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番外編
毎日あんたで抜いてやる 2
しおりを挟む──これから、毎日あんたで抜いてやるからな!
──あんたをオカズに、毎日抜いてやるって言ってんだよ!
ステラは朝からベネディクトが放った捨てゼリフのことを考えていた。
ステラには、彼の言う「抜く」と「オカズ」の意味がよくわからなかった。
何を「抜く」というのだ。
それに他人を惣菜扱いするとは、いったいどういうことなのだ。
下品な内容であるのはなんとなくわかる。これまで、こういった質問をぶつけるのはベネディクトがちょうど良かったのだが、今回はベネディクト本人から言われたセリフだった。
改めて訊ねるにしても、「上官と部下」である期間内は私事での接触を避けたい。
「もしかして……」
敢えて謎めいたセリフを残すことで、ステラがその意味を聞きにくるだろうと踏んでのことだろうか。
だとしたら、わざわざ確かめに行くのは癪というものだ。
「……。」
実は、昨夜のあの瞬間、ステラは彼が別れを口にするのではないかと思っていた。
ベネディクト・ラスキンがド阿呆だということはじゅうぶんに承知の上だが、それでも彼は少々浮かれすぎだ。ちょっとでも接触を許したら、絶対に周囲に悟られるとステラは警戒した。
叔父が戻ってくるまであと二、三週間。ステラがもとの任務に戻れば、フェルビアを離れるのも二、三週間。それくらいの期間が我慢できないようであれば、どちらにしろベネディクトとはやっていけないとステラも思う。
思うが……「やっぱり、あんたとは無理だ」彼の口からそんな言葉がでてくるところを想像したら、急に怖くなったのだ。
しかし、ベネディクトが口にしたセリフは、ステラの予想とはまったく違うものであった。
ステラは手元の教材に目を落とした。
これは、新人騎士たちが使うものだ。今のところ、目を通さなくてはいけない書類は渡されていないし、今日はやることが無いのだ。
やることがないから、新人用の教材をいたずらに捲りながら、職務中にこんなことを考えてしまう。
どこかのクラスの見学にでも行ってみようか……そう考えながら顔をあげると、ベネディクトと目が合った。
ステラは無視して別のどこかへ視線を移そうとしたが、それができなかった。
彼が、やたらと官能的な笑みを浮かべたからである。まるで、ステラの足の間に顔を埋めようとした時みたいに、どこか嗜虐的でもあった。
ステラがぎくりとすると、ベネディクトは自分の机の上に視線を落とす。……いや、彼が見ているのは机の上ではない。彼は机の下──ステラからは死角になる場所──で、なにかごそごそとやっているのだ。
片方の手で何かを持ち、もう片方の手を上下に動かしている。そんな風に見えた。
「……?」
何をしているのだろう。ステラがベネディクトの動きに釘付けになっていると、彼はもう一度顔をあげ、勝ち誇ったようないやらしい笑みを浮かべる。そしてまた手を上下させる作業に戻った。ゆっくりとストロークさせたかと思うと、次は小刻みに動かしている。
「……!!」
ここでようやく「あんたをオカズに抜く」という意味を悟ったステラである。
あれは、ステラを題材にして自慰をするということだったのだ。
しかし……まさか、ここでやるとは思わなかった。
「な。ま、まさか……」
ステラは慌てて周辺を見渡した。幸いにも、ベネディクトの怪しげな動きに気づいている者はほかにはいない。
だがベネディクトは何を考えているのだろう。冷たくされてへそを曲げているのか、ステラの気を引きたいだけなのかはわからないが、職務中に自慰をするなんて、誰かに見られでもしたら、騎士生命だけでなく人として終わりではないか。
「お、おい。ラスキン……貴様、いったい何を……」
ステラは立ち上がり、ベネディクトの机に近づくと、恐る恐る彼の手に握られたものを確認した。
そこには、ペン軸があった。
ベネディクトは、ペン軸を布で磨いていたのである。
