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第2章 Eureka!!
07.それをしてはいけない理由
しおりを挟むリーコック男爵夫人はキャスリーンが気持ちを落ち着けるための小部屋を用意してくれた。
メイドが持ってきた温かいお茶を受け取ったグレンは、それをキャスリーンに差し出す。
「……飲める?」
「あ、ありがとう」
でも彼女の手は震えていて、カップはカチャカチャと音を立てるし、なみなみと注がれたお茶はソーサーの上に零れていく。このままではカップをぶちまけて火傷しかねない。グレンはソーサーごと回収し、近くのテーブルに置いた。
「もうちょっと冷ましてからにした方がいい。火傷するよ」
「あ。え、ええ……」
「キャスリーン。君の髪の毛、葉っぱがついてる」
「えっ」
茂みを突き抜けた時か、派手に地面に転がった時についてしまったのだろう。彼女は慌てて頭に手をやったが、まるで見当はずれな場所を払っている。グレンが手を伸ばして葉っぱを取り払っていると、壁越しに怒鳴り声と泣き叫ぶ声が聞こえた。
「リフィア! お前という子は……!」
「だって、だって……仕方がなかったんですもの。お父様だって、グレン様のような騎士に私を嫁がせたいと言っていたじゃない!」
「だからと言って、他人を陥れるような真似をして良い訳ではないんだ! お前は、お前は……自分が何をやったか分かっているのか?」
「だって、あの子は貴族ではないし両親だっていないじゃない。おまけに先祖はネドシア出身なんでしょう!? 未開人の血が混じっているかもしれないのよ!?」
小部屋を貸してくれたのは有り難いが、男爵夫人は失態を犯した。キャスリーンの部屋と、ブライス父娘を案内した部屋をもう少し離すべきだったということだ。
リフィアは貴族でもなく両親もいない人間──つまり反撃してくる恐れがない人間──には何をしてもいいと思っているようだ。これ以上の言葉をキャスリーンの耳に入れる訳にはいかない。
「キャスリーン。歩けるなら、外に、」
グレンは何か適当な理由をつけて彼女を外に連れ出そうとした。しかし、
「リフィア!!!」
ブライス伯爵の怒鳴り声に続いて「バチン」という音が聞こえた。
一瞬の間を置いて、リフィアの「うわああん」という泣き声も響き渡る。
グレンは呆気にとられたし、キャスリーンも瞬きを繰り返していた。
その少し後で「馬車の準備ができた」とメイドが呼びに来た。リーコック男爵夫人は近くの通りに停まっていた辻馬車を呼び、屋敷の馬車回しまでつけてくれたようだった。
グレンはキャスリーンに外套を着せると、彼女を馬車まで誘導した。
キャスリーンの家に向かう馬車の中では、二人とも無言であった。彼女はしゃべり倒す様な気分ではなかっただろうし、結局男爵邸を捜索することも出来なかった。日記については収穫無しである。グレンもなんと声をかけてよいのか分からなかったのだ。
キャスリーンの家には灯りがともっていなかった。つまりアンドリューはまだ仕事から帰ってきていないということだ。
彼女が鍵を開けて、玄関近くのランプを灯したところを確認してから、グレンは告げる。
「じゃあ、鍵をかけて、弟さんが帰ってくるまでは外に出ないようにして」
そして玄関の扉を閉めようとすると、キャスリーンは「ひぇええ」と掠れた呻き声のようなものを漏らし、扉を掴んでそれが閉まらないようにした。
「か、帰らないで。ひっ、一人にしないでぇえ……」
「え。」
「や、やだ。今、一人になりたくない。グレン様、一緒にいて」
「……キャスリーン。でも」
グレンは意味もなく周囲を見渡し、それから懐中時計を確認した。もうすぐ午後十一時だ。近所の女性に来てもらおうかと考えたのだが、すべての灯りを落として寝静まっている家もある。起きていたとしてもこんな時間に訪ねて頼み事までするのは非常識だし、「病気の母親の薬代を稼いでいるキャシー・バーズリー」で通している彼女が、ドレスを纏ってリーコック男爵家のパーティーに行ってきたというのは、どう考えても変だ。ここに来てくれる女性がいたとしても、事情を説明できない。
