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ジャミルの告白
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ひときわ大きな木の根元まで来ると、ケイルは足を止めた。
「さ、この周りだけ草むしりしちゃおうか。嘘を真実にするためには、実行あるのみだ」
「え?」
「ジャミルも、帽子取ってきなよ。綺麗な肌にシミが出来ちゃうよ?」
「帽子なんて、持ってない」
「仕方ないなぁ」
ケイルがかぶっていたつばの広い麦わら帽子を被せてくれる。
近くにしゃがんで、同じように雑草を抜いてゆく。最近雨が降らなかったせいか、草たちはしっかりと根を張っていた。
同じ姿勢で草を引いていると、あちこちが痛くなってきた。腰と、膝から下が痺れてくる。ついに我慢出来なくなり、地面に足を放り出した。
「もう無理。疲れた!」
「体力ないなぁ」
ケイルは、俺が投げ出すのを予想していたみたいに笑っている。
「踊りなら、何時間でも踊ってられるんだけどな」
「へえ、得意なんだ」
「まあな。人に教えられるほどだって先生が言ってくれた」
舞踊を習い始めたのも、王に気に入られるためだった。王の情けない姿を思い出して、息を吐く。
「……ゆうべも王のお守りだったんだ。眠れない、そばにいてくれって言われた」
「お勤めお疲れ様。小さいのに働いて偉いね」
草を抜く手を止め、俺の頭を帽子ごと、ポンポンとしてくれる。
―子供扱いするな、と言おうかと思ったが、帽子ごしにふれられると、心地がいい。出会って数日しか経っていないけど、こいつといると楽しいし、ホッとする。ケイルになら、だれにも話さなかった弱みをさらけ出していい気がした。
「……少し、話していいか? 聞いてくれるだけでいいんだ」
「いいよ。他言はしません、月夜の君」
プチプチ、と草をむしる音が定期的に聞こえてくる。いつもと同じように仕事しているみたいだ。
――よかった。こいつなら、余計な詮索をせず聞いてくれるだろう。
「俺は孤児の出身でさ。大酒飲みの主人に雇われて、ここに来たんだ。王の機嫌を取れ、そして奴を出世させろって」
「うん」
「俺は王の気に入りになって、主人は高い役職についた。それでお役御免かと思ったけど、今度は王の調子が悪くなってきた」
「……それは厄介だね」
「後宮にいる者なら、皆知ってる。もう王は丸一日も正気を保てない。政治だって、周りに控えている側近の言葉を繰り返してるだけだ。操り人形と同じだ」
もう一年くらい、危うい状態を保っている。市民の反乱で一気に悪化した。じきに自分のことも分からなくなるだろう。
その時のために、身の振り方を考えなければいけない。王と共に運命を共にするか、見切りを付けて逃げ出すか。
――だが、心のどこかで、あんなに頼りない老人を放り出していいのだろうか、とも思う。俺が今、のうのうと後宮で暮らしているのも、王のおかげなわけだから。
あれでも、俺の人生を変えてくれた恩人なのだ、置いて行っていいのだろうか。
「……つらいね。何年か仕えてたんでしょう?」
心配そうな声に、グッと胸を突かれた。なんでこいつには、俺の気持ちが分かるんだろう。
「元気だった頃のことを思うとな。……でも、そんな王を憐れだと思うよりも、自分がこの先どうなるかのほうが心配なんだ。世話になったのに、俺は自分のほうが大事なんだ」
それは確かだった。どんなに恩を感じようが、王と心中するつもりはない。俺は彼の身内ではないし、愛してもいない。ただ、良心が痛むだけだ。
「ジャミル。人は綺麗ごとだけでは、生きていけないよ」
スッ、と立ち上がり、俺に手を差し伸べてくる。
「きみが王と共に生きていこうとするなら、話は別だ。だけど、きみにはきみの人生がある。壊れかけた王のために、人生を棒に振る必要はない」
「ケイル……」
真剣な顔をするから、差し伸べられた手を握った。すると、グッと力を入れて引き上げられた。
