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番外編
ラブシック・リターンズ! 3
しおりを挟む「へ、へくしょい」
ヒューイが何か、とても大切なことを言いかけたタイミングでくしゃみしてしまった。
そういえば、荷物を運び出す時に埃っぽくなったから窓を開け放っていたのだ。日が暮れて気温が下がり、涼しくなった。くしゃみが出るのも当たり前といえば当たり前だが。
ヘザーはまず窓を閉め、それからヒューイに向き直った。だが、彼はふいと顔を背けてしまう。
「あ、あの! 今、何か……」
「何も言ってない」
「う、嘘。今、何か言いかけて……」
「僕は何も言ってない」
くしゃみした自分を呪った。今、ヒューイはとても素敵な言葉をくれようとしていたのに。いきなりヘザーの部屋にやって来て薄闇の中佇んでいたかと思うと、どうしてそんなことを言おうとする気になったのか、ヒューイの心の中はヘザーには分からない。
だいたい、最初の時からヒューイはそうだった。罵倒していたかと思えばヘザーを好きだと言う。ケンカしたかと思えば、ヘザーの旅先までやって来て抱きしめてくれた。今日もヘザーには理解できないところで色々考えて、彼の中で結論が出たのだろう。たぶん。
彼は表情に乏しいけれど、言動はびっくり箱みたいで楽しい。そう思う。
「言った! いま絶対なんか言った!」
「言ってない!」
「言った! 私のこと、あい……っ!?」
その瞬間、ぐいと引き寄せられて口づけを受ける。少し強引で、切羽詰まったような口づけを。
キスで誤魔化された。ヒューイでもそんなことするんだ。一瞬そう思ったが、違った。
「君を──」
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で……ヒューイ・バークレイが絶対に言いそうにない言葉が、囁かれた気がした。
ヘザーは目を見開く。
パッと身体を離した彼は、またそっぽを向いた。
「もう、二度と言わないからな!」
周囲が暗いのが残念だけれど。彼は今きっと、真っ赤になっているはずだ。可愛い。愛しい。そんなところも素敵だ。大好きだ。
「私も好き。大好き」
ヘザーはヒューイに抱きついて、二人の身体が離れないようにした。
「私も、愛してる」
なるほど。たしかに、言葉の重みが違う。そんな気がする。ヘザーですら好き、大好き、と勢いをつけなくては難しかった。そしてヒューイ・バークレイがその言葉を口にするには、相当の覚悟が必要だったに違いないと。
「ねえ、部屋……掃除したの」
「ああ。驚いた……」
「一番に報告しようと思ってたんだけど、部屋に貴方がいたから、私もびっくりした」
「君が……君が、モーリス・フレミングと馬車へ乗り込むところを見た」
ヒューイもヘザーの身体を抱き返してくれて、二人の顔が近づいた。
「僕は、君が、あいつとどこかへ行ったのかと……」
それで心配してくれたのだろうか。彼は嫉妬したのだろうか。それで置いて行かれた子供のように、ヘザーの部屋に佇んでいたというのだろうか。
申し訳ないとも思ったが、そんなヒューイが愛しくてたまらない。
ヘザーの方から唇を寄せた。
すると、先ほどの切羽詰まったようなキスの続きが返って来る。
腰を抱き寄せられて、ヒューイの熱い塊がお腹に当たった。
嬉しい。ヘザーの中に住む山賊はヒューイをめちゃくちゃにしてアンアン言わせたいと思っているのに、彼に求められて思う存分めちゃくちゃにされたいと思っている乙女な自分もいる。
「好き。大好き。ヒューイ……」
彼の名前を呼ぶと同時にヒューイが押し迫ってきて、そのまま二人で寝台へ倒れ込んだ。
着ているものを剥ぎ取られて、ヒューイの指と唇が首筋や腰を這う。押し倒されながらも、彼のシャツのボタンを開けてあげると、ヒューイはそれを脱ぎ捨てた。
「ああ」
互いの素肌がくっついた瞬間、ため息が漏れる。