「わかった……アンドリューが帰ってくるまではぼくがここにいるよ」
グレンはため息をつきつつ家の中に入った。
しかしケネスに襲われそうになったというのに、ケネスと同じ男である自分がここにいるのは拙いのではないだろうか。弟のアンドリューならばともかくとして。
だからリビングに通されてもキャスリーンとは一定の距離をとることにした。彼女はテーブルに着いたが、グレンは窓際にあったスツールに腰かける。
ランプはテーブルの上の一つだけ。二人の間には会話もない。
なんだか気まずいが、かといってこの場を和ませるような話術をグレンは持たない。居心地悪くなり始めた時、キャスリーンが席を立った。
「な、何か……飲み物を淹れるわね」
ここは彼女の好きにさせたおいた方がいいだろう。キッチンへ向かうキャスリーンをグレンは無言で見送ったが、やっぱり自分もキッチンへ行くことにした。
ガタッ、ガチャン、ガラガラガラ……と、何かをぶつけたり落としたりするような音が聞こえたからだ。
キッチンへ入ると、案の定彼女は茶葉を床にぶちまけていた。
「ごめんなさい! お茶、もうちょっと待って」
キャスリーンは箒とちりとりを持って来て茶葉の始末をしようとしたが、グレンはそれを遮った。
「お茶はいいよ。ぼくが片づける」
「ごめんなさい、手が滑っちゃって」
手が滑ったというよりは、男爵邸でソーサーにお茶を溢した時のように、彼女の身体はずっと震えているのではないだろうか。となると、グレンだけではキャスリーンの心を落ち着けることはできないと思った。
「アンドリューの仕事場って、どの辺? 僕が行って、呼んでくるよ」
「えっ……や、やだ。一人にしないで!」
「キャスリーン。君は今……恐慌状態にあるんだと思う。この家にぼくと二人でいることが良いとも思えない。急いで行って、アンドリューにはすぐ帰るように伝えてくるから」
今の状態は普通ではないと、彼女は自分でも気づいていたのかもしれない。指摘した途端、キャスリーンは床に座り込んでしまう。
「い、いやだったの……! あの人に触られて、気持ち悪くて仕方がなかった!」
どこをどんな風に触られたのだろう。知りたいが、同じくらい知りたくない。それにグレンも彼女に触れるというか、触る以上のことをした。それをキャスリーンが覚えていない訳はない。
「だから、ぼくがここにいるのは良くないよ。ぼくだって、君に触れたことがある」
「グレン様は平気だったんだもの!」
「え?」
「グレン様は気持ち悪くなかったんだもの! でも……どうしてなの?」
「え。ど、どうしてって」
「どうしてグレン様は平気だったのに、ケネスは吐き気がするくらい気持ち悪かったのかしら……」
そう言ってグレンが片づけた後の床をじっと見ながら考え込んでしまったが、彼女は分かっているのだろうか。自分がとんでもない発言をしていることを。
だいたい、初めて会った時から彼女はとんでもない言動ばかりだった。見え見えの知ったかぶりはするし、ドジだし、騒がしい。日記探しに夢中になっていて、リフィアや他の女性のようにグレンに対して媚びを売ることもしてこない。会話は知的とはいえないが、でも他の誰かを貶めるような事は言わない。
そして今、恐ろしく大胆な発言をしていると、彼女の方は気づいていない。本当に人騒がせな女だ。そう考えたら、なんだか腹が立ってきた。
「君は今、自分がどんなに危険なことを言っているか、分かってないだろう」
「危険……?」
「自覚が無いのも性質が悪い! 君の発言は『誘ってる』って言いたいんだ。それ、ここでぼくに押し倒されたって文句は言えないと思うよ」
キャスリーンはしばらくの間、今は何も落ちていない床とグレンの顔を見比べていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。そして言った。
「グレン様、お願いがあるの」
「な、なに?」
グレンは一歩後退した。嫌な予感がしたからだ。
そしてその予感は当たった。
「ケネスと同じことをやってみてほしいの」
これはとんでもない発言である。さっきの発言もとんでもなかったが、さらに上があったとは。
