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番外編:星祭りの夜に 2

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 結局のところ、今年の星祭りは中止になった。昼頃から雨がぱらついており、夕方には周囲が白く煙って見えるほどのひどい豪雨になったのである。
 しかし、どんな天候であっても騎士団の巡回は行われる。酔っ払いや揉め事は減るであろうが、荒天に乗じて悪さをする人間もいなくはないからだ。ただ当初の予定よりも巡回は早く終わった。祭りと人出の多さを想定して組んだ特別な細かい巡回ルートではなく、通常の巡回ルートを使ったからだ。

 そして意外なことに、詰所に戻るとエリオットがいた。

「あれっ。団長、まだ帰ってなかったんですか?」
「新しい研究でもはじめたんですか?」

 今日のエリオットは日勤だった。いつもであればとっくに宿舎に引き揚げている時間、あるいは研究に没頭するあまり時間を忘れて地下にこもっているかのどちらかである。
 団員たちの質問にエリオットは軽く頷いた。

「外套の感想を聞こうと思って残ってたんだ……どうだった?」

 彼がそう訊ねると団員たちは自分の纏った外套を見おろし「ああ!」と合点がいったように声をあげる。
 エリオットが作った外套は二種類。これまでと同じ、硬くて重い外套を魔法で軽量化したもの。それから軽くて柔らかくて水も弾くものだ。
 軽量化したとはいっても前者は後者に比べれば硬くて重かったし、後者はまったく防具の役割を果たさないものだった。
 多少の怪我を負ってでも相手に突撃したい気質の団員は前者を選び、己の素早さに自信がある団員は後者を選んで纏って巡回に出かけていた。

「いや、これ軽くなって動きやすかったっす!」
「そうか。それはよかった。気になる点とかはあった?」

 エリオットはメモをとりながら団員たちの感想を聞いていく。そうして最後にテレサの番になった。

「テレサ……君は、どうだった?」

 エリオットに訊ねられ、テレサは外套のフードを外した。
 テレサは絹のように軽くて柔らかい外套を選んでいたが、これは素晴らしかった。強い雨に打たれている感触はあるのに、身体はまったく濡れないのだ。フードを外してみると前髪が少しだけ濡れていた。こんな大雨の中を歩き回ったのに前髪しか濡れていないなんて奇跡のようだ。だから正直に言った。

「すごかった……! これまで雨の日の巡回は憂鬱だったけど、今日はそんなことなかったもの。靴の中も濡れてないし、外が大雨だなんて嘘みたい」
「それならよかった」
「これ、実用化するの?」
「そうだね。けど、今日は非番の団員たちもいるから……全員の意見が揃ったら、改めて検討する予定だよ」

 報告を終えたテレサは今日の日報を記すために机に向かおうとした。そのとき、エリオットが小声で「テレサ」と言った。
 テレサが振り向くと彼は小さな声を保ったまま続ける。

「日報を書き終わったら、地下の研究室に来てくれないか?」
「う、うん……何?」
「とにかく来て」

 エリオットはテレサに用事があるらしい。しかしそれがなんなのか、こちらには思い当たるようなことがない。テレサは曖昧に頷くと、自分の席について日報を書きはじめた。
 とはいえ、今日は記すことも殆どない。昼過ぎの巡回で石畳が剥がれている場所を数箇所発見し、土砂降りの中行った夜の巡回では……急いで家に帰ろうとして走って転んだ人を救助した。あとは巡回メンバーの一人がカンテラを落として割った。光を放つ石のほうは無事だったが、その入れ物は派手に壊れたので、騎士団の備品が一つ減った。そのくらいであろうか。
 テレサは使い終わったペンの先を拭きながら、エリオットを無理に星祭りに誘わなくて正解だったと考えた。
 たとえば今夜雨が降っていなかったとして……エリオットはしぶしぶテレサにつき合ってくれたかもしれないが、テレサが花火を見てはしゃいでもきっと彼のほうは楽しくはなかっただろう。
 では、エリオットと一緒に楽しめる催しものとはなんだろうか。
 彼は魔法オタクで本の虫で物静かで……とにかく、テレサとは正反対の人だ。
 この先もともに過ごすためには、どちらかが何かを我慢していくしかないのだろうか。
 