彼の指が中に入ってきた時には、ヘザーは既にしとどに濡れていて、ヒューイがやり易いように自分から足を開いた。
暫くの間、ヒューイの唇はヘザーの乳房を弄んでいたが、みぞおちを辿って臍の下へとおりてくる。そして足の間に到達したとき。
「え、ええっ? な、なんでえぇええ?」
自分が男だったらきっと一発で萎える、そんなだみ声が出てしまった。
ヒューイは一度唇を離した。
「君を、好くしたいだけだ」
萎えた訳ではないらしい。彼の指はヘザーの襞を捲り、その舌はヘザーの溝をなぞり始める。
「えっ、だ、だって、そんなの……あっ、嘘っ、あっ、ああーっ」
そんなところにキスするなんて、おかしい。絶対おかしい。ヒューイの頭はおかしい。
「あ、ああっ……」
でも、気持ち良くてたまらない。
彼は自分を妻にしようとするくらいなのだから、そりゃあ頭もおかしいのだろう。
「ん、んうぅ……!」
指で中を擦られながら、小さな突起をちゅっと吸われた時、ヘザーは呻いて震えた。
ヘザーが達したのを見て取ると、ヒューイは足を押し広げてそこへ自分の身体を滑り込ませる。彼の先端がぐっと押し付けられたかと思うと、それはぬるりと自分の中へ入ってきた。
「ああっ」
それだけで、もう一度ヘザーは達した。ヒューイにしがみ付きながら、大きく身体を震わせる。彼に腰を押しつけられて、身体中の神経が焼き切れそうだと思った。
「あ。ま、まだ……動かないで……」
「悪い……痛かったか」
「あ、ち、違う……気持ち良すぎて……」
自分の頭もおかしくなりそうだ。
ヒューイはヘザーの言うことを聞いてくれた。身体をぴったり寄せて、だが動かずに、啄むようなキスを繰り返してくれる。
これは部屋が綺麗になったことのごほうびセックスなのだろうか。それとも「それなりの流れ」があったから──あったよね?──盛り上がっちゃったってやつ? ……どっちでもいいや。幸せだし、とても気持ちがいいから、どっちでもいい。
キスをしながら両の足で彼の腰を掻き抱き、
「もう、平気……動いても……」
そう呟く。
「ヘザー」
彼はヘザーの準備が整うまでずっと耐えていたのではないだろうか。動く様はやや乱暴で。だがヘザーも堪らなく幸せだったから、二人の繋がっている場所からは酷く淫らな音がした。
こんなこと。毎回繰り返していたら、きっと馬鹿になってしまう。
それなりの流れが必要で、したいからと言って本能のままに交わるものではないとのヒューイの言葉が、ようやく分かった気がした。
消耗しきった二人は、静かに寝台に横たわっていた。
ヒューイから貰えるものは全部貰ったし、自分が彼にあげられるものは全部あげた。二人の間を行き交ったものは、多分……
『君を──』
ヒューイに告げられた素敵な言葉を頭の中で繰り返す。
彼はもう二度と言ってくれないらしいが、ヘザーが十回……いや、六回くらい言ったら、そのうち一回くらいは彼からも返してくれるのではないだろうか。
ヘザーは二人の身体にかかった毛布をぺろりと捲り、下の方を覗き込んだ。日が暮れているし、ランプもつけていないから暗くて見えない。
「……どうした」
「それ……」
辺りは暗いが、ヘザーが毛布の中を覗いていることはヒューイにも分かっただろう。
「普段はどれくらいの大きさなのかと思って」
「……!」
ヘザーが目にするのはだいたい膨張しきった状態ばかりで、行儀よくズボンの中に収まっている時の大きさはよく分からない。どれくらいの時間をかけて変化するものなのか、それも謎だった。
「な。み、見るな!」
観察されるのは嫌だったらしい。ヒューイは背を向けてしまう。
さっきはヘザーに触れて心身ともにめろめろにしたくせに、どうしてこの人はこちらの嗜虐心をくすぐるのも上手いのだろう。
ヘザーはヒューイの背中にぴたりとくっついて、彼の足の間に手を伸ばした。
「み、見るなと言っている!」
「見てない。さわるだけ」
「……!」
彼は自分の股間を守ろうとして両手で押さえたが、ヘザーの手が忍び込む方が一瞬早かった。ふに、とした柔らかな感触に目を瞠る。
「え。こんな風なんだ」
「お、おい……!」
中に骨が入ってないなんて信じられなかったので、ふにふにと弄ぶようにして探る。それが熱と質量を増やし始めたかと思うと、あっという間にヘザーの知る大きさと硬さになった。
「あれ? ええ? うわ、イリュージョン」
「き、君は……」
恐々と握って、手を動かしてみる。これまた不思議な感触がした。抗おうと身体を捩っていたヒューイがいつの間にか大人しくなっているのをいいことに、ヘザーは少し大胆になった。
彼の背中に唇をつけながらくびれた部分に人差し指を滑らせたとき、ヒューイが鋭く息をのんだかと思うと、素早く身体を返してヘザーを組み敷いた。
「……君が煽ったんだからな」
こんなこと繰り返していたら馬鹿になる、先ほどそう思ったばかりだが……今日のところは、あと一回くらいなら大丈夫だろう。
「じゃあ責任とらなくちゃ」
ヘザーは笑いながらヒューイの背中に腕を回した。
*
翌日の夕方、隣の机ではヘザーが業務日報を記している。ヒューイはそんな彼女を視界の端に捉えながら、ふと考えていた。
自分は性に関しては淡白な方だと思っていた。実際、一度果てればだいたい満足するし、だからと言ってそのぶん長時間絡んでいる訳でもないと思う。他人とは比べる機会もないので「多分」ではあるが。
そして日々心と身体の健康には気を使って過ごしているので、気力はもちろん体力にも自信はあった。
ところがヘザーと身体を重ねると、驚くほど消耗してしまうのだ。何かが満たされて、らしくもなく浮ついた気持ちになるのだが、それ以上にどっと疲弊する。一晩休んでもあまり回復した気がしない。
一方でヘザーは、今日はやたらと活き活きしていた。瞳はきらきらと輝いているし、肌にも艶があって、常に口角が上がっていた。
……こちらが満たされる以上に、何かを吸い取られているような気がするのだが?
「教官。印章お願いします!」
日報を書き終えたヘザーが、紙をヒューイの前に差し出した。
相変わらず彼女の字は、大人の女性にしては汚い。何かに例えるならば、十歳ぐらいの子供が頑張って丁寧に書いた文字、そんな感じだ。美しい文字ではないが、伸び伸びしていて好感が持てる……と、そこまで考えて首を振った。おいおい。毒されてきているぞ、ヒューイ・バークレイよ。
ヒューイが印章を押すと、ヘザーは机の上にあったものを手早く片付け始める。
「じゃ、お疲れ様でした!」
最後に日報を机の引き出しにぞんさいに放り込み、勢いよくそれを閉めた。紙の端が挟まれてグシャアッと音を立てた。
「……!」
「お先に失礼します!」
ヒューイは目を剥いたが、ヘザーは気づきもしなかった。びしっと手をあげて揚々と引き上げていく。
これまでの自分であればすかさず「待ちたまえ!」と怒鳴りつけ、書類の扱いについてくどくどと説教していたに違いない。それを唖然と見送ってしまうとは。
そこで、夕べ口にした言葉を思った。
存在し得ないものだし、自分には一生理解できない感情だと確信していた。今までは。しかし、いったんその言葉を口にしたことで、何より同じ言葉を彼女が返してくれたことで、ヒューイの中でそれは途端に現実味を帯びた。見えないし、触れることは出来ない。でも確かに存在するものなのだと。
「……。」
二度と言わないと宣言したはずだったが、これからヘザーと過ごす年月を思うと、少しだけその決意が揺らいだ。
ヘザーがぐしゃぐしゃにした紙を取り出し、丁寧に皺を伸ばす。
やはり丁寧に、それを引き出しの中に戻した。
これは本格的に毒されてきているかもしれない。ちっとも嘆く気分にならないのは、何故なのだろうと首を傾げつつ。
(番外編:ラブシック・リターンズ! 了)
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