「お、同じことって……」
ケネスはキャスリーンを暗い茂みに連れ込み、胸を触ったようだ……というのがグレンの推測である。
「二人になった時、甘いお酒を飲まされたの。同じようなお酒を、立て続けに二杯。美味しかったけど、強いお酒だったんだと思う。頭がぼんやりして、足元もふらふらしたわ」
「……ぼくは、女性に酒を飲ませて暗がりに連れ込んだりする男じゃない」
「え、ええ。分かってるわ」
でも一緒に暗がりに倒れ込んだ時には何かしてきたじゃない。などと突っ込まれたら立つ瀬がないのだが、幸いにもそれはなかった。
「茂みの中に引っ張られそうになって、逃げようとしたら、後ろから捕まえられたの」
そう言ってキャスリーンはグレンに背中を向けた。
「はい」
「え? はい、って……?」
「捕まえてみて」
「え?」
そんなことをして何になるんだろう。疑問はあったが、キャスリーンの小さな肩がすぐそこにある。キッチンは薄暗くて、溢した茶葉の残り香が漂っていた。普通じゃない状況に、グレンの思考もおかしな方向に染まってきたような気がした。
「……こう?」
グレンはキャスリーンの肩に手を掛けた。びっくりするほど小さな肩だった。でも彼女はもっとグレンをびっくりさせた。
「違うの。ケネスは私の胸を掴んだのよ」
「え?」
「後ろから乱暴に鷲掴みにして、私を逃げられないようにしたの。すごく痛かったんだから!」
あの騒ぎの後ケネス・レーマンはそそくさと会場を去ったようだと男爵夫人から耳にしたが、おそらくはブライス伯爵を通してレーマン家の当主に連絡が行くはずだ。レーマン家の当主が常識を持ち合わせていれば、ケネスにも何らかの罰が下されるだろう。それでもケネスを一発殴っておけばよかったと後悔した。
「グレン様、お願い、早くやって!」
「早くって言われても」
自分は女性を捕えるために、後ろから胸を鷲掴みにするような男ではない。
「分かってる! グレン様はそんな人じゃないって分かってる! でも、ケネスの感触が残ってて気持ちが悪いのよ! これを消し去りたいの!」
今が昼で、ここがもっと明るい場所であったなら、グレンはキャスリーンの説明に納得しなかっただろう。感触が残っているなんて気のせいだし、改めてグレンが触って感触が上書きされたのだとしても、キャスリーンがケネスに触れられたという事実は変わらない、と。
でも今は夜で、ここは薄暗くて、キャスリーンは恐慌状態に陥っていて、それはグレンにも伝染し始めていたのかもしれない。彼女の説明に「ああ、そうか」と、すんなりと納得してしまったのだ。
後方からキャスリーンの身体に腕を回すと、その体躯には相応しくない大きな膨らみに触れた。丸くて、服の上からでも充分なハリがあると確認できる。
でもケネスのように、彼女が痛がるほど指を食い込ませるつもりはない。
その形と丸みを確かめるように、グレンはそっと手のひらを這わせた。
「っ……!」
キャスリーンが小さく息を吸った。グレンが指を動かしてその先端を探り当てた瞬間、キャスリーンはぴくぴくと身体を震わせた。
「あっ……ん、」
硬くなったところをきゅっと摘めば、彼女はよろめいてそのままグレンに背中を預けてくる。彼女と密着したことで、歯止めが利かなくなりそうだった。
「キャスリーン……これ以上は、まずい」
これ以上やったら止められなくなる。分かっているのに、グレンはうわ言のように「まずい、まずいよ」と繰り返しながら、キャスリーンの乳首を擦っていた。
「ひゃ、ひゃあ……あ、それで、ケネスは……私の背中に……押し付けたのよ」
「まずいってば」
そう呟きながら、グレンはキャスリーンの背中に硬くなった部分を押し付けた。
「あっ、ああ」
キャスリーンは逃げるどころか、グレンにますます背中をくっつけた。
「まずいって……」
そうは言ったものの、どうしてまずいのか考えられなくなっていた。何故こんなことになっているのかも思い出せないし、思い出さなくてもよい気がしてきた。
ドレスの胸元から指を差し込んで生地を引き下ろすと、直接キャスリーンの肌に触れた。
直に触れると、すごかった。
