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第2章 Viva! Stupid People
05.涙の再会劇
しおりを挟むロイドは早起きして、庭木の剪定を行っていた。
というのも、本格的にチェリー様を探すためである。
「くそう。どこにいった……」
庭木がぼうぼうに伸びきった状態では捜索も満足に行えない。
まずは適度に刈って、捜索範囲をさっぱりさせる必要があると思ったのだ。
だが童貞の神様を探しているなどと他人には言える訳もない。
「ちょっとロイドさん! まんべんなく刈ってくださいよ!」
「あ、はい!」
チェリー様が落ちたと思われる場所を集中的に刈りこんでいたから、通りかかったベティにそう注意されてしまった。
仕方がないので剪定の範囲を広げていく。
植木ばさみや熊手を用意するときにシドに手伝ってもらったわけだが、彼の話ではシラカ城には庭師のような存在はおらず、領民たちが交代でこの仕事を請け負っていたらしい。
報酬はその日の食事と、卵や酒といった品物だ。
王都では考えられないことだし、従兄のヒューイや弟のグレンはこんな話を聞いたら実際に顔を顰めるかもしれない。彼らは都会志向なのである。
だがロイドはこういうのも悪くはないと思う。
建物や生活様式は数世紀前のままで、静かにシンプルに暮らすことも。
刈り込んだ葉を一か所に集め、大きめの枝は紐で縛る。なかなかの大仕事になってきたが、これもチェリー様を見つけるためである……。
ロイドはいろいろ考えてみた。
キドニスの街の薬種屋で買い物することはできない。周りの人間に相談することもできない。
勃起できなくなったなんて情けないし、自分だけが恥ずかしいならまだしも、それをデボラと関連付けられては彼女にも迷惑がかかる。
そこで一人になった隙に一生懸命エッチなことを考えてみた。
ロイドの人生で一番エッチだった出来事と言えば、もちろん結婚式の日の夜であった。
しかし、あの日触れたデボラの身体の柔らかさを思い出そうとすると、先走ったことやキスを失敗したことまで一緒に思い出してしまうのだ。
さらに、あそこを掴んで無理やり擦りあげてみた。
物理的な刺激を与えれば或いは……そう思ったのだが、残念ながら応答はなかった。
自分はデボラのことをほとんど何も知らずに結婚した。
彼女は妖精みたいに綺麗で可愛くて……ロイドはデボラの姿を目にすると浮ついてしまう。
それが良くないのではないか。もっとデボラに慣れる必要があるのではないか。
彼女を知るために、寝る前にでも話をしてみるのはどうだろう。昔はどんなことをして遊んだのか、どんな歌や本が好きか……お互いのそういうことを話して、笑い合ったり、意見を言い合ったりしてみるのもいいかもしれない。
昨夜はそう持ち掛けようとすると、彼女は「おやすみ」を言ってロイドに背中を向けてしまった。
デボラにここまで素っ気無くされたのは初めてで、ロイドの心はぽっきりと折れた。
自分が勃起できないと、どこかでばれたのではないか。
女慣れした男だと見栄を張ったくせに、実は童貞だったとばれたのではないか。
──童貞ですって? 気持ち悪い! 触らないでくださる?
昨夜背を向けられたのは、そういう意味の拒絶だったのだろうか。
──シラカの役に立ちたいなんて殊勝なことを言っていたけれど、肝心の逸物がそれでは役立たずも同然だわ!
「あ、あわわわわ……」
そこまで想像して嫌な汗をかいたが、いや、デボラは優しい女性だと首を振る。
すると今度は素っ裸のロイドの股間に向かって、手拍子を打つデボラの姿が頭の中に浮かんだ。
──ロイド様、勃起不全なんですってね……? 大丈夫です、一緒に治しましょうね。ほら、あんよがじょうず! あんよがじょうず!
「う、うわぁあああ……」
ロイドは頭を抱えて身体をよじりまくった後、植木ばさみを拾い上げて作業の続きに取り掛かった。
頭に浮かんだ残酷な妄想を打ち払うように、ザクザクと小枝を落としていく。
「やあロイドくん! 精がでますねえ」
そんな時、庭をブラッドベリ司祭が通りかかった。
でも精子はでないよ……と心の中で自虐しつつ、司祭にぺこりと会釈する。
彼は親指で礼拝堂の方を示した。
「休憩しませんか? どうです、一緒に酒でも」
「あ、いや……酒はちょっと」
「ああ、そうでしたね。じゃ、お茶でもどうです」
礼拝堂に漂う香の匂い──ここの礼拝堂は若干たばこの香りも混じっているが──を嗅ぐと、なんとなく落ち着いた気分になる。
さらにシドが持ってきたハーブのお茶を啜って、ロイドはため息をついた。
中央には建国神セイクリッドの像、古いがよく磨いて手入れされているステンドグラス、壁には「フェルビア創世神話」を描いた宗教画。
創世神話の絵画は、魔物と神々の戦いに始まり、荒れ果てた大地を嘆き悲しむ地上の人間、そして剣を地面に突き立てるセイクリッドと蘇る大地……物語の順に描かれている。
小さな礼拝堂だが、ちょっとした歴史的価値がありそうだ。
周囲に漂う香りを嗅いで、荘厳な絵画を眺めていると、勃起不全などという自分の悩みはちっぽけなものに思えてくるから不思議だ。
「結構いい場所でしょう?」
「はい。落ち着くような、でも身が引き締まるような……」
「そうなんだよねえ~。私もこんな田舎に赴任することになった時はどうしようかと思ったんだけどねえ。ほら、遊ぶ場所もないし、酒やたばこも手に入りにくいでしょう?」
「は、はあ……」
またまた聖職者とは思えぬ話が始まった。
「でも暮らしてみたら、意外と田舎も自分に向いていることに気が付きました。何事も経験、とはよく言ったものです」
「ああ……それは自分も思います」
この国は──ある程度国土の広い国は大抵そうだろう──都市と地方の落差が激しい。
王都と、いくつか存在する国王直轄の街は人も多く、建物も古いものと新しいものが混在していて非常に賑やかである。
地方の町や村でも、大きな街道沿いの場所であればそれなりに活気があるが、このシラカのように僻地に存在する村は、未だに物々交換方式がまかり通っていたりもする。
これまでロイドは、領主とは土地の管理に専念するものだと思い込んでいたが、デボラは日々の雑事に追われていて、領民たちとそれほど変わらぬ暮らしをしていた。
「ロイドくんは、ずっと王都で暮らしていたんですか?」
「いえ、十一歳までルルザにいて、それから王都で暮らしてました」
「ルルザですか。実は私、シラカに赴任する前はルルザにいたんですよ」
ブラッドベリ司祭は王都で生まれ育ち、神学校を卒業した後はルルザ大聖堂に仕えていたらしい。
しかも司祭とロイド、ルルザにいた時期が何年か被っているようだ。
「じゃ、私たち、どこかですれ違っていたかもしれませんねえ。ロイドくんはどのあたりに住んでいたんですか? ええと、地図、地図……と、」
司祭は机の上をごそごそやって、フェルビア中央部の地図を探そうとしていた。
その時、とても懐かしい物体が目に入ったような気がした。
「ああっ! 司祭殿……ちょっと、それ……!」
「ん? これですか?」
ブラッドベリ司祭は件の物体をつまんで持ち上げて見せる。
「これ、庭で拾ったんですけどね、ウンコに似てて面白い石でしょう? 文鎮代わりに使ってるんですよ」
それは、どう見ても童貞神チェリー様であった。
「チェ、チェリー様!!!」
どうしてこんなところに! だがようやくまみえることが出来た! と、ロイドは思わず両膝をつき、崇めるように胸の前で指を組んだ。
「え? ひょっとしてこれ、ロイドくんのものだった?」
ロイドがキドニスに行った日、司祭は庭で落ち葉を集めていた。タバコの葉が無いので、乾いた落ち葉を砕いたものをパイプに詰めて吸おうとしたらしい。
その時にチェリー様を見つけ、拾ったのだという。
しかも、文鎮代わりにするとはなんと罰当たりな……!
「ま、ロイドくんのものだったのなら、お返ししますけどねえ……」
司祭はチェリー様の先っぽをつまんでプラプラと振ってから、それをロイドの手のひらに乗せようとした。
しかしロイドが受け取ろうとした瞬間、さっと取り上げる。
「あっ……」
なぜこんな意地悪を。そう訴えるように司祭を見上げると、彼はロイドとチェリー様を見比べていた。
最後に微笑みながら──だが目は笑っていなかった──ロイドに訊ねる。
「ところでチェリー様って、どういうこと?」
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