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【番外編】獣人一家のハロウィン
1.山猫獣人になったシリル
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※時期は夏至祭のあと、話で言うと「うなじのかみ傷」のあとです※
「サンドラさん、こんにちは」
シリルは街の隅に建つ、白魔女サンドラの家にやってきた。リースで飾られた木の扉を開けると、天井から薬草や花を干した束が何十束も吊られている。色んな草の仄かな香りが混じり、少し薬草臭いが落ち着く。
白魔女は簡単な薬草の調合や占いをしてくれる、知恵ある人々のことだ。グレンの母から紹介され、発情期が来るたびに抑制剤を処方してもらっている。サンドラは細身の美人で、髪を薄い紫に染めており、少し浮き世離れした印象がする。
「シリル君。調子はどう?」
サンドラがハーブティーをテーブルに出してくれる。薄いピンク色なのは、林檎の果肉と薔薇を混ぜたからだと言っていた。甘くて少し酸味のある風味に、体がリラックスしてゆく。
「美味しい。発情期のほうは、相変わらず不安定です。いつも通り処方して下さい」
「いい人が出来たのに、発情がコントロール出来ないのは困るわね。それが出来る薬も開発中だけど、どう?」
シリルはぶるぶると首を振った。ただでさえ不安定な体に、開発途中の薬など入れるのは恐ろしい。
「奥のテーブルにたくさん小瓶や薬が並んでいますね」
「明日がハロウィンだから、ラインナップを変えてみようと思ってね。知り合いの魔女同士で、飲み薬や栄養剤を交換したの。惚れ薬もあるって聞いたけど、シリル君には必要ないわね」
あやうく茶をふきこぼすところだった。グレンがふたりで家を出る、と宣言したのは少し前のことだ。だが良い部屋が見付からないこともあり、まだシュレンジャー家に住んでいる状態だ。咽せていると、サンドラが謝った。
「ごめんなさいね。ほかにも徹夜の仕事向けに作られた、眠くならない強壮剤もあるし、今元気を付けたい人向けの栄養剤もあるわ。大人用ならひと瓶服用ですって。失礼なことを言ったお詫びに、なんでも一つ差し上げるわ」
「ありがとうございます。じゃあ、最近仕事が続いていて体力が落ちているから、栄養剤のほうを頂きます」
サンドラから受け取った小瓶を一気に飲み干す。よほど砂糖が入っているのだろう、喉が熱くなるほど甘かったが、飲み口は悪くなかった。気のせいか、体が軽くなった感じもする。
「効いた……みたいです。ご馳走さまでした」
木々の隙間から差し込む木漏れ日が眩しくて、シリルは目を細めた。小鳥のさえずりが耳に心地いい。
今日はいい天気だ。身体が軽くなった気がする。こんな日は、勢いを付けて野を駆けたくなる。シュレンジャーの家までの道を、踊りたくなるような機嫌のよさで歩いた。
「ただいま、母さん」
「あら、どちら様でしょうか。グレンのお友達?」
「母さん、僕が分からないの? シリルだよ」
他人を見るような黒豹の母にたじろいだ。自分のことが分からない? 長年一緒に暮らしてきたのに、そんなことってあるだろうか?