キャスリーンの肌は軽く汗ばんでいて、具合よくグレンの手のひらに吸い付いた。手に収まらない大きさだからだろう、力を入れていないのに指が食い込んでいく。グレンの指の隙間を埋めるかのように。
思わず身を乗り出して、上から覗いていた。
乳房を寄せて元からある谷間を深いものにしたり、指を動かすたびに揺れる丸みに見入った。今度は直接乳首を擦ってそれが硬くなる様子を目に焼き付けた。
「はっ、あっ……」
キャスリーンが身を捩ると、グレンの硬くなった部分も刺激され、ますます昂っていく。
「んんっ、グレン様……あっ、」
とうとう立っていられなくなったのか、彼女はさらにグレンに寄りかかった。吐息交じりの可愛らしい声で名を呼ばれ、こうしてただ胸を弄びながら腰を押し付けているだけの状態に我慢が出来なくなった。
「キャスリーン」
「ひゃっ……」
ぐっと彼女の身体を持ち上げると、かまどの近くにある調理台の上に乗せる。ここは昔グレンの母親がパン生地を捏ねたりしていた場所だし、彼女も行儀が悪いと思ったのだろうか、少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「グ、グレン様……?」
「ぼくは何度もまずいって言ったし、君はやめろと言わなかった」
確かに行儀が悪いが、床に押し倒すよりはマシだと思った。乳房をそっと持ち上げてそこに唇をつける。
「あっ……ああ!」
硬くなった先端を何度か舌で転がし、それから強めに吸い上げた。
「あっ、あうう……」
彼女は身体を仰け反らせながらも、グレンの身体に足を巻き付け、頭を抱え込んでくる。吸い上げるたびに、彼女は声をあげてぴくぴくと魚のように跳ねた。
キャスリーンの身体をそのまま調理台に押し倒したが、彼女の腕と足はグレンに絡まったままだった。
「キャスリーン……」
「あっ、ん……んふっ、」
自分の唾液を彼女の胸に先にすり込みながら、身を乗り出して口づけをした。ちょっとだけ力を入れて乳首をつねったり爪で引っ掻いたりすると、グレンの唇の中でキャスリーンが呻く。
前にやったみたいに、キャスリーンの足の間に自分の昂ったものを押し付ける。手のひらで乳房を弄び、時折音を立てて吸い、腰は本当の性行為に近いリズムを刻んだ。
「ああああっ……」
やがてグレンにつかまったまま、か細い悲鳴を漏らしてキャスリーンが身体を強張らせた。彼女は達したのだ。以前も思ったことだが、こんな風に愛撫しただけで達してしまうとは、彼女はなんて敏感なのだろう。直に触れて、もっと乱れたキャスリーンを見たいと思った。
グレンは彼女のドレスの中に手を入れ、靴下留めに触れる。
ふと「本当にやめなくてよいのだろうか」という考えが過った。
そしてここで止めなかったら、もう絶対に止められないということも分かっていた。最後の分岐点だ。
キャスリーンは娼婦ではない。後ろ盾がないとはいえ、まっとうに暮らしている女性である。今純潔を失ったら、彼女の今後の人生は大きく変わってしまうだろう。
しかし自分はそれで良いのだろうか。若い女性を疵物にしておきながら、騎士として曇りない人生を歩めるのだろうか。ヒューイが知ったら、彼はグレンに失望するだろう。ヒューイはもうグレンの英雄ではないが、それでも彼をがっかりさせるのは気が引ける。
結婚しないのならば、この先に進むべきではない。
キャスリーンの靴下留めに手を掛けながらも、グレンは一生懸命考えた。
そもそも、どうして自分は結婚しないと決めていたのだったか……。
「グ、グレン様……?」
石のように固まってしまったグレンを訝しんだのか、キャスリーンがもぞもぞと身体を動かす。
「キャスリーン……」
君はどうしたいんだ? と、答えを委ねるのは狡猾な男のすることだ。まずはこの靴下留めから手を離して、彼女と情交してはいけない理由を挙げていくべきだ。
と、グレンが深呼吸したその時。
「ただいま! 姉さんも帰ってるの?」
玄関のガチャガチャいう音とアンドリューの声が聞こえ、グレンはぱっとキャスリーンから離れたし、彼女も胸元を直しつつ、慌てた様子で調理台から飛び降りた。
「あれっ? グレン様来てたんだ? 今日ってリーコック家のパーティだったんだよね」