 あれ? エリオットの用事って、もしかして……。
 
『やっぱり僕たちは違い過ぎるよね。別れるなら早いほうがいい。正式に婚約を結ぶ前のいまなら、互いにダメージはないはずだよ』

 もしかして、彼はそういうことを伝えたくてテレサを研究室に呼んだのだろうか。
 いや。いやいやいや。考えすぎだ。
 エリオットはテレサが星祭りに行きたがっていたことを知らない。自分たち二人の違いについて、改めて思い知らされているのはテレサだけなのだ。
 ただ彼の口調からして楽しい話でもなさそうだと思う。顔を合わせるのが少し怖かったが、すっぽかすわけにもいかない。
 テレサはまだ詰所に残っている団員たちに「お先に」と声をかけると、地下へ向かった。

 エリオットの研究室の扉をノックし、恐る恐る声をかける。

「……テレサだけど」
「入って」

 エリオットの静かな返事が聞こえた。
 テレサはゆっくりと扉を開け、そして部屋の中の光景に「あっ」と声をあげた。
 中は暗い。しかし、壁や天井がところどころキラキラと輝いているのだ。

「えっ。何これ? 新しい発明? すごく綺麗……!」

 ただ、何に使うのだろう。夜の鍛錬場の照明として使用するには暗すぎるし綺麗すぎる。実用的ではない。
 では逃げる悪人の足止めにでも使うのだろうか。こうして美しい光景をパッと見せてやれば、悪人は思わず見入って立ち止まってしまうだろう。……いやいや、悪人のための発明品だとしたら、これは贅沢すぎる。
 そんなことを考えながらエリオットに視線を向けると、彼は机に置いてあるランプの明かりを絞った。
 部屋が真っ暗になり、天井や壁の数多の光が目立つようになる。

「星祭り。今日は中止になったから……代わりに」
「え? どうして? あなた、星祭りはとくに何もしないって……」

 彼は言っていたはずだ。幼い頃に屋敷から花火を見たことはあったが、それだけだと。むしろお酒を飲んで騒ぐ輩が増えるし、古代の占星術が云々でこのイベントを煙たく思っているようだった。

「君たちが夜の巡回に出かけた後、詰所にいた団員がぼやいたんだ。『恋人と星祭りに行く約束をしてたのに、中止になって残念だ』って」

 エリオットはその団員の言葉の意味がわからず、彼に訊ねたらしい。騒がしくて治安が悪い場所にどうしてわざわざ恋人を連れていくのか、と。
 団員は真顔で答えたようだ。『知らないんですか? 新年を家族と過ごすように、星祭りは恋人と過ごすのが主流ですよ』と。
 婚約者のいる貴族などは馬車で小高い丘に乗りつけて花火だけを楽しむが、庶民に混じって屋台を見て回る人も増えている、とも言ったらしい。

「この前……君はここにきて、星祭りがどうとか言っていただろう? あれってもしかして、星祭りの誘いだったんじゃないかって、気がついたんだけど……違った?」
「え、それは……」

 テレサは言いよどんだが、エリオットに「どうなの?」と問われ、結局頷いた。

「けど、あなたは興味が無さそうだったから……」
「言ってくれたら、参加する方向で考えたのに」
「あら! だって、誘えるような空気じゃなかったじゃない」

 まるで誘わなかったテレサが悪い、みたいな言い方にカチンときて言い返す。

「誘う前に星祭りに関する蘊蓄がはじまって、あなたが星祭りをどう思っているか、よ~~~くわかったもの」
「それは……うん、確かに」

 あのときのことを思い返したようで、エリオットは気まずそうに首の後ろを掻いた。

「知らなかったんだ。僕にとってはただのうるさい催し物だけど、君やほかの人にとってはそうじゃなかったんだ、って……だから、慌てて作ってみたんだけど」

 エリオットはそう言って中央の机に視線を移す。そこには魔法陣が描かれ、中央には黒っぽいごつごつした石が鎮座していた。石の内部が発光しており、その光が石の細かな隙間から漏れ、壁や天井を星空のように見せているのだ。
 テレサは石と壁を見比べた。

「これ……私が巡回に出た後に作ったってこと? あんな短時間でこんなに美しいものが作れるの?」
「以前、カンテラに入れる光る石を作っただろう? それの応用だよ。時間がなかったから、星空っぽくするだけで星座を正確に表現することはできなかったけど」
「そう? じゅうぶん星空に見えるわ。すっごく綺麗!」
「……けど、君の本来の目的は食べ歩きと花火だったんだろう?」
「う……」