呆れるべきなのだろうが、職場で自慰をしているのではなかったことにステラは安心してしまった。
「な、なんだ……」
ほっと息を吐き出すと、ベネディクトがにやつきながらステラを見上げる。
「なんっすか? 俺は、筆記具の手入れしてただけですけど」
「……なんでもない」
彼はステラをからかっていたらしい。「貴様!」と怒鳴って彼の首を締めあげたい衝動に駆られたが、ステラは深呼吸してから踵を返した。
しかし背後から、
「いったい何だと思ったんっすかねえ~」
などと煽られたので、結局振り向いて怒鳴ってしまった。
「貴様、ふざけるなよ!」
「おっと」
ベネディクトの上着の襟を掴んで彼を立たせると、周囲がざわついた。
「おいおい。またあいつ何かやらかしたのか……?」
「けど、代理の手が出そうだぜ。さすがに止めたほうがいいんじゃないか……?」
そんな言葉も聞こえてくる。
しかも部屋が騒がしくなったのをいいことに、ベネディクトはステラにだけ聞こえるようにボソッと呟いた。
「あんたがこんなに近くにきたら、マジで勃っちまいそうなんだけど。ブチ切れてるあんたって、けっこうエロいんだよな……」
「クソッ……変態め!!」
ステラはベネディクトの襟からバッと手を放し、一歩後退した。
「え? いま、あいつ何かした?」
「わからん。何か呟いたみたいだけど……」
ステラが急に距離をとったので、今度はそんな疑問の声があがる。
傍から見たら、今の自分はベネディクトに強烈な反撃をくらったみたい──実際、そのとおりなのかもしれないが──ではないか。
「貴様ら、何をじろじろ見ているんだ!? 仕事に戻れ!!」
ステラはこちらに注目している教官たちを睨み、そう吐き捨てて自分の席へ戻った。もう、屈辱感でいっぱいである。
その鬱憤は、海賊たちへの尋問で晴らすに限る。
新人教育課が休みになる前日、ステラは港にある海軍の施設へと戻った。
いつものようにジェイソンがステラを出迎える。
「団長、お疲れ様です」
「サンダンスの野郎はどうなってる」
「は。現在、地下で取り調べを行っておりますが……奴の手首のことでしたら、定期的に軍医に診てもらっています」
サンダンスとは、人質騒ぎがあった時、ステラに手首を折られた海賊だ。アリスターを捕らえて人質交換を申し出た海賊の頭目らしかった。
「で? 『死の舞踏』を構成する海賊たちについては、何か吐いたのか?」
「いえ……それについては、何も」
「チッ……」
海賊たちは意外と口が堅い。サンダンスが率いるメンバー全員を捕らえ、船まで没収したはずだ。失うものが何も無ければ、簡単に「死の舞踏」について口を割ると踏んでいたのだが。
「サンダンスの配下の者は全員捕らえたと思っていたが……そうではなかったのだろうか」
「それは私も考えました。実務をサンダンスが請け負っていただけで、ブレーンの役割をする者はほかにいるのかもしれません」
「ふむ。では『死の舞踏』についてではなく、『サンダンス海賊団』に絞って尋問してみるか」
「は。それがいいかと思われます」
ジェイソンとそんな計画を立てながら、地下へと向かう。
取調室の扉を開けると、そこにはステラの部下と、両手を縛められた状態で椅子に腰かけたサンダンスがいた。片方の手はステラが折っているから、固定器具と一緒に縛られている。
サンダンスはステラの姿を見ると、いやらしくて嫌味ったらしい表情になった。
「おうおう、なんだ、女団長さんのおでましかよ」
彼は手首を顎で示しながら続ける。
「あんたが俺の利き手をこうしてくれたせいでマスもかけねえ。代わりに、俺の逸物はあんたがしごいてやってくれるんだよなあ!?」
「……。」
ステラは、サンダンスを見つめた。
これまでならば、彼らの言っている意味がよくわからず、また、見当がついてもどう振る舞えばよいかがわからなかった。
しかし、今ならばそれがわかる……気がする。「マスをかく」とは自慰のことだろう。なぜ、自慰に関しての表現がこれほどバリエーション豊かなのかまではわからないが。
「……いいだろう」
「えっ」
