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番外編:幽霊よりも怖いもの 3
しおりを挟む侵入者たちは椅子に縛り付けられ、エリオットから尋問を受けている。
エリオットの隣ではスコットが尋問の記録係を務め、テレサはマルコムと一緒に泥棒たちの見張り役をしている。万が一のときに、彼らを取り押さえられるようにするためだ。
ふと、マルコムがぼやく。
「しかし、正体が人間だったとはなあ……幽霊が見られるかもと思って期待しちゃったぜ」
「ぼ、ぼくは人間でよかったと思うよ……!?」
エリオットの横で尋問の記録係を務めていたスコットがこちらを振り返った。
そこでテレサが口を挟む。
「でも、幽霊ってこっちを怖がらせるだけでしょ? 人間は武器を持ったり魔法を唱えたりできるわけだし……人間のほうが危ないんじゃない?」
テレサ的には幽霊は怖い。けれども見たことがないから、どんな風なのかちょっと見てみたい。そんな考えだ。
そして今回、エリオットがいなくて第七騎士団の団員たちだけで幽霊騒ぎ──実際は泥棒だったわけだけれど──に対処することになっていたら……多分、ケガ人が出ていたに違いない。泥棒たちは短剣を所持していたのだから。
机の上には、彼らから没収した品物が並べられている。大ぶりの短剣のほか、針金やねじ回しといった工具。それから酸らしき液体が入った瓶だった。どう見ても、鍵を壊すための道具である。
エリオットはそれらの道具と侵入者を見比べ、机の上を指でトントンと叩いた。
「君たちの身元はわかった。けれども盗みに入った理由がわからない。それを、説明してくれる?」
それはテレサも不思議に思う。第九騎士団の団員が二人揃って第七騎士団の建物に侵入している。おそらく、ここ数日何度も侵入を繰り返していたのは彼らではないだろうか。それで鍵のかかっている扉を調べ、今夜は鍵の破壊を試みるつもりだった──そんなところだろう。ただ、何を盗むつもりだったのかがわからない。
侵入者二人は一瞬視線を交わしたが、すぐに俯いてしまった。
その様子にエリオットがため息を吐く。
「そっちがそういうつもりなら、別にいいよ。無理やりにでも喋ってもらうから」
エリオットは制服の内ポケットに手を忍ばせた。そして、液体の入った小瓶を取り出す。彼はその小瓶を二人の目の前でゆっくりと揺らしてみせた。
「この中身をかけられた人は、身体の力が抜けて思考もぼんやりしてきて、こっちの質問になんでも答えちゃうようになるんだ。君たちが盗みに入った理由、それから黒幕の存在……とにかくなんでも」
エリオットが手にしている小瓶の中身は「悪党を無力化させる薬」だ。実験段階のものをテレサが被って大変なことになったあの魔法薬。
「そ、そんな薬あるわけないだろう……!?」
「そうだ。いくらおまえが魔術師だからって……そんな便利なものがあってたまるか」
しかし侵入者たちは薬の効果を疑っているようだ。少し怯みながらもそう言い返してくる。
エリオットは立ちあがると涼しい顔をして二人に告げた。
「じゃあ、実際に試してみようか……せっかくだから、君たちの個人的な秘密も聞いてみようかな。好きな人はいるのかとか、初恋はいつだったかとか。あとは……」
エリオットは淡々と呟くように言って、小瓶の蓋を外す。
薬の効果を疑ってはいるものの、個人的な秘密は探られたくなかったに違いない。侵入者二人はそこで逃げ出そうとした。しかし縛られているので、椅子がガタガタッと大きな音を立てただけだった。
エリオットが一歩踏み出して二人の頭上に小瓶を掲げる。
すると、侵入者の片方がヤケクソ気味に叫んだ。
「言う! 言うから待ってくれ! 俺たちは団長の命令でやったんだ!」
エリオットは手の動きを止めて確認するように訊ねる。
「団長っていうのは、君たちの団長? 第九騎士団の?」
「そうだ!」
もう一人の侵入者が、白状をはじめたもう一人を咎めるように「おい」と言う。
けれども白状したほうは首を振った。
「だって、言わないと生きて帰してもらえるかどうか……こいつ、なんかヤバそうじゃん」
「ヤバそう」と形容されたエリオットはぴくりと眉を動かした。
「……まあ、すべて白状するなら何もしないでちゃんと帰してあげるよ。話の裏をとった後になるけどね」
こういうときのエリオットは冷静で紳士的で、かえってそれが怖いんだよなあ、とテレサも思う。「ヤバそう」と言った侵入者に心の中でこっそりと同意してしまったのだった。
「あんたが団長になってから、第七騎士団の成績がよくなっただろ? それで、うちのヒックス団長が探って来いって……」
侵入者は訥々と語りだす。
この第七騎士団にエリオットがやってきたのは、ちょっと特殊な人事異動が行われたせいだ。それまでは魔術師は魔術師団に、騎士は騎士団に所属していて、魔術師と騎士が一緒に行動することは考えられなかった。
はじめは魔術師であるエリオットが団長に就任したことに、団員からの反発があった。テレサも反発していた一人だ。しかしエリオットは魔法を使って騎士団の活動に貢献し、団員たちからの支持を得ていった。
