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【番外編】媚薬騒動
2.疑惑、そしてルイスの忠告
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グレンの様子がいつもと違うことに、しばらくしてシリルは気付いた。街に出かけたかと思うと、帰って来て上機嫌でにこにこしている。目が合うとすぐに逸らされたし、どこか遠くを見てはぼうっとしているし。
「グレン、おかわりいる?」
シリルは目玉焼きを口に運ぶ夫に話しかけるが、頭の中はモヤモヤしっぱなしだ。
――もしかしたら、浮気してるかもしれない。考えたくないけど、だれかほかの人と……。
「あまり腹が減ってない。少し昼寝してくる」
昼食もそこそこに部屋に向かうグレンの尻尾は、機嫌のいいとき特有の上向きだ。
シリル達を放っておいてそんなに機嫌がいいなんて、原因はなんだろう。だれかいい人と逢っていたのだろうか。
――胸に鋭い刃物を刺されたような気持ちになる。もしグレンがほかの人を選んだのなら、どうすればいいんだろう。事実なら許せない。家ではルイスやシリルを愛している素振りをして、外では愛人にいい顔をしているなんて。ルイスを連れて、どこか遠くに引っ越そうか。
「でも、その前にちゃんと確かめないと……」
独り言を呟いていると、ルイスが足元に来ていた。
「ママ、どうしたの?」
「なんでもないよ。でももし、パパとママが離れて暮らすことになったら、ルイスはどっちと一緒にいたい?」
キョトンと口を開けたあと、ルイスはつぶらな瞳をこちらに向けた。
「分かんない、二人とも大好きだから」
途端に胸がぎゅうっと引き絞られた。両親が仲良しだと信じ切っている子供に、なんて残酷な質問をしたんだろう。ふわふわの黒い毛並みを抱きしめ、頬をすり寄せる。
「ごめんねルイス。今のは、もしかしたらって話なんだ。なんでもないよ、パパとママは仲良しだからね……!」
「ママ、暑いよ」
ごめんね、と立ち上がると、グレンがダイニングに戻ってきた。
「どうしたんだ、ふたりとも。ルイス、抱っこしてほしいのなら……」
「あのね、パパとママが離れて暮らすとしたらどうするってママが」
ルイスがさきほどの質問を言いかけたので、慌てて手を握る。幸い、眠いようで手のひらが温かい。
「ル、ルイス、もう眠くなったんじゃない? 絵本読んであげるから一緒に部屋に行こう」
「うん!」
ルイスの好きな蛙の絵本を読んで食堂に戻ると、ショックを受けた顔をしたグレンが椅子に座っていた。
「シリル、俺が嫌になったのか?」
「それはグレンのほうでしょう! 街でだれと会ってたの? 買ったっていう仕事の道具、見せて」
「仕事の道具は嘘だが、だれとも会ってない。なんでそんなことを思いつくんだ」
嘘だと認めたのに、会った者の名前を言わない。
「どうしてって、普段と違うからだよ。いつものグレンは隠しごとをしないもの」
「う……」
口ごもるということは、認めたも同然だ。相手はシリルのようなオメガの男なのか、それとも女なのか。獣人か、人間なのか。問いただしたいが、すべての獣人・半獣人・人間にもてそうなグレンだから可能性はいくらでも考えつく。
「どうして僕がこんなこと言い出したのか、自分の胸に聞いてみて」
余裕を見せようと口の端を引き上げたが、引き攣った笑みにしかならかった。
その晩は、ルイスと一緒に寝た。もしかしたらシリルの勘違いかもしれないと、グレンが来るのを待っていたが夫の訪いはなかった。
朝早く、子供用の寝台で目が覚めて、昨夜のやり取りを思い出す。
昨日は言いすぎた。もしかして、って思ったら歯止めが利かなくなった。すぐにグレンに謝らないと。朝ご飯はグレンの好きなチーズ入りオムレツにしよう。
善は急げだ、と着替えて台所に向かう。食料庫からチーズを出したとき、流し台に皿が洗われていることに気付い
た。
「もしかして夜中起きてなにか食べたのかな、グレン」
いつもなら起きてくる時間になってもシンとしているので、ルイスを起こさないようにそっとグレンの部屋に向かう。
「グレン、寝てるの……?」
扉を開けると部屋にはだれもいない。グレンはすでに家を出てしまっていた。さっき食器が洗われていたのは、朝食を食べた跡だったのだ。避けられているのだろうか。そう思ったとき、やっとシリルは取り返しが付かなくなったことを悟った。
グレンに愛想をつかされたんだ……。本当に別れることになりそう。どうしよう、僕ひとりだけでルイスを育てられるだろうか。
「ふぁぁ、いい匂いがする。朝ごはんもうできてるの? パパはどこ?」
「先に仕事に行ったみたい。だけどごめんね、ルイス。もしかしたら、しばらくパパと別々に過ごすかもしれない」
「そんなぁ。喧嘩しちゃ駄目だよ。ちゃんとごめんなさいして!」
「ごめんなさい……?」
正真正銘の浮気なら、シリルは悪くないはずだ。謝るのはあっちのはずだが、と思っていると「ママ、すごく怖い顔してる」とズボンの裾を引っ張られた。
「よく僕に言ってるじゃない。もしどっちかが悪くても、ふたりともごめんなさいしたら、スッキリするって。また仲良く話せるようになるって。ね?」
「ルイス……。そうだね。やってみるよ」
