愚者のオラトリオ

Canaan

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番外編

男前な恋人 4

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 ステラが自分とプライベートな時間を過ごすために宿をとってくれたのはすごく嬉しい。なにより、皆の前で「ベネディクト」と呼んでくれたことがいちばん嬉しかった。

 ステラのとった部屋は三階のスイートルームだった。
 この宿は王都で一番の高級宿で、ベネディクトは泊まったことこそないが、出入りしたことはある。異国や遠くの地方から視察団がやって来た際には、この宿を案内することが多いからだ。
 それでもスイートルームに入るのは初めてだった。
 部屋に入るとまずはリビングスペース、ベッドルームはもちろん、応接室まである。それに、書き物をするための書斎と思しき小さな部屋もあった。
「すげえな。ここに連泊すんの?」
「部屋はいくつかあった方がいい。ゆっくり過ごしたいからな。貴様も座れ」
 彼女は宿の使用人を呼んで、飲み物を注文する。
 そして運ばれてきたお茶を飲みながら、これからの計画を立てた。

「私のほうは、家族の反対はなかった。醜聞のことで、気後れはしているようだが……貴様はもう話したのか?」
「ああ。俺も……問題はない」
 長兄の顔が思い浮かんで、ほんの一瞬だけ言葉を切ってしまった。
「それは本当か」
「ああ……」
「ベネディクト。正直に言え」
 いまのベネディクトの態度を怪しいと感じたらしい。ステラはしつこく訊ねてくる。ごまかすことも考えたが、長兄の性質については、彼女に話しておいた方がいいかもしれない。
「いや、最初は兄貴に反対されたんだけどさ……あんた、金のほかにも農園持ってるだろ」
「ああ。もとはピケット公爵家のものだったが、経営は上手くやっていると自分では思う」
「あんたに莫大な資産があると知って、兄貴は手のひらを返した。大歓迎だってさ」
「貴様の兄貴は現金な男だな」
 ステラは特に傷ついた風でもなく、怒りを見せるわけでもなかったが、ベネディクトは肩身が狭くなる。
「わ、悪い! あんたとはなるべく関わらせないようにするからよ」
「いや、かまわん。笑顔の裏で奸計を巡らせるような人間よりは、貴様の兄貴みたいなほうが好感が持てる。ある意味、潔いではないか」
「え……ええー……」
 あの守銭奴が潔い……? 好感が持てる……? と首をかしげたくなったが、ステラは構わないようなのでよしとしておいた。
 互いの家への挨拶を済ませたあとは、婚約を公にし、二人で社交行事に参加していかなくてはならない。
「俺、ダイアー家で来週開かれる夜会の招待状もらってる。準備が間に合えば、これに一緒に参加するか?」
「ダイアー家……とは、何をやっている家だ?」
「俺の先輩の親戚。これまで何回か呼ばれてるけど、あんたを連れてっても構わない雰囲気だと思う……それから、招待状の要らない、昼間の気軽な行事にも一回くらいは顔出しときたいよなあ……なんか良さげなイベント探しとくわ」
 こんな感じで段階を踏んでいけばいいはずだが、あとでヒューイにも詳しく聞いてみようと思う。ヒューイはきっと教科書みたいな婚約時代を歩んだはずだ。彼の歴史をちょっとゆるいくらいに真似ていけば、ちょうどいいのではないだろうか。
 あとは、ステラが人の名前を間違えないようにフォローして、それから酒を飲んでしまわないように目を光らせておかなくては。
 ベネディクトはそこで、さっきのステラを思い出して笑ってしまった。氷が彼女の口を直撃していたときのことだ。

 そして、ステラもこちらを見ていることに気がついた。
「貴様……泊まっていくなら、上着を脱いでくつろいだらどうなんだ」
「え? あ、ああ」
 もちろんステラと朝まで過ごす気満々だ。
 ステラが手を差し出したので、上着を脱いで渡すと、彼女はそれをハンガーに吊るしに行った。こんな風に世話を焼いてもらったことはびっくりである。
「このくらいはできる。自分の世話を焼く延長だろうが」
「そういや、そうだな。俺も、上着を吊るすくらいはできるな」
 ベネディクトは立ち上がり、ステラに近づいていった。彼女は吊るした上着に皺ができないよう形を整えていたが、急に視界が陰ったせいか振り返った。
「おい、ベネディクト……?」
「あんたの上着は俺が脱がせてやるよ」
 そう言って、ステラを壁際に押し付けて口づける。上着を脱がせただけで済ませるつもりは毛頭なかった。



「あんたの農園って、なに作ってんの」
 口づけを交わしながら、会話も交わす。
「ん……主に、柑橘類だな」
「じゃ、果樹園なんだ」
 そういえば、ベネディクトはステラにオレンジをあげたことがある。もともとはヒューイが持ってきたものであるが。
「あんたのとこのオレンジも、食ってみたいな」
「貴様に貰ったものほど甘くはないぞ。あまり……味には拘っていないんだ」
「へえ、意外だな……」
 ステラの首筋に口づけながら続ける。
 彼女ならば、徹底的に上質な果物を作って、同業他社を蹴落としてでも市場に売り込みそうなものではないか。
「だが、その代わり……」
「うん?」
「その代わり『ドナフェア農園』のオレンジやレモンは、摘んだあとも長く瑞々しさを保っている……もちろん、保存状態にもよるが」
 改良の余地はまだまだあるが、ステラの農園で作った果物は適切に保存していれば、カビが生えたり萎びたりし難いらしい。
「味は良くないが日持ちするってことか? 遠くに出荷してんの?」
「遠くといえば……そうだな。長期航海に出る騎士団や船乗りたちに売りつけている」
 ここでベネディクトは噴き出した。味にこだわらないなんてステラらしくないとさっきは思ったが、シンプルで合理的で、すごくステラらしいではないか。
 そしてベネディクトは上質な果物の皮を剥くようにして、ステラの上着を脱がせ、シャツのボタンを外していく。ふるりとまろび出た柔らかな膨らみに、やっぱり果物に吸い付くようにして唇をつけた。
「あっ」
 揉みしだき、乳首を立たせ、そこに口づける。
「ああ、」
 さらに舐めあげると、彼女の身体がびくりと震えた。ベネディクトは、硬くなった場所ごと自分の身体を彼女に押し付け、追いつめる。
「俺、あんたとのこと、公にできるのがすげえ嬉しい……」
 そこでぎゅうっと抱きしめて、またキスをした。
「……ダリアが」
「うん? あの事務のおねえちゃんのこと?」
「ああ。ダリアは気づいていた」
 唇をはなすと、ステラが吐息と一緒に言葉を紡ぐ。
 ダリアは、海賊騒ぎのあたりからベネディクトとステラのことに気づいていたらしい。もちろんステラから白状したわけではない。でも、なんとなく納得がいく。ああいうタイプの女性は、女の勘というやつが鋭いような気がするからだ。
「そして、ダリアは、私が貴様のような相手を得たことが嬉しいと言っていた……」
「……俺は、あんたのことをそういう風に思ってくれる人間がいて嬉しい」
「ベネディクト……」
 ステラは一人でも生きていける女だ。彼女を知る多くの人がそう考えているだろう。だからこそ、ステラを案じてくれる存在は貴重だと思う。
 そしてアリスター・ピケットも似たようなことを言っていた。すかした男よりも、ベネディクトぐらい鬱陶しい男のほうがステラに似合っていると。あれはアリスターなりにステラを気にかけていたから出た言葉だと思う。
 でも、これは彼女には教えてやらない。伝えたところでステラが喜ぶとは思わないし、喜ばれてしまったらベネディクトが困る。
 ……それに、どうして今、あいつのことを考えなきゃならないんだ?
「代理……じゃなくて、ステラ」
「あ……」
 ステラを壁に押し付けたままその肌を吸い、指では微かな動きで腰をなぞると、彼女は小さく呻いて、健康的に引き締まった身体が艶めかしく揺れた。
 ベルトを解いて中へ手を忍ばせると、そこはすでにぬかるんでいる。
「うわ、すげえ濡れてんな」
「んんっ」
 熱くてきついのに、ベネディクトの指は容易に彼女の中へ飲み込まれていく。それを往復させると淫らな音がして、ステラが首にしがみ付いてきた。
「あっ、は、はやくしろ……」
「え? もういいの?」
 いちおう訊ねてみたが、彼女の準備はじゅうぶんに整っているように窺えた。
 ステラの膝に引っかかっていたズボンから完全に足を引き抜かせ、ベネディクトも自分のベルトを外していく。
「じゃ、ここでしてみようぜ」
「このまま……できるのか?」
「ああ。あんたが協力してくれればな」
 そう言ってステラの片足を持ち上げると、彼女はすぐにやり方を理解したようだ。その入り口に硬く昂ったものをあてがうと、ステラの腕がベネディクトの首に巻き付いた。
 彼女を壁に押しつけるようにして、ひと息に根元までを突き入れる。
「あ、ああ」
「やべ、気持ちいい……」
 この瞬間を待ち焦がれていた。まだろくに動いてもいないのに、もう息があがりそうだった。
「ステラ。キスしようぜ、キス」
「ん……」
 腰を押しつけながら、彼女の口の中を思い切り舌で犯した。
 提案してみたはいいが、動きづらい体勢にだんだん我慢ができなくなってくる。ベネディクトはステラのもう片方の足も持ち上げ、彼女を壁にはりつけるようにして穿った。
「あっ、貴様、なにを……」
「落としたりしねえから、安心しな」
「な、お、おろせ……!」
「おっと。暴れると危ねえって」
「んっ、ああっ……」

 ステラに惚れてからの自分は、女々しさの塊だという自覚はあった。でも、こうしているとやっぱり自分は男で、ステラは女なのだと実感する。
 最後は繋がったまま彼女をソファに運んで、そこで一戦目を終えた。ステラとのセックスは「戦」と呼ぶに値すると、ベネディクトは思っている。
 おそらく朝にかけて、二戦目も行われるだろう。ひょっとしたら三戦目も。
 次は彼女が上に乗ってくるだろうから、どこかで身体を入れ替えてやりたい。組み敷かれた彼女が文句を言う隙もないくらい、喘がせてやりたい。
 次の戦で優位に立つイメージを思い浮かべながら、ソファに凭れて水を口に運び、喉の渇きを癒す。
 その時、ベネディクトの隣で息を整えていたステラがもそもそと動き出した。
「ん……」
「あんたも水、飲むか?」
 ベネディクトはもう一つのグラスに水を注ぎ、彼女に渡してやる。
 ステラはグラスを傾けて喉を鳴らした。
「ああいうやり方も、あるんだな」
「そうだな。まあ、基本的にはどこでだってできる……あんたまだへばってないよな? 次はベッドでゆっくりやろうぜ」
「貴様、寝不足ではないのか」
「目の前にあんたがいるのに、眠くなるわけないだろ」
 彼女の言うとおり、今朝ベネディクトは四時に起きて港へ向かった。そして一日の業務をこなし、送別会に参加して酒も飲んだ。本来ならば一刻も早く身体を休めたいと思うであろうが、目の前にステラがいるとなると話は別だ。
 さらにステラとの関係を公にできるし、彼女はこれから休みに入る。学生の頃の夏期休暇直前の気分みたいに、ベネディクトはわくわくしていた。
「しかし、家族の反対がなくてよかったよな」
 ステラの肩を抱き寄せて、かたちの良い額にちゅっと口づける。その次に、彼女の目元のほくろにも。
 実のところ、兄が渋ったときにはどうしようかと思った。グレゴリーに対して理詰めで対抗するのは難しそうだし、「ステラと結婚できなければ、もう一生誰とも結婚しない!」と喚いて床に寝っ転がって子供のようにじたばた暴れてみるとか、そのくらいしか自分には思いつかない。
 すると、ステラがフッと笑った。
「貴様、そんなことまで考えていたのか?」
「え? いや、だってよ……」
「ベネディクト。恥も外聞も捨てて私と一緒になる気があったのか」
「そりゃ、あるさ」
 ステラと一緒になれないのなら、自分はこの先死んだように生きるしかないと思う。祝福してもらえないのは悲しいが、「家」と「ステラ」だったら、ベネディクトは迷わず「ステラ」を選ぶだろう。
 そう告げると、ステラはまたフッと笑った。
「ならば、ベネディクト。私は貴様を攫っていただろうな」
「え……」
「貴様が覚悟をみせるなら、相応の覚悟を返さねばな。貴様一人ぐらい食わせていくことはできるが、それでは気が重かろう。私の『ドナフェア農園』で働いてもいいし、甲板の清掃員として航海に連れて行ってやってもいい。ベネディクト……もしも家族に反対されていたら、私は貴様を攫ってでも一緒になっていた」

「え……ええー……」
 ステラにそう宣言され、ベネディクトは乙女のように口元に手を当てて、わなわな震えた。
 自分は男でステラは女。
 それは、独りよがりのおこがましい考えだったということにも気づかされたのである。
 ベネディクトのやることは一つだった。
 ソファからおりて床に跪き、
「抱いて!!」
 とステラの足に縋ることだけだった。

 足の甲にぶちゅぶちゅと口づけられたステラは立ち上がり、親指でクイッと向こうの部屋を指し示す。
「……ベッドルームへ来い」
「了解!」
 ベネディクトは敬礼しつつ、ステラの後を追ったのだった。



(番外編:男前な恋人 了)


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