 エリオットは騒がしいことが好きでないのはわかっていたから、せめて二人で花火を楽しみたいと考えていたが、星祭りとくれば食べ歩きである。子どもの頃からそうだった。

「星祭り……子どもの頃は父に連れて行ってもらってたのよね」

 当時、テレサの父親のターナーは第二騎士団に所属していた。第二騎士団は城下の巡回を行う騎士団ではないから、星祭りの日は早く仕事を切りあげて帰ってこれたのだ。

「それで父は『これから騎士を目指すなら、市井の様子を知っておいたほうがいい』って言ってね、私と弟に小銭を持たせて屋台で買い物をさせてくれたの」

 貴族出身で騎士になりたての人間の中には「現金でちょっとした品物を買う」という概念のない人がわりといる。自分の両親がサインや小切手で買い物を済ませるところを見て育ったからだろう。
 毎年何人かの新人騎士が「辻馬車の支払いの際にサインをしようとする」「城下の大衆食堂でサインをしようとする」などをやらかしている。騎士になる前、つまり学生のうちにそういった研修を行っておくべきでは? などの声もあがりはじめていた。
 
「へえ。君のお父上って……色々考えてたんだ……」

 エリオットは「君のお父上って」の後に少し言いよどみ、結局そう口にした。おそらく「君のお父上ってただの脳筋じゃなかったんだ」と、続けたかったのではないだろうか。
 テレサは肩を竦める。

「ゲームを売りにしてる屋台もあるのよ。弓矢で的を射て景品をもらうの。あと『樽を放り投げてみて、一番遠くまで飛ばした人が勝ち』っていうゲームをやってるところもあってね、たぶん父はそれがやりたかったんだと思うわ」

 テレサと弟のギルバートは、屋台で買ったお菓子を食べながら父親がゲームで荒ぶっているところを見学したものである。父は自分だけが楽しむわけにはいかないから、子どもたちに「それっぽいこと」を言って買い物させ、食べ物でごまかしていたのだと、いまになって思う。
 そう説明するとエリオットは笑った。

「なるほどね。でも皆が楽しめたんなら、まあ……いいんじゃない?」

 そこでふとテレサは気がついた。
 辺りをきょろきょろして、それから天井──上の階──を指さす。

「こんなに美しい夜空の魔法……私が独り占めするの悪いわ。皆にも見せてあげたほうがいいんじゃない? まだ残ってる人がいないか見てくるわね」
「ちょっと待った」

 すると、エリオットがテレサの手首をつかんだ。

「これは君に見せたくて考えた魔法だから、君だけに見てほしいんだけど」
「えっ」
「あ……いや。さっきも言ったとおりこれまでの魔法を応用というか転用したものだし星座まで正確に描けてはいないから大して手間はかかってない。それに君がどうしても皆に見せたいというのなら僕も反対はしないけど」
「んっ? うん……?」

 ぼそぼそと早口で言うのでよく聞き取れなかったが、これは彼がテレサのために用意した魔法だということはわかった。
 星祭りに興味のなかったエリオットが、テレサのためだけに作ってくれた星空。最高の贅沢だ。
 自分たちは正反対の性質だけれど、だからと言って歩み寄れないわけではない。ちゃんと近くにいる。
 そう考えると、頬がにやけてきてしまう。

「ありがとう。じゃあ、独り占めさせてもらうわね」
「うん。この魔法はあと一時間くらいで切れると思うけど……それまでは、ゆっくり楽しんでほしい」

 エリオットは椅子を引き、そこにテレサを座らせた。
 テレサは背もたれに身体を預け、天井を見あげる。
 エリオットも隣の椅子に腰かけ、テレサと同じように上を見あげた。

「これ……改良の余地はありそうだな。星座の形だけじゃなく、赤い星や白い星、青い星も作って……時折瞬いて見えるようにできるかもしれない」
「え? もっと本物の夜空に近づけてまた作るってこと?」
「うん。来年……雨が降ったときのために」

 エリオットは言葉を切り、だがすぐに続けた。

「だからさ、来年の星祭りは一緒に行こうよ」

 彼は一年も先の約束をしてくれている。晴れたら本物の星祭りに行こうと、雨が降っていたらこうして魔法の夜空を眺めようと言ってくれているのだ。
 テレサは大きく頷いて笑った。

「わかった。約束ね!」


(番外編:星祭りの夜に 了)

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