ステラがそう答えると、「えっ」と反応したのはジェイソンであった。サンダンスは期待に満ちた表情でステラを見上げている。
「おおっ。そうこなくっちゃな! あんたは舎弟どものちんぽもしごいてやってんだろう? 俺にも、やってみせてくれよ……うをっ!?」
期待に応えるべく、ステラはサンダンスの椅子を蹴飛ばした。彼は床に尻もちをつく。
「だが貴様は喋り過ぎだ……少し黙ってろ」
ステラはサンダンスに近寄り、その股間を足で踏んだ。
「貴様の言うとおり、部下たちの相手で忙しくてな。少々疲れている。今はこれで我慢しな」
「おっ、おぉおお……!?」
そう言って、サンダンスの股間を踏む力に強弱をつけた。
別に部下たちの相手などしたことはないが、こんな風に肯定しても、誰も本気にはしないだろう。今のステラにはそれがわかるようになっていた。
ズボン越しにブーツで踏みつけ、つま先で突き、ときおりごしごしと擦る。すると、サンダンスの股間は硬く張りつめてきた。
「ほう……貴様、足でしごかれて興奮できるのか。なかなかの変態ではないか……?」
だが、硬くなったところを踏みつけながらも、違和感を覚えた。
小さい。
ステラが知っているサイズよりも、やたらと小さいのである。
「うん……?」
ステラは訝しみつつ、サンダンスの股間を観察し、つま先で形を確かめるようになぞってみる。サンダンスが勃起していることは確かなようだ。では、これがこの男の最大のサイズなのだろうか。
「う、ぉあああ……」
「おい。貴様!」
ステラは、うっとりとしているサンダンスに詰め寄った。
「貴様のこれは……勃起している状態なのか!?」
「お、おおう」
そのうめき声は、肯定のように聞こえた。
「これで勃起しているだと!? 親指ほどしかないではないか!! これで、どうやって女と性交するのだ!?」
ステラは、純粋な疑問を口にしただけのつもりであった。
ステラが初めて間近で見た勃起状態のそれは、ベネディクトのものであった。いざ繋がる時は、「こんなものが本当に入るのか?」と慄きはしたものの「同じ場所から出てくるという、赤ん坊よりは小さいはずだ」と自分に言い聞かせたものだ。
しかし、サンダンスのものはそれとは比べ物にならないほど小さかった。
人によってサイズは異なるらしいという知識はあったが、ここまで違うとは思っていなかったのだ。
「こ、これでは……入っているかどうかもわからないではないか!!」
「ぅぇえ……そ、そんな……」
途端に、サンダンスのうめき声は悲痛なものに変わり、股間はどんどん硬さを失っていく。しまいにはブーツ越しではあるのかないのかすらわからない状態になり、サンダンス自身もまた、生きているのかどうかよくわからない状態になった。
尋問もままならなくなったのでサンダンスを牢へ戻し、ステラたちも執務室へと戻る。
その際、ジェイソンが言った。
「ハサウェイ団長って、下ネタはお嫌いなのかと思っていました。いつも、相手にしておられないようなので」
「うん? あ、ああ」
ステラは曖昧な返事をしたが、後ろについて来ている他の部下たちも、興奮した様子で頷いている。
「同じ男としてはちょっと気の毒だったけどな。あいつ、たぶんもう勃たないんじゃないか?」
「たしかに、最後のアレは強烈でしたね~! 最初はドSっぽく振る舞ってたのに、いきなり素に戻って辛辣な疑問をぶつけるところ! 俺、団長の演技に感動しましたよ!」
「う、うむ……?」
演技ではなく、本当に疑問に思っただけなのだが、
「団長って下ネタも大丈夫だったんですね!」
「ああいうこともできるなら、団長ってもう最強じゃないですか!? 今回は尋問できなくなっちゃいましたけど……でも、長期的に見れば、さっきの作戦は海賊に多大なダメージを与えられますよ! 出し惜しみせず、どんどんやっていきましょう!」
「う、うむ……」
はしゃぐ部下たちの手前、頷いておくしかないステラだった。
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