「シリル君? ……そうね、山猫の姿になっているけど、声はシリル君だわ」
「山猫!?」
手を見ると、茶色い獣毛に覆われた五本の指が目に入った。
「もしかして、さっきからズボンの後ろがきついと思っていたのも……?」
と、おそるおそる手をやると、尻には長い尻尾が生えていた。二本足で立っているから、獣人ではあるようだが。
「僕、山猫の獣人になっちゃったの……!?」
頭を抱えていると、母の手が肩に置かれた。
「落ち着いて、シリル君。勝手に身体が変化することはないわ。なにか思い当たることはない?」
「ある……。白魔女のサンドラさんのところで、でどころのよく分からない栄養剤を飲んだんだ」
呻くと、「それね」と返ってきた。サンドラのところへ行くまではシュレンジャー家の食事しか口にしていなかったから、間違いないだろう。
「母さんてっきり、立派な山猫のお客さんが来られたのかと思ったわ。その姿も似合うわよ、シリル君。グレンに見せたら、惚れ直すんじゃないかしら?」
なぜか、母の声がうきうきとしている。いやな予感しかしない。
スッと差し出された鏡には、きょとんとした山猫の青年が映っていた。黒く濡れた鼻に、焦げ茶の瞳。耳の端からは獣毛が伸び、顔全体は縞模様に覆われている。
「白魔女さんなら、きっと元の姿に戻すやりかたを知ってるから、心配いらないわ。それより、ピンと伸びた頬髭や、尖った耳! シリル君が獣人になったら、こんなに素敵だったのね。一晩くらい、このままでいたらどうかしら?」
「い、いやだ。勘弁してよ。ハロウィンの仮装じゃないんだから、そんなに簡単に脱いだり着たり出来ないよ。すぐにサンドラさんの家に行ってくる」
「もったいないわねぇ」
入口に向かったとき、外側から扉が開かれた。
「グレン!」
グレンの瞳が一瞬見開かれ、すぐ我に返ったように礼をした。
「……お客さんでしたか。ごゆっくり」
部屋の奥へ向かおうとする雪豹の腕を取る。
「もう、僕だよ! シリルだよ」
「シリル!?」
驚きのためか、声を裏返らせたグレンが叫んだ。
「一体どうしたんだ、ハロウィンの仮装か? にしては、精巧な着ぐるみだな……」
肩や尻尾をしげしげと見つめ、撫でてくる。
「髭も違和感がない。こんな着ぐるみ、見たことないぞ」
そう言って、頬の髭を一本引っ張るので、思わず「痛いっ!」と叫んでしまった。グレンが目を瞬かせる。
「もしかして、本物なのか? ……シリルが獣人に変化したのか?」
「そ、そうだよ。白魔女の家で変な栄養剤を飲んじゃったんだ。すぐに戻って、元の姿にしてもらわなきゃ」
「なんだ、俺たちに合わせようとしてくれたんじゃなかったのか……」
あからさまにがっかりされる。
(グレンも母さんも、どこかで僕が獣人だったらよかったのに、って思っていたんだ……)
引き取られた頃は、シリルも一人だけ人間の姿が嫌だった。獣の姿になって、シュレンジャー一家に混じりたかった。だが、今はもう状況が違う。種族が違ってもグレンと結ばれたし、子供も作れると分かった。人間の姿を捨てずに、シュレンジャー家の立派な一員となれる日が来たのだ。
それなのに、獣の姿のシリルのほうがいいなんて。
「グレンは、山猫の僕が好みなの……?」
質問する声が震える。グレンがハッとした顔になった。
「母さんも、獣人のままでいいって言ったし……」
俯いたまま、いじけた考えを口にする。人の姿のシリルも、この家で大事にされていると思っていた。母や父、グレンに愛されていたと思っていた。それはシリルの勘違いだったのだろうか。
次の瞬間、身体に温かく重いものが体重をかけてきた。
「シリル君っ」
「シリル!」
「「ごめん!」」
「母さん、グレン……」
黒い毛並みと眩しく光る銀色に、息が苦しくなるほど抱きしめられる。
「二人とも、力が強すぎるよ。山猫の姿でも潰れそう……」
笑い飛ばしたいのに、さきほどまで胸がつかえていたせいで咳き込んでしまう。そのせいで、余計にふたりを心配させてしまった。
「シリル君、サンドラさんの家に行く前に、夕飯を食べていきなさい。きっと元のかわいい姿に戻れるから、安心して」
暖炉の前で、夕食が出来るのを待つあいだ、グレンがそばについてくれた。
「家に帰ってきてから、自分の身体が自分でないような気がするんだ。入れ物に中身が馴染まないっていうか」
「そうか。具体的にはどんな感じだ?」
「尻尾があるのを忘れて、扉に挟みそうになるし、耳がよく聞こえるようになって、少しの音でもびっくりしちゃう。あと、手に肉球が出来たでしょう。ものを持つとき、感覚が違うんだ」
「じゃあ、尻尾を意識して上下に振ることも出来ないのか?」
「うん。どうやるの?」