「う、うん。キャスリーンをここまで送ったら、お茶を淹れてくれるって言うから」
アンドリューがリビングに入ってくるまでのわずかな間に、グレンは先ほど座っていたスツールに急いで戻っていた。
「あっ。そうか、姉さんを送ってくれたんだ。わざわざすみません」
「い、いや……一緒に参加した以上は、家に送り届けるまでがぼくの役目だし」
「うわ、さすがだなあ。やっぱり騎士様ってカッコいいね」
「……。」
普通のカッコいい騎士様は、妻でも恋人でもない女性の胸をキッチンで揉んだり調理台に押し倒したりしない筈である。
グレンが押し黙っていると、キャスリーンがキッチンから顔を出した。
「あら、アンドリュー! 帰ってきたのね! ええと、その、送ってくださったお礼に、グレン様にお茶をお出ししようとしていたのよ!」
「え? う、うん」
「でも、茶葉を溢したりして、手間取っちゃってて!」
「姉さん、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ」
キャスリーンは動揺を隠したいのだろうが、セリフが棒読みの上に大声を出すものだから、かえって怪しい。アンドリューが何かに気付きやしないかと、グレンは冷や汗をかいた。
「アンドリュー! お茶、あんたも飲むでしょう!?」
「え? うん、じゃあ……」
「でも、茶葉を溢しちゃったから、もうちょっと待って!」
「それはさっき聞いたよ」
「私ったら、ドジよね! 嫌になっちゃうわ!」
「姉さんがドジなのはもう知ってるし」
「あら? そ、そうだったかしら。オ、オホ、オホホホ!」
「……姉さん、どうしちゃったの?」
これでは「たった今、何かありました」と言っているようなものではないか。キャスリーンの振る舞いはグレンの心臓に悪すぎる。
「アンドリュー。その、日記の話なんだけどさ」
リーコック邸での収穫はなかった。リフィアとケネスの邪魔が入らなければ、何かの情報を得ることが出来たであろうが、無理だった。気の進まない報告ではあるが、訝しんでいるアンドリューの目を逸らすためにも、グレンは日記のことを持ち出した。
すると、グレンが話し終える前に彼はぱっと身を乗り出す。
「あっ、日記! そのことなんだけどさ! 明日にでも、マグリール古物商をあたってみたいんだ!」
「……マグリール古物商?」
「あれっ。それともリーコック男爵の家にあった?」
「いや、ちょっと……探索するチャンスに恵まれなかった」
「そっか。俺の方も『もしかしたら、あるかもしれない』っていうだけの情報なんだけどさ」
それは、アンドリューの勤め先にやって来た客からの情報らしかった。
「一年くらい前に亡くなったリネカーさんって人が、古い日記をたくさん集めていたらしいんだ。で、亡くなって一年経ったからなのかな……遺族が、リネカーさんのコレクションをまとめて売り払ったんだって。マグリール古物商の店先に売ったものが溢れかえって、店主は人を雇って整理してたんだってさ。今日の昼過ぎの話だよ!」
「なるほど……」
これまで、遺品として眠っていた可能性もあったわけだ。もともとの日記がメイトランド家で遺品として眠っていたのだから、そこにあったとしても不思議な話ではない。
「アンドリュー、今の話、本当?」
今の話はキャスリーンにも聞こえていたらしい。彼女は三人分のカップが乗ったトレイを持ってこちらへやって来る。
「マグリール古物商ね? たしか、西の大通りから細い道に入った……」
「そうそう。そこだよ。俺、明日休みだから一緒に行こうよ」
「ええ、もちろんだわ! 見つかるといいわねえ!」
先ほどの動揺した様子はすっかり消えてなくなっていた。彼女はもう宝探しに夢中になっている。
「……。」
グレンは複雑な思いに駆られ、俯いた。
さっきはグレンの腕の中で、あんなに夢中で喘いでいたくせに。
彼女はいとも簡単に別の世界へ行ってしまうのだ。
でも、どうしてそれを忌々しく思わなくてはならないのだろう。
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