寵童の初恋~後宮で恋をする~【完結】

きよにゃ

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花嫁のお披露目

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「ジャミル様、シトラスの香水を塗りますね。髪は結い上げますので、じっとしてください」
「随分念入りなんだな」

 世話係のネリや下女達が、柑橘系の香水を俺の髪や背中に塗っていく。

「そりゃあ、ジャミル様が伴侶だという報告も兼ねた新年会ですから! 内々とはいえ、張り切って綺麗にしないと。ねぇ、マリ」
「ええ。この家の総力を上げて綺麗にしなくちゃですわ」

 この国は暦の関係で、真夏が新年だそうだ。俺は隣国でのおたずね者だから、秘密を守れる友人にだけ紹介したいと開かれるのが今日の新年会だ。
 薄着になりたいのに、花嫁が着るような上着を掛けられて、汗が噴き出てしまう。結婚式をまねているから、聖なる泉から取った水で沐浴できたのは幸いだった。

「着付けは進んでる? お客さんが集まって来てるから……」

 ケイルが部屋の入り口から顔を見せた。

「あとはお化粧の仕上げだけですわ。……どうかされました?」
「驚いた。以前踊り子の格好をしたときも軽く化粧をしてもらったけれど。……見違えたよ」

 安堵したような、優しい表情を見せられ、自分の容姿でケイルをこんな顔に出来るんだ、と嬉しくなった。

「ありがとう、ケイル」

 返事をした俺の頬も緩んでいたかもしれない。

「さあさあ、楽しみなのは分かりますけど、旦那様は広間で待って下さい。用意ができたらお知らせしますから」
「そうです。ジャミル様の顔が赤くなって、お化粧が進みませんから」

 顔も赤くなっていたか、と恥ずかしくなる。俺の顎を上げたマリに「そんな涙目になると、アイラインが流れてしまいます」と注意されながら、ヴェールを着けて着付けを完了させた。

「おお、ケイルの大事な少年が現れたぞ!」

 ケイルに手を引かれ、広間に向かうと、主席を上座にし、五人ほどの客が長椅子で寛いでいた。

「お待たせしました。僕の愛する少年、ジャミルです。ジャミル、僕の信頼出来る友達だよ」
「ケイルの伴侶になりました、ジャミルです」

 会釈をすると、場がどよめく。なんだ? 失礼なことでもしたか? と思っていると、新種のキノコでも見つけたような顔の客が俺たちに近付いてくる。

「聞いてはいたが、綺麗な子だなぁ! 俺にも少年はいるが、うらやましいよ」
「肌なんて透けるようだし、目立つ美形だ。……秘密はちゃんと守るから、安心してくれ」
「うん、頼むよ皆」

 宴会は、ケイルと友達の会話で進んでいった。時折、俺にも気を遣うのか話を振られるのだが、ギリシャのことはほとんど分からないからあまり答えられない。話半分に相槌を打り、ギリシャ料理を楽しんでいると、酔いの回った客がこんなことを言い出した。

「では、ケイルとジャミル君にお互いの一番好きなところを言ってもらおう」
「えっ……」

 急に言われても、返答に困るような質問だ。俺が頭をひねっていると、隣に寝ていたケイルが微笑みながら答えていた。

「ジャミルの好きなところね。……自分以外の人を思いやるとことかな」
「そうか、綺麗な上に思いやりもある子なんだな」
「即座に答えられるなんて、さすが年長者だな」

 周囲が笑顔になって、ケイルはすごいと思った。俺も、老王のもとではこういうやり取りをしていたけど、あれは演じていたから出来た。今は本音で生きているから、頭が真っ白になってしまうだけだ。

 ケイルの好きなところ。

 物腰が柔らかいところ。初めて会ったとき、俺の寝不足を心配してくれた。実はずっと前に会っていて、俺を老王から救いだしてくれた。
 無鉄砲なところも、のんきなところも……、みんな好きだ。

「じゃあ、ジャミル君はどうだい?」
「一番なんてつけられない。好きなところがたくさんあるから」

 答えると、シン……、と辺りが静まり返った。俺に尋ねた男が、額に手をあてている。
 なんだ、変なこと言ったか?

「あはは、まいったな。最大の惚気だ」
「ああ。いい子を少年に持ったな、ケイル」

 さきほどよりも、場がほぐれた感じがする。ホッとした俺がケイルの方を向くと、浮かない顔をしていた。

「ケイル……?」

 どうしてだろう。笑いは取れたのに、ケイルの表情が暗い。
 玄関でケイルと二人並んで客を見送り終えると、ドッと疲れが出てしまった。気を張っていたのか、妙に肩が重い。

「今日は、俺の紹介で新年会を開いてくれてありがとうな、ケイル。俺、化粧落としてから寝るから……」

 部屋に向かおうとする腕を、ケイルが掴む。曇った表情をしている。

「ジャミルは、一番好きなところがすぐに挙げられないほど、僕のことを好きじゃないの……?」
「す、好きだ。たくさんあるから、すぐに出てこなかっただけだ」
「ほんとう? ……ベッドで確かめてもいい?」
「え……」

 よそ行きの顔を保っていた反動か、宴会の疲れか、今それ言う? と固まっていると「やっぱり、好きじゃないんだ」とケイルの顔が暗くなる。俺は腹を括った。

「分かった、一緒に寝よう。厭っていうほど、お前の好きなところを挙げてやる!」


 ケイルの寝室で、薄いヴェールを外される。まだ自信がなさそうな顔をしている。

「好きなところ一個目。話し方が丁寧で、物腰が上品なところ」

 途端にケイルの表情が、朝陽のように明るくなる。

「嬉しい、ジャミル」

 そう言うと同時に、横抱きに持ち上げられた。「自分で歩けるって」と制止する俺の言葉を笑顔で無視し、寝台の上にそうっと横たえられる。

「綺麗な花嫁衣装だけど、もう必要ないよね」
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