団長がエリオットになってから団員たちの士気が上がったのも確かだ。彼は便利な魔法アイテムを次々と開発し、団員たちは効率よく仕事ができるようになったのだから。
しかし、その特殊な人事異動がなかった騎士団もいくつかある。そのうちのひとつが第九騎士団だ。
「第九騎士団って、確か騎士だけで構成されているんだよね」
「そうとも! 第九騎士団は、己の強靭な肉体だけで勝負している誇り高い騎士団なんだよ!」
「誇り高い騎士が泥棒行為とはね……」
エリオットは机の上の針金やねじ回しにちらりと視線をやり、呆れたように呟く。
「ち、違う! これは偵察だ!」
「そうだ! 魔術師が入った騎士団はだいたい成績があがってる! 何か魔法でズルをしてるに違いないんだ! ヒックス団長はその証拠を見つけようとしていて……」
そう言い返してきた二人に向かって、エリオットは顎を擦りながら呟いた。
「ふうん。魔法でズルねえ……じゃあ君たちが引っ掛かっていた魔法陣、あれもズルってこと?」
「うっ……あ、あれだって何かインチキめいた仕掛けがあるんだろ!?」
「魔法のことを仕掛けって呼ぶならそうだけど。なるほど、インチキねえ……」
ちょっと耳が痛いテレサである。魔法について何も知らなかった頃──いまも詳しいわけではないが──テレサは魔法をインチキか何かだと思い込んでいた。しかし自分が魔法の恩恵を受けるまで、同じように考えていた騎士は多かったはずだ。
そして第九騎士団には魔術師がいないから、未だに魔法に対して誤解や偏見があるようだった。彼らはインチキの証拠を見つけようとして、少し離れた場所からこの建物の様子を窺い、人が少なくなる時間帯を狙って内部に忍び込んでいたらしい。
「俺たちはこの建物の中に、鍵穴がないのに開かない扉がいくつかあったのを確認してる! その中にインチキの証拠を隠してあるんだろう?」
「ああ。僕の研究室と、開発品や大事な書類が置いてある部屋だね。簡単には開かないように魔法をかけてあるんだ。無理やりこじ開けようとしていたら、魔法が発動して大怪我をしてた可能性がある。危なかったね」
「ま、魔法で……? いや、そんなことできるわけないだろ!?」
「じゃあ、実際にこじ開けてみる? 指が吹っ飛ぶくらいで済めばいいけど」
「う……」
エリオットが魔法で施錠しているのはテレサも見たことがあった。研究室の扉に描いた魔法陣がぱあっと光って消えたかと思うと、扉はびくともしなくなるのだ。エリオットは「押したり引いたりしてみる程度なら大丈夫だけど、扉を破壊しようとすると、魔法が発動して危ないよ」と言っていた。
そんなことをするつもりがなかったテレサは「へえー」と答えただけだったけれど、侵入者対策でかなり恐ろしい魔法がかけられていたらしい。
そこで、いや、それはどうかな? と考え直した。
エリオットが侵入者二人の様子を見ながら、唇の端を微かに上げていたからだ。なんだか彼らの反応を面白がっているようにも見える。
それに第七騎士団の団員の中には「魔法での施錠? ほんとうに物理的には開けられないのかどうか、試してみようぜ!」などと言い出しかねない人間がいる。とくにマルコムとか。その可能性を考えると、指が吹っ飛ぶほど危険な魔法はかけられていない気がした。
エリオットは静かな怖さがあるけれど、取り返しのつかないようなことは絶対にしない人だ。
まあ、いまは水を得た魚のようにいきいきと侵入者たちを追いつめているわけだが、彼らが犯罪めいた行動に走ったのは事実だ。それなりの罰は受けさせようということなのだろう。
「ええと、じゃあ君たちの処遇だけど、まずは第九騎士団の団長ヒックス殿と話をしないとね。どうしようか。朝まで待つ? それともいま解放してほしい?」
エリオットが侵入者たちに訊ねると、彼らは即時の解放を望んだ。いまは真夜中で、夜勤でない騎士は宿舎で寝ているはずの時間だ。エリオットが呼び出しの手紙をしたため、マルコムがそれを届けに走っていった。
夜中に叩き起こされた第九騎士団の団長ヒックスは不機嫌な表情で姿を現した。しかし部下たちがしくじったことを理解すると、エリオットのことをインチキ魔術師だと言って騒ぎはじめた。
そこでエリオットは今夜はじめて「悪党を無力化させる薬」を使ったのである。
魔法薬をかけられたヒックスは身体の力が抜けて立っていられなくなり、酩酊したようになりながら「ほんとうは魔法が羨ましかった」「魔術師の力で成績をあげるなんてズルい」「第七騎士団の団長がどんな魔法で成績をあげているのか知りたかった」などと本音をこぼした。
「悪党を無力化させる薬」について半信半疑だった侵入者二人はその様子に息をのんだし、これで泥棒行為の理由もはっきりした。
「なあ、テリー。うちの団長、仕事が鮮やかすぎるよな……」
マルコムがぼやく。
テレサは大きく頷いたのだった。
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