を開けてバルコニーへ出る。ここから木を伝って庭へ降り、泥棒のように忍んで自分の寝室へ戻る道のりを思うと、遠い目をしてしまいそうだった。
 活力を補充するために、ヘザーの方を振り返った。彼女は眠っているのだから、ヒューイに微笑んでくれるわけでも手を振ってくれるわけでもない。
 だが、ヘザーは自分との行為で疲れ果てて眠りに落ちている……そう考えただけで、ヒューイは充分に満たされた気がした。

 夜が明けたら、ヘザーとは食堂で顔を合わせるだろう。
 何事もなかったような表情で、だが二人だけの秘密を共有しつつ、彼女に「おはよう」を言う様を思い浮かべた。



(番外編:爆走、乙女チック花嫁街道! 了)


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