「そうだな、尻のあたりに力を入れると、尻尾の感覚が掴める。身体に沿わせたいときは腿のあたりを意識するな。尻尾は敏感な部分だ。一度コツが掴めたら、あとは気にしなくてもほかの部位とおなじように扱えるはずだ」
「お尻に力を……」
キュッと筋肉を締めると、尾てい骨のあたりになにかがあるのが分かった。目を閉じて集中する。
「そうだ、今尻尾に力が入ってる。そのまま、感覚を尻尾に移すんだ」
「尻尾に……」
尾てい骨のさらに向こうへと意識を移動させる。すると、そこも自分の意思で動かせる気がした。猫が尻尾を仕舞うように、腿に沿うように動かそうとする。
「グレン。僕、身体に尻尾をピタッと沿わせられてる……?」
「見てみろ」
おそるおそる、瞼を開ける。と、縞模様を描いた尾が脚に行儀良く添えられていた。
「やった……! ありがとう、グレン」
「よかったな、シリル」
肩を抱かれ、グレンが鼻同士をくっつけた。猫科の動物の挨拶だ。
「ふふっ。小さい頃、母さんやグレンたちがこうしているのを見て、憧れたっけ」
「それだけじゃないぞ、ほら」
頬の髭同士を擦り合わせたあと、口付けられた。短い舌が口の中に入って温かい。
「んっ、グレン……」
(知らなかった。猫科同士のキスは、まるで小鳥みたいだ。小さな舌を絡めるのって、気持ちいい)
ザリザリとした感触を楽しむ。唾液はさほど出ないが、口付けの甘さに陶然となる。気付くと、グレンが服の前ボタンを外そうとしている。それどころか、どうやって分かるのか胸の突起にふれてきた。
「や、だめ……っ」
まだ夕食前なのだ。いくらもうじき家を出る仲でも、居間で睦みあうわけにいかない。両手でグレンを押しのけ、シリルは立ち上がった。
「今はだめだよ。……母さんの手伝いをしてくる」
さっき教わった感覚を思い出し、去り際にグレンの肩を尻尾ではたく。パシッ、と小気味いい音がした。
「また、夜にね」
「サンドラさん、こんにちは」
シリルは街の隅に建つ、白魔女サンドラの家にやってきた。リースで飾られた木の扉を開けると、天井から薬草や花を干した束が何十束も吊られている。色んな草の仄かな香りが混じり、少し薬草臭いが落ち着く。
白魔女は簡単な薬草の調合や占いをしてくれる、知恵ある人々のことだ。グレンの母から紹介され、発情期が来るたびに抑制剤を処方してもらっている。サンドラは細身の美人で、髪を薄い紫に染めており、少し浮き世離れした印象がする。
「シリル君。調子はどう?」
サンドラがハーブティーをテーブルに出してくれる。薄いピンク色なのは、林檎の果肉と薔薇を混ぜたからだと言っていた。甘くて少し酸味のある風味に、体がリラックスしてゆく。
「美味しい。発情期のほうは、相変わらず不安定です。いつも通り処方して下さい」
「いい人が出来たのに、発情がコントロール出来ないのは困るわね。それが出来る薬も開発中だけど、どう?」
シリルはぶるぶると首を振った。ただでさえ不安定な体に、開発途中の薬など入れるのは恐ろしい。
「奥のテーブルにたくさん小瓶や薬が並んでいますね」
「明日がハロウィンだから、ラインナップを変えてみようと思ってね。知り合いの魔女同士で、飲み薬や栄養剤を交換したの。惚れ薬もあるって聞いたけど、シリル君には必要ないわね」
あやうく茶をふきこぼすところだった。グレンがふたりで家を出る、と宣言したのは少し前のことだ。だが良い部屋が見付からないこともあり、まだシュレンジャー家に住んでいる状態だ。咽せていると、サンドラが謝った。
「ごめんなさいね。ほかにも徹夜の仕事向けに作られた、眠くならない強壮剤もあるし、今元気を付けたい人向けの栄養剤もあるわ。大人用ならひと瓶服用ですって。失礼なことを言ったお詫びに、なんでも一つ差し上げるわ」
「ありがとうございます。じゃあ、最近仕事が続いていて体力が落ちているから、栄養剤のほうを頂きます」
サンドラから受け取った小瓶を一気に飲み干す。よほど砂糖が入っているのだろう、喉が熱くなるほど甘かったが、飲み口は悪くなかった。気のせいか、体が軽くなった感じもする。
「効いた……みたいです。ご馳走さまでした」
木々の隙間から差し込む木漏れ日が眩しくて、シリルは目を細めた。小鳥のさえずりが耳に心地いい。
今日はいい天気だ。身体が軽くなった気がする。こんな日は、勢いを付けて野を駆けたくなる。シュレンジャーの家までの道を、踊りたくなるような機嫌のよさで歩いた。
「ただいま、母さん」
「あら、どちら様でしょうか。グレンのお友達?」
「母さん、僕が分からないの? シリルだよ」
他人を見るような黒豹の母にたじろいだ。自分のことが分からない? 長年一緒に暮らしてきたのに、そんなことってあるだろうか?