目の前にケイルの顔がある、と思った瞬間、ふにっ、と柔らかいものが唇に当たった。
――キスだ。
「な、なにをっ!?」
「――好きだよ、ジャミル。初めて会ったときから、きみに恋していた」
真剣な顔は嘘を言っているようには見えない。
ケイルも同じ気持ちだったと分かって、知らず頬が緩んでしまう。胸が痛いのは、感情が高まりすぎているからかもしれない。それなのに、俺が返したのは蚊の泣くような声だった。
「ありがと……」
俺も好きだと伝わっただろうか。分からなくて、手を強めに握る。そんな俺を励ますように、ケイルは力強く握り返してくれる。
「僕と一緒に後宮から出よう。これ以上、ここにいちゃいけない」
「だ、だってさっき言っただろ。王を見捨てろって言うのかよ」
「そうだ。僕との未来を望んでほしい。きみは賢いから、余計なことまで考えてしまうんだ。だけど、王様にはほかにも、世話をする人がいるだろう? 彼らに任せたほうがいい。きみが幸せにならないと、僕は困る」
「こ、困るったって……」
視線をはずそうとする俺の顔を、ケイルの手が正面へと向かせる。その瞳は切ない光をたたえていた。
「僕を……、僕だけを見て。一日中きみのことを考えてる」
答える前に、啄むようなキスが降ってきた。頬へ、閉じる瞼へ。逃げる俺を追うように、いくつもの口付けが降り注ぐ。
「あ。……あっ! や、ケイル……っ!」
肩に手をおかれ、もう逃げることもできなくて、変な声が出た。
すると、ピタリとキスが止まった。顔を上げると、ケイルが眉を下げ、なにかに打ちのめされたような表情をしている。
「……いやなの?」
「! い、いやなわけじゃっ」
ない。俯いてそう答えると、次の瞬間、鍛えられた胸に抱きすくめられていた。
「よかった。……ジャミルに嫌われたかと思った」
心底安堵した声を聞いて、俺の胸がキュウウ、と甘く引き絞られる。
ちくしょう。泣き落としなんてずるい。
観念して、俺は自らケイルに唇を寄せていた。
「さ、この周りだけ草むしりしちゃおうか。嘘を真実にするためには、実行あるのみだ」
「え?」
「ジャミルも、帽子取ってきなよ。綺麗な肌にシミが出来ちゃうよ?」
「帽子なんて、持ってない」
「仕方ないなぁ」
ケイルがかぶっていたつばの広い麦わら帽子を被せてくれる。
近くにしゃがんで、同じように雑草を抜いてゆく。最近雨が降らなかったせいか、草たちはしっかりと根を張っていた。
同じ姿勢で草を引いていると、あちこちが痛くなってきた。腰と、膝から下が痺れてくる。ついに我慢出来なくなり、地面に足を放り出した。
「もう無理。疲れた!」
「体力ないなぁ」
ケイルは、俺が投げ出すのを予想していたみたいに笑っている。
「踊りなら、何時間でも踊ってられるんだけどな」
「へえ、得意なんだ」
「まあな。人に教えられるほどだって先生が言ってくれた」
舞踊を習い始めたのも、王に気に入られるためだった。王の情けない姿を思い出して、息を吐く。
「……ゆうべも王のお守りだったんだ。眠れない、そばにいてくれって言われた」
「お勤めお疲れ様。小さいのに働いて偉いね」
草を抜く手を止め、俺の頭を帽子ごと、ポンポンとしてくれる。
―子供扱いするな、と言おうかと思ったが、帽子ごしにふれられると、心地がいい。出会って数日しか経っていないけど、こいつといると楽しいし、ホッとする。ケイルになら、だれにも話さなかった弱みをさらけ出していい気がした。
「……少し、話していいか? 聞いてくれるだけでいいんだ」
「いいよ。他言はしません、月夜の君」
プチプチ、と草をむしる音が定期的に聞こえてくる。いつもと同じように仕事しているみたいだ。
――よかった。こいつなら、余計な詮索をせず聞いてくれるだろう。
「俺は孤児の出身でさ。大酒飲みの主人に雇われて、ここに来たんだ。王の機嫌を取れ、そして奴を出世させろって」
「うん」
「俺は王の気に入りになって、主人は高い役職についた。それでお役御免かと思ったけど、今度は王の調子が悪くなってきた」
「……それは厄介だね」
「後宮にいる者なら、皆知ってