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新しい家族

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「ママ、今からお仕事?」

 朝の支度を整え、鞄に弁当を詰めていると、三歳になる息子にズボンの裾を引っ張られた。

「ごめんね、ルイス。もうすぐしたらおばあちゃんが来てくれるから遊んでもらってね」

 黒い毛並みをした豹頭の子供は空色の瞳を輝かせ、「うん!」と大きく頷く。

「僕、おばあちゃん大好き。大きくてフワフワしてて、僕と同じ黒い毛皮で、なんでも作ってくれるから!」
「そうだね、ルイスの格好良い毛並みはおばあちゃん譲りだね」

 漆黒の獣毛を撫でてやると、息子は目を細めて「うふふ」と誇らしげに笑う。

(どんな子が出来るか予想が付かなかったけれど、シュレンジャーの母さんそっくりの子が一番目に出来るなんて、すごい確率だったな)

 グレンと結婚すると報告したときに興奮していた母の弁舌を思い出したシリルは、苦笑を洩らす。

「なあに? クスクス笑って。……あ、パパ!」

 ルイスはまだ人型を取れない。獣人と人の混血種は少なく、すべての者がセスのように人型に変化出来るのか、分からないのだ。
 セスは仮住まいに侵入した一年後、広場で処刑された。シリルはその時身重で見物に行けなかったが、見届けたグレンが暗い顔をしていたから、厳かな死に方ではなかったのだろう。
 唯一の気掛かりは、この子がセスのような凶暴性を持ち合わせないかということだが、今のところそんな兆候は見られない。優しいグレンとの子供だから、杞憂なのかもしれない。

「パパ、おはよう!」

 グレンが食堂に姿を見せると、ルイスは父親にも愛想を振りまいた。

「あのね、今日おばあちゃんが来てくれるんだって。なにして遊ぼうかなぁ。パパも一緒に遊びたい?」

 あどけない息子の質問に、父の顔をしたグレンが同じ目線になり、くしゃっと子供の頭を撫でた。

「遊びたいが、もう仕事に行く時間だから、また今度な。ところでシリル、俺の腕時計どこかで見なかったか?」
「腕時計? たしか、洗面所の流しにあったと思うけど」

「そうか」と答えたグレンが、また部屋の奥へと消えて行く。すぐに「あった!」と叫び声が聞こえ、腕に時計を嵌めて戻って来た。

「よかった、どこかに落としてきたのかとヒヤヒヤした。ありがとう、シリル」

 そばに来たグレンが、頬に軽くキスを落とす。

「グレンったら、時計くらいで大げさだよ」

 ふふ、と笑いあう両親を、ぽかんと口を開けて見守っていた息子が「僕も!」と背伸びをした。

「ずるいよ、ママにだけ。ルイスにもちゅーして!」
「いいぞ、ほら」

 息子に甘いグレンが抱き上げ、頬に口付ける。ルイスがキャッキャとはしゃぎ、嬉しそうに部屋の中を走り回った。途中からひとり遊びが始まり、ぬいぐるみを持って会話をしている。しばらく見守っていたグレンが、真面目な顔でこちらを向いた。

「ルイスはまだ兄弟がいないからか、ひとりで遊ぶのが上手いな」
「僕もひとりっ子だったけど、こんなことしてたか覚えてないや。グレンは?」
「あまり小さな頃のことは記憶にないな。雪の夜に親父に連れられ、お前が現れたことからかな、ハッキリしているのは。憔悴しきっていた姿が、氷で出来た儚い人形のようだった」
「グレン……」
「父に紹介されたとき唸ってしまったけれど、あの時は照れていたんだ。キノコの種類を教えてくれると言われて、嬉しかったのを覚えている。……シリルと出会った雪の日に、俺の人生は始まった」
「僕はシュレンジャー家に来て、グレンや父さん、母さんに大切にしてもらった。運が良かったんだね」

 子供に見えないよう、ふたりの陰で手を握られる。その手に力が籠められた。

「お前の笑顔がもっと見たい、シリル。この世で一番幸せにしてやりたい」
「ありがとう、グレン。……そうだね、じゃあリクエストしていい? ルイスの弟か妹が欲しいな」
「お安いご用だ」

 言い終わったグレンに抱きしめられ、口腔内を熱く舐られる。

「ん、だめ。ルイスが近くに……」
「大丈夫だ、ほら」

 なにが、と周りを見ると、グレンの片手で目隠しをされたルイスが足元にいた。

「なにも見えないよ。パパ、ママ、どこにいるのー?」

 けらけら笑う子供とウィンクする夫を交互に眺め、シリルは「困ったパパだね」と苦笑した。
 パタン、と玄関の扉が開かれた。黒豹の母が大きく手を広げている。

「おはよう、シリル君、グレン。遅くなってごめんなさい、出勤の時間ね。ルイスちゃん、おばあちゃんよ」

 母に抱きしめられるルイスを見て安心したふたりは、「じゃあ、ルイスを頼みます」と言い残し玄関から一歩踏み出した。

「パパ、ママ、いってらっしゃい!」

 愛する我が子がブンブンと大きく手を振る。

「行ってきます」

 両親を失い、悲しみに暮れた日々はもう遠い昔だ。これから自分には、もっと大きな幸せが待っている。差し伸べられる白い手を握ったシリルは、朝陽の眩しさに目を細めた。
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