「シリル君? ……そうね、山猫の姿になっているけど、声はシリル君だわ」
「山猫!?」
手を見ると、茶色い獣毛に覆われた五本の指が目に入った。
「もしかして、さっきからズボンの後ろがきついと思っていたのも……?」
と、おそるおそる手をやると、尻には長い尻尾が生えていた。二本足で立っているから、獣人ではあるようだが。
「僕、山猫の獣人になっちゃったの……!?」
頭を抱えていると、母の手が肩に置かれた。
「落ち着いて、シリル君。勝手に身体が変化することはないわ。なにか思い当たることはない?」
「ある……。白魔女のサンドラさんのところで、でどころのよく分からない栄養剤を飲んだんだ」
呻くと、「それね」と返ってきた。サンドラのところへ行くまではシュレンジャー家の食事しか口にしていなかったから、間違いないだろう。
「母さんてっきり、立派な山猫のお客さんが来られたのかと思ったわ。その姿も似合うわよ、シリル君。グレンに見せたら、惚れ直すんじゃないかしら?」
なぜか、母の声がうきうきとしている。いやな予感しかしない。
スッと差し出された鏡には、きょとんとした山猫の青年が映っていた。黒く濡れた鼻に、焦げ茶の瞳。耳の端からは獣毛が伸び、顔全体は縞模様に覆われている。
「白魔女さんなら、きっと元の姿に戻すやりかたを知ってるから、心配いらないわ。それより、ピンと伸びた頬髭や、尖った耳! シリル君が獣人になったら、こんなに素敵だったのね。一晩くらい、このままでいたらどうかしら?」
「い、いやだ。勘弁してよ。ハロウィンの仮装じゃないんだから、そんなに簡単に脱いだり着たり出来ないよ。すぐにサンドラさんの家に行ってくる」
「もったいないわねぇ」
入口に向かったとき、外側から扉が開かれた。
「グレン!」
グレンの瞳が一瞬見開かれ、すぐ我に返ったように礼をした。
「……お客さんでしたか。ごゆっくり」
部屋の奥へ向かおうとする雪豹の腕を取る。
「もう、僕だよ! シリルだよ」
「シリル!?」
驚きのためか、声を裏返らせたグレンが叫んだ。
「一体どうしたんだ、ハロウィンの仮装か? にしては、精巧な着ぐるみだな……」
肩や尻尾をしげしげと見つめ、撫でてくる。
「髭も違和感がない。こんな着ぐるみ、見たことないぞ」
そう言って、頬の髭を一本引っ張るので、思わず「痛いっ!」と叫んでしまった。グレンが目を瞬かせる。
「もしかして、本物なのか? ……シリルが獣人に変化したのか?」
「そ、そうだよ。白魔女の家で変な栄養剤を飲んじゃったんだ。すぐに戻って、元の姿にしてもらわなきゃ」
「なんだ、俺たちに合わせようとしてくれたんじゃなかったのか……」
あからさまにがっかりされる。
(グレンも母さんも、どこかで僕が獣人だったらよかったのに、って思っていたんだ……)
引き取られた頃は、シリルも一人だけ人間の姿が嫌だった。獣の姿になって、シュレンジャー一家に混じりたかった。だが、今はもう状況が違う。種族が違ってもグレンと結ばれたし、子供も作れると分かった。人間の姿を捨てずに、シュレンジャー家の立派な一員となれる日が来たのだ。
それなのに、獣の姿のシリルのほうがいいなんて。
「グレンは、山猫の僕が好みなの……?」
質問する声が震える。グレンがハッとした顔になった。
「母さんも、獣人のままでいいって言ったし……」