こんな小さな我が子に諭されてしまったのが恥ずかしいが、ルイスの言うことは正しい。グレンにちゃんと謝ろう。もしかしたら、自分の勝手な勘違いかもしれない。ちゃんと話して真相を聞けば、もとの三人家族に戻れる可能性はある。
「グレン、おかわりいる?」
シリルは目玉焼きを口に運ぶ夫に話しかけるが、頭の中はモヤモヤしっぱなしだ。
――もしかしたら、浮気してるかもしれない。考えたくないけど、だれかほかの人と……。
「あまり腹が減ってない。少し昼寝してくる」
昼食もそこそこに部屋に向かうグレンの尻尾は、機嫌のいいとき特有の上向きだ。
シリル達を放っておいてそんなに機嫌がいいなんて、原因はなんだろう。だれかいい人と逢っていたのだろうか。
――胸に鋭い刃物を刺されたような気持ちになる。もしグレンがほかの人を選んだのなら、どうすればいいんだろう。事実なら許せない。家ではルイスやシリルを愛している素振りをして、外では愛人にいい顔をしているなんて。ルイスを連れて、どこか遠くに引っ越そうか。
「でも、その前にちゃんと確かめないと……」
独り言を呟いていると、ルイスが足元に来ていた。
「ママ、どうしたの?」
「なんでもないよ。でももし、パパとママが離れて暮らすことになったら、ルイスはどっちと一緒にいたい?」
キョトンと口を開けたあと、ルイスはつぶらな瞳をこちらに向けた。
「分かんない、二人とも大好きだから」
途端に胸がぎゅうっと引き絞られた。両親が仲良しだと信じ切っている子供に、なんて残酷な質問をしたんだろう。ふわふわの黒い毛並みを抱きしめ、頬をすり寄せる。
「ごめんねルイス。今のは、もしかしたらって話なんだ。なんでもないよ、パパとママは仲良しだからね……!」
「ママ、暑いよ」
ごめんね、と立ち上がると、グレンがダイニングに戻ってきた。
「どうしたんだ、ふたりとも。ルイス、抱っこしてほしいのなら……」
「あのね、パパとママが離れて暮らすとしたらどうするってママが」
ルイスがさきほどの質問を言いかけたので、慌てて手を握る。幸い、眠いようで手のひらが温かい。
「ル、ルイス、もう眠くなったんじゃない? 絵本読んであげるから一緒に部屋に行こう」
「うん!」
ルイスの好きな蛙の絵本を読んで食堂に戻ると、ショックを受けた顔をしたグレンが椅子に座っていた。
「シリル、俺が嫌になったのか?」
「それはグレンのほうでしょう! 街でだれと会ってたの? 買ったっていう仕事の道具、見せて」
「仕事の道具は嘘だが、だれとも会ってない。なんでそんなことを思いつくんだ」
嘘だと認めたのに、会った者の名前を言わない。
「どうしてって、普段と違うからだよ。いつものグレンは隠しごとをしないもの」
「う……」
口ごもるということは、認めたも同然だ。相手はシリルのようなオメガの男なのか、それとも女なのか。獣人か、人間なのか。問いただしたいが、すべての獣人・半獣人・人間にもてそうなグレンだから可能性はいくらでも考えつく。
「どうして僕がこんなこと言い出したのか、自分の胸に聞いてみて」
余裕を見せようと口の端を引き上げたが、引き攣った笑みにしかならかった。
その晩は、ルイスと一緒に寝た。もしかしたらシリルの勘違いかもしれないと、グレンが来るのを待っていたが夫の訪いはなかった。
朝早く、子供用の寝台で目が覚めて、昨夜のやり取りを思い出す。
昨日は言いすぎた。もしかして、って思ったら歯止めが利かなくなった。すぐにグレンに謝らないと。朝ご飯はグレンの好きなチーズ入りオムレツにしよう。
善は急げだ、と着替えて台所に向かう。食料庫からチーズを出したとき、流し台に皿が洗われていることに気付い
た。
「もしかして夜中起きてなにか食べたのかな、グレン」
いつもなら起きてくる時間になってもシンとしているので、ルイスを起こさないようにそっとグレンの部屋に向かう。
「グレン、寝てるの……?」
扉を開けると部屋にはだれもいない。グレンはすでに家を出てしまっていた。さっき食器が洗われていたのは、朝食を食べた跡だったのだ。避けられているのだろうか。そう思ったとき、やっとシリルは取り返しが付かなくなったことを悟った。
グレンに愛想をつかされたんだ……。本当に別れることになりそう。どうしよう、僕ひとりだけでルイスを育てられるだろうか。
「ふぁぁ、いい匂いがする。朝ごはんもうできてるの? パパはどこ?」
「先に仕事に行ったみたい。だけどごめんね、ルイス。もしかしたら、しばらくパパと別々に過ごすかもしれない」
「そんなぁ。喧嘩しちゃ駄目だよ。ちゃんとごめんなさいして!」
「ごめんなさい……?」
正真正銘の浮気なら、シリルは悪くないはずだ。謝るのはあっちのはずだが、と思っていると「ママ、すごく怖い顔してる」とズボンの裾を引っ張られた。
「よく僕に言ってるじゃない。もしどっちかが悪くても、ふたりともごめんなさいしたら、スッキリするって。また仲良く話せるようになるって。ね?」
「ルイス……。そうだね。やってみるよ」
こんな小さな我が子に諭されてしまったのが恥ずかしいが、ルイスの言うことは正しい。グレンにちゃんと謝ろう。もしかしたら、自分の勝手な勘違いかもしれない。ちゃんと話して真相を聞けば、もとの三人家族に戻れる可能性はある。
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