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番外編:星祭りの夜に 1
しおりを挟むこのスウィーニア王国には「星祭り」と呼ばれる、年に一度の行事がある。
元々はその地域の代表的なモニュメント──街の発展に貢献した人物や、戦で活躍した人物の銅像──の周りにキャンドルを灯し、星空を見あげて地域の発展や平和を願う行事だったらしい。
地方の小さな農村ではいまでも伝統的なやり方を通しているようだが、大きな街はそうではない。キャンドルを捧げに外出した人を相手に、屋台が並ぶようになったのだ。そこではお酒や食べ物はもちろん、珍しい雑貨や装飾品までもが売られている。
夜遅くまで街中が賑わっているため、王都では花火もあがるようになった。文字どおり、お祭り騒ぎだ。
よって、酔っ払いのケンカやスリといった輩もこの日は増える。街を巡回する騎士団も大忙しである。
テレサは詰所の黒板に書かれた団員たちのシフト表を見つめながら考えていた。星祭りの日、テレサは午後からの勤務になっている。出勤後はすぐに巡回に出かけ、戻ってきたら鍛錬。夕食をとって一休みし、夜の巡回をして十時に勤務を終える。そういう予定だ。
それからその日のエリオットのシフトを確認した。
魔法薬の事故が解決して以来、テレサとエリオットの勤務形態はバラバラだ。騎士団長であり魔術師でもあるエリオットは基本的にデスクワークのみ。ときおり現場を把握するために巡回に同行したり夜勤を入れたりしているようだが、星祭りの日の彼は日勤のようだった。
エリオットは日勤で、自分は夜の十時あがり──テレサはもう少し考えた。雑貨などの屋台は九時くらいで閉まってしまうが、飲食物を扱う屋台は深夜まで営業していたはずだ。それに日付が変わるまでは花火も断続的にあがっている。例年どおりならばきっと今年もそうだ。
そこでテレサは思う。テレサの仕事が終わった後、エリオットと星祭りに行ってみたい。彼と一緒に屋台を見て回って、花火を楽しみたい! と。
エリオットはお祭り騒ぎに参加するようなタイプではない。食べ歩きを楽しむタイプでもない。けれども飲み物を買ったらちょっと静かな路地に入って、二人で花火を見あげるのはどうだろう? それってすごく恋人同士っぽいのではないだろうか。
テレサは黒板を見て頷き、エリオットがいる地下の研究室へ向かった。
研究室の扉を開けると、エリオットは床に描いた魔法陣の中央に布の塊を置いたところだった。
彼は戸口にいるテレサを見やり「何かあった?」と訊ねる。
でもテレサは彼の質問に答えず、逆に自分が質問をした。
「今度は何を作ってるの?」
彼は「悪党を無力化させる薬」を完成させた後、新たな便利グッズの開発に取り組み続けている。
この前作ったのは「天候の影響を受けない弓矢」だった。雨や風の影響を受けないだけで、元々の腕前が良くなければ狙いは外れてしまうのだが、弓を得意としている団員たちには重宝されている。
その前に作ったものは「ロウソクやオイルの要らないカンテラ」だった。夜間の巡回に持ち歩くもので、内部に光を放つ石がセットされている。カンテラを持ったまま走ってもふいに明かりが消えてしまうことはないし、燃料切れを心配する必要のない優れモノだった。
さらにその前に作ったものは……テレサが思い出そうとしていると、エリオットが口を開いた。
「前に『水に濡れないブーツ』を作っただろう?」
「あっ、うん。あれ、すっごくよかった!」
そう。エリオットは団員たちのブーツに防水の魔法を施してくれたのだ。
雨の日の巡回は非常に憂鬱なものだ。歩いているうちにブーツに水が染み込み、靴下までぐっしょり濡れてしまう。不快指数マックスでテンションだだ下がりの中、スリや不審者を追いかけても、いつものようなパフォーマンスは発揮できなかった。
しかしエリオットが魔法をかけてくれたブーツは素晴らしかった。土砂降りの中を巡回して戻ってきても、靴下がまったく濡れていないのだ。
エリオットが移動してきた当初は「魔術師の騎士団長」に反発心を抱いていたテレサだったが、いまはもう便利な魔法の虜である。彼が次に何を作るのか、楽しみで仕方がない。
テレサが防水ブーツの感想を述べると、エリオットは頷きながら魔法陣へ視線をやった。
「今度は防水の外套を作ってみようと思うんだ」
「防水の外套……? それって、巡回のときに使うやつ?」
雨の日、巡回のときに纏う防水の外套はすでに存在している。ただし防水加工された布はゴワゴワで硬く、重たく、動きづらかった。
「そうだよ。いまのは重たいから、魔法でなんとかできないかと考えてるんだけど」
エリオットは魔法陣の中央に置いてあった布を摘まみあげる。それは絹のように滑らかで軽い布に見えた。
テレサは思わず声をあげる。
「わあ。その布なら纏っていても動きやすそう! 濡れないブーツと合わせたら、雨の日の巡回はずっと快適になるかも!」
しかしエリオットは布の感触を確かめながら首を傾げた。
「僕もはじめはそう考えたんだけど……いまの硬くて重い外套、防御という点では優れてるよね」
「え? あ、ああー……そうかも」
テレサは半年ほど前の出来事を思い返した。まだエリオットが異動してくる前のことだ。
雨の中、大声を出して暴れている酔っ払いがいた。同じ巡回メンバーだったスコットがその酔っ払いに声をかけようとして近づくと、彼はナイフを振り回しはじめたのだ。
なんとかして酔っ払いを取り押さえ、彼を牢屋に放り込んでから詰所に戻って外套を脱いだとき、スコットが「あっ」と声をあげた。
スコットの外套と、制服の腕の部分の生地は、酔っ払いのナイフによってスッパリ切り裂かれていたのだ。硬くて重くて動きづらいと不評な外套であったが、立派に防具の役割を果たしてくれていた。この外套がなければスコットは大怪我をしていたに違いない。
テレサがそのときのことを話してみせると、エリオットは顎を擦りながら唸った。
「じゃあ、いまの外套って薄い革くらいの防御力はありそうだね……そうか。不便そうに見えてもそれなりの利点はあったんだ……となると、身軽さや快適さと、防御力を天秤にかけることになる……どっちがいいんだろう……」
彼はぶつぶつ言いながら歩き回り、突然顔をあげた。
「そうだ。いまの外套をそのまま軽量化するのはどうだろう? ……いや、軽さのほかに柔らかさもほしいな……すると魔法陣の描き方が根本的に違ってくるけど、この場合はどうすればいいんだろう……」
エリオットは本棚から本を数冊取り出し、長机の上でそれを広げ、ガリガリと音を立てながらすごい勢いでメモを取っていく。
彼は本の文字を目で追いながら言った。
「それで、テレサ。君の用事はなんだったの?」
「え。えーっと……」
テレサは迷った。お祭りの話を口にできるような空気ではないからだ。
しかしエリオットは手を止め、こちらを見た。
「どうしたの? 困りごと?」
「え? いえ、そういうんじゃなくて……今度、そのー……星祭りがあるでしょ」
「ああ。その日は君も巡回メンバーに入っているよね。いつもより酔っ払いや揉め事が増えるみたいだから気をつけて」
「う、うん……あの、星祭りの日って、毎年どうしてる……?」
「星祭りの日……? そうだな。子どもの頃は屋敷の屋上から花火を見てたけど……大きくなってからはとくに何も」
「そ、そうなんだ」
「君は星祭りのルーツを知っている?」
「え? いいえ……」
テレサが首を振ると、エリオットはペンをペン立てに戻し、腕を組んでこちらに向き直った。
「古代人たちは当たり前のように魔法を使っていた話はしたと思うんだけど」
「ええ」
エリオットから聞いたことがある。このスウィーニアが建国されるよりもずっとずっと前にこの地に住んでいた古代の人々。彼らは皆、簡単な詠唱をするだけで魔法を使うことができたらしい。
けれども彼らの魔法技術は歴史のうねりに呑まれ、消えていった。
しばらくは「魔法のない時代」が続いていたが、いまは魔法についての再研究が行われている。昔の魔道書を読み解き、古代の魔法を蘇らせたり、その発展型を模索しているのがいまの魔術師たちである。
エリオットもこの騎士団に異動になる前は、古代語の翻訳や魔法の効率化を研究していたという話だった。
「古代人たちは、魔法に占星術を組み込んでいたという説があるんだよね」
「はあ」
テレサはなんとなく頷いた。自分は魔法の恩恵を受けさせてもらっているが、その仕組みはよくわからない。そこに占星術なんて要素がプラスされると、ますますわけがわからない。
「だから星祭りって、元々は古代の占星術が関係しているんじゃないかって……そういう論文も出ているんだ。僕もそれを読んだけど、かなり興味深い内容だった」
エリオットは続けた。年月が経って、この地に住む人々の人種や文化が変わっても決まった日に星空を見あげる習慣は残り続けたのではないか、それがいまは星祭りと呼ばれるイベントになったのではないか、と。
「それがさ」
エリオットは呆れたようなため息を吐き、お決まりの見下し口調で蘊蓄を述べだした。
「いまはただ騒ぎたいだけの奴が集まるイベントになってるんだろう? そもそも花火なんて打ちあげたら、メインであるはずの星が見えなくなるよね。その日に花火を打ちあげようって最初に言い出した人間は、魔法に無理解だったに違いないよ」
「う、うん……?」
いまのエリオットにとって、星祭りは「なんか治安が悪くなる日」「古代の占星術を冒涜する日」でしかないようだ。思い返してみれば屋台で買い物をして、路地から花火を見あげている人間に貴族はいない。お忍びで来ている人はいるかもしれないが、どちらかといえば庶民のイベントであって貴族が楽しむようなものではない。
テレサは「新作楽しみにしてるわね……」と言い残してエリオットの研究室を後にしたのだった。
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