俯いたまま、いじけた考えを口にする。人の姿のシリルも、この家で大事にされていると思っていた。母や父、グレンに愛されていたと思っていた。それはシリルの勘違いだったのだろうか。
次の瞬間、身体に温かく重いものが体重をかけてきた。
「シリル君っ」
「シリル!」
「「ごめん!」」
「母さん、グレン……」
黒い毛並みと眩しく光る銀色に、息が苦しくなるほど抱きしめられる。
「二人とも、力が強すぎるよ。山猫の姿でも潰れそう……」
笑い飛ばしたいのに、さきほどまで胸がつかえていたせいで咳き込んでしまう。そのせいで、余計にふたりを心配させてしまった。
「シリル君、サンドラさんの家に行く前に、夕飯を食べていきなさい。きっと元のかわいい姿に戻れるから、安心して」
暖炉の前で、夕食が出来るのを待つあいだ、グレンがそばについてくれた。
「家に帰ってきてから、自分の身体が自分でないような気がするんだ。入れ物に中身が馴染まないっていうか」
「そうか。具体的にはどんな感じだ?」
「尻尾があるのを忘れて、扉に挟みそうになるし、耳がよく聞こえるようになって、少しの音でもびっくりしちゃう。あと、手に肉球が出来たでしょう。ものを持つとき、感覚が違うんだ」
「じゃあ、尻尾を意識して上下に振ることも出来ないのか?」
「うん。どうやるの?」
「そうだな、尻のあたりに力を入れると、尻尾の感覚が掴める。身体に沿わせたいときは腿のあたりを意識するな。尻尾は敏感な部分だ。一度コツが掴めたら、あとは気にしなくてもほかの部位とおなじように扱えるはずだ」
「お尻に力を……」
キュッと筋肉を締めると、尾てい骨のあたりになにかがあるのが分かった。目を閉じて集中する。
「そうだ、今尻尾に力が入ってる。そのまま、感覚を尻尾に移すんだ」
「尻尾に……」
尾てい骨のさらに向こうへと意識を移動させる。すると、そこも自分の意思で動かせる気がした。猫が尻尾を仕舞うように、腿に沿うように動かそうとする。
「グレン。僕、身体に尻尾をピタッと沿わせられてる……?」
「見てみろ」
おそるおそる、瞼を開ける。と、縞模様を描いた尾が脚に行儀良く添えられていた。
「やった……! ありがとう、グレン」
「よかったな、シリル」
肩を抱かれ、グレンが鼻同士をくっつけた。猫科の動物の挨拶だ。
「ふふっ。小さい頃、母さんやグレンたちがこうしているのを見て、憧れたっけ」
「それだけじゃないぞ、ほら」
頬の髭同士を擦り合わせたあと、口付けられた。短い舌が口の中に入って温かい。
「んっ、グレン……」
(知らなかった。猫科同士のキスは、まるで小鳥みたいだ。小さな舌を絡めるのって、気持ちいい)
ザリザリとした感触を楽しむ。唾液はさほど出ないが、口付けの甘さに陶然となる。気付くと、グレンが服の前ボタンを外そうとしている。それどころか、どうやって分かるのか胸の突起にふれてきた。
「や、だめ……っ」
まだ夕食前なのだ。いくらもうじき家を出る仲でも、居間で睦みあうわけにいかない。両手でグレンを押しのけ、シリルは立ち上がった。
「今はだめだよ。……母さんの手伝いをしてくる」
さっき教わった感覚を思い出し、去り際にグレンの肩を尻尾ではたく。パシッ、と小気味いい音がした。
「また、夜にね」
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