嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan

文字の大きさ
上 下
37 / 85
番外編

爆走、乙女チック花嫁街道! 5

しおりを挟む


 ようやく夕食会の日が訪れた。
 前日に例のサロンでオイルマッサージを受け、ピカピカにしてもらったヘザーは張り切ってバークレイ邸へ向かう。
 ヒューイのお父上からの連絡によれば、ヘザーとウィルクス夫人の泊まる部屋も用意してくれているらしい。
 ヒューイとのイチャイチャはもちろん無理だが、でも、朝に食堂へ行けばヒューイがいる……ヘザーに「おはよう」と言ってくれるのだ。なんだか新鮮で、その風景を想像すると胸が躍った。

 ヒューイは昨日王都に戻ってきている筈だが、彼は屋敷にはいなかった。なんでも、今回の旅の報告のために王城へ行っているらしい。
 すぐに戻るはずだという話なので、双子たちとお喋りしたり、ラッキーと遊んだりして彼の帰りを待つ。
 すると、使用人がやってきて、ヒューイの帰宅を知らせてくれた。

 二週間ぶりの再会だ。玄関ホールで彼を出迎える。
「おかえりなさい」
 ヒューイと次に会ったなら、そう言おうと思っていた。だが自分の方が客であるのに「おかえりなさい」はなんだかおかしいとも感じていたので、こうして出迎える形になったのは好ましい。
「……ただいま。」
 彼はヘザーの前に立つと、一拍だけ間を置いてそう答えた。

 ああ、ヒューイだ。懐かしいヒューイだ。
 本能の命ずるままに動いてよいのならば「会いたかった会いたかった! もう大好き! 好き好き!」と言いながらヒューイに抱きついて胸に顔を埋めて彼の香りを吸い込みたい。
 そしたらヒューイはちょっと戸惑って「お、おい」と言うに違いない。彼の狼狽の仕方はヘザーの嗜虐心を妙に刺激する。興奮したヘザーはそのままヒューイを押し倒し馬乗りになって……
 ……と、そこまで考えたところで、すぐ後ろにウィルクス夫人やレジナルド、双子たちがいることを思い出した。
 だから小さな声で「会いたかった」と伝えた。
 後ろのみんなにも聞こえてしまっただろうが、これくらいの可愛い表現ならばウィルクス夫人も何も言わないだろう。

 これに関しては、ヒューイからの返答を期待して口にした訳ではなかった。彼が感傷的な科白を──しかも恋愛方面においての科白を──吐くなんて想像もしていなかったから。
 だから彼がヘザーの隣に立ち、
「僕も会いたかった」
 ぼそりとそう呟いたとき、ヘザーは耳を疑った。
「え……えっ?」
 聞き返した時にはヒューイはすでに歩き出しており、着替えてくると言って自室の方へ行ってしまったのだった。

 彼の背中を見送りながらうっとりと立ち尽くすしかない。
 なに今の。なに今の。……萌えるんだけど!!
 今度は乙女心が刺激されまくりである。



 ヒューイの家の夕食に招待されたのは初めてではないが──騎士時代に一度、婚約してからも何度か招かれている──ヒューイの帰還、双子たちの帰省祝いも兼ねているから、晩餐として並んだ料理は非常に豪勢であった。

 食べきれないほどの量であったが、ロイドはものともせずに口に運び続けている。グレンも以前より食べるようになった。
 双子たちの話によると、寮の食事は不味くはない。しかしそれほど美味しいわけでもないらしい。要するに家を出たことで、これまでの自分がどれだけ恵まれていたかに気付いた、そういうことだ。

 お腹いっぱい食べた後は、テーブルを囲んでチェスの対決をする。
 わかりきっていたが、何度対戦してもグレンに勝つことはできなかった。ロイド相手ならば互角といったところだ。
 レジナルドとも対戦したが、意外なことにヘザーが勝利した。だが、レジナルドは何故かヘザーのことを気に入っているようだから、わざと負けてくれたような気がしないでもない。
 ヘザーたちがチェスで盛り上がっている間、ヒューイはウィルクス夫人とメモを取りながら話をしていた。ヘザーの勉強、花嫁修業についての相談だろう。或いは禁止令解除について語っているのかも。
「……。」
 そしてヘザーは改めて部屋の中を見渡した。
 ここはやがて自分の家になるのだ。
 ヒューイがいて、優しい義父がいて、犬がいて、週末には双子たちが帰ってくる。
 幸せがいっぱい詰まった家だ。

 そこでウィルクス夫人の言葉を思い出す。
 ──貴女のような女性が傍にいてくれたら、ヒューイ様も安らげるでしょう
 そうなのかな。そうだといいな。そうなるように頑張ろう。



 ヒューイに「おやすみ」を言った後は、用意してもらった客間へ向かう。
 ヘザーの部屋は一番奥。その手前の部屋をウィルクス夫人が使うことになっていた。
 夫人の部屋の前を通らなければどこにも行けないように配置されている。
 別に夫人は廊下に出て夜通し見張っている訳ではないのだろうが、ヘザーがこっそり歩き回ったりし難くなるような部屋の位置である。
 禁止令が解けたばかりなので、さすがにヒューイのところへ夜這いをかけるつもりはないが。

 ヘザーは広くてふかふかの寝台の上に寝そべり、いかに自分が幸せものかを考える。
 ──僕も会いたかった
「うふ、うふふ……ふふふふふ」
 ヒューイの言葉を思い起こすと、胸がきゅんとなる。
 彼はどうしてこうも毎回毎回、ヘザーのハートを鷲掴みにしてくれるのだろう。
 一見すごく感じが悪いのに、可愛いしセクシーなのだ。
 たくさんいるであろうヒューイを誤解している人たちに「ほんとはヒューイは可愛くて素敵なんだから!」と、大声で告げて回りたい気もするが、自分以外の人間が彼の魅力に気づいてしまっても困る。
 どこか楽しいジレンマに陥りながら、ヘザーは身を捩じらせた。
「……。」
 なんだか、身体が火照るのだ。詳しく言うと、頭がぼんやりして胸がドキドキして、ついでに足の間が疼く。
 妙な薬を飲んだわけでも盛られたわけでもない。単にヒューイのことを想って欲情しているだけである。
「…………。」

 夜這いをかけるつもりはない。
 そう思ったばかりであるのに、ヘザーは寝台から降りると静かに部屋の扉を開けてみる。
 ウィルクス夫人の部屋の扉の隙間から、うっすらとした明かりが漏れているのがわかった。夫人はまだ起きているのだ。……案外、彼女はとっくに休んでいてあの明かりはダミーだったりして。ヘザーとヒューイが夜中にコソコソ会ったりしないように、警戒して「私は起きていますからね、ふしだらな真似は許しませんよ」と明かりだけを灯しておく。あり得る話だ。
 しかし。
 ヘザーは暗い廊下に目を凝らした。
 廊下に細い糸がピンと張られていて、足を引っかけた途端、ベルが鳴り響くような仕掛けが施されていたりして……そう考えた。いつの間にか笛を用意してくるようなバイタリティ溢れる女性である。これも充分にあり得る話だ。
 次にコソコソしているのが見つかったら、今度は結婚式の日までヒューイ禁止令が続くかもしれない。いやその前に夫人に首を締めあげられるかも。
 危ないことはやめておこう。

 ヘザーは寝台に戻ると、毛布の中に潜り込んだ。
 足の間は未だにムズムズしている。
 ああ、ヒューイの顔を見て声を聴いて、身体を触って抱きついて押し倒したい。それと同じくらい夢中で自分に触ってほしい。貪ってほしい。
 こんなことを考えて足の間を濡らしている自分は、ウィルクス夫人にふしだらとか淫乱とか色情狂とか言われても仕方がない気がした。(だからそこまで言ってない)

 いったん膝をこすり合わせ、それから寝巻の裾を持ち上げて、下穿きの中に手を入れようとし……ヘザーは躊躇った。
 ここはヒューイの屋敷である。
 いずれはヘザーの住まいとなる場所であるし、そうなったらヒューイと考えられ得る限りのエッチなことをするつもりであるが、今は客として招かれている立場なのだ。
 手っ取り早くスッキリしてしまいたいが、さすがにこれは不謹慎ではないかと。
「あ~! もう~~~っ!」
 下穿きから手を離し、毛布の中でひとしきりもがいた後で、ヘザーは顔を出した。
 それからナイトテーブルの引き出しを開ける。
 旅の宿なんかでは、こういう場所に「フェルビア創世神話」などの無難な本が置いてあったりするものだ。
 この部屋も客間であるから、何かの本が入れてあるかもと、そう思ったからだ。本を読んで気を紛らわせようと。

 しかし、引き出しの中には見覚えのある木箱が収まっていた。
「ん……?」
 この木箱、大きさといい、留め具のデザインといい……アレに似ている。
 ヘザーは木箱を取り出して開けてみる。
 中にはどろりとした液体の入った壜。
「これって……」
 やっぱり、アレだ。ヒューイと二人で使っている避妊薬。アレにそっくりなのだ。なぜこんなところに。しかしアレはヘザーの部屋の引き出しに入っている筈だ。
 一瞬、ヒューイとエッチなことをしたいあまり、無意識に自分が持ち込んでしまったのだろうかと考えたが、この壜の中身は使われた形跡がない。
 では、前にバークレイ邸に泊まった客が持ち込んだのだろうか。いや、もしかしたら実はレジナルドにはそういう相手がいて、たまに泊まりに来ているとか……? レジナルドは独り身なのだし、おかしい話ではない。

 なぜヒューイの家の客間に避妊薬が置いてあるのか。
 思いつく理由を頭の中で並べ立てていると、背後でコツンと音がした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

執着系皇子に捕まってる場合じゃないんです!聖女はシークレットベビーをこっそり子育て中

鶴れり
恋愛
◆シークレットベビーを守りたい聖女×絶対に逃さない執着強めな皇子◆ ビアト帝国の九人目の聖女クララは、虐げられながらも懸命に聖女として務めを果たしていた。 濡れ衣を着せられ、罪人にさせられたクララの前に現れたのは、初恋の第二皇子ライオネル殿下。 執拗に求めてくる殿下に、憧れと恋心を抱いていたクララは体を繋げてしまう。執着心むき出しの包囲網から何とか逃げることに成功したけれど、赤ちゃんを身ごもっていることに気づく。 しかし聖女と皇族が結ばれることはないため、極秘出産をすることに……。 六年後。五歳になった愛息子とクララは、隣国へ逃亡することを決意する。しかしライオネルが追ってきて逃げられなくて──?! 何故か異様に執着してくるライオネルに、子どもの存在を隠しながら必死に攻防戦を繰り広げる聖女クララの物語──。 【第17回恋愛小説大賞 奨励賞に選んでいただきました。ありがとうございます!】

抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。 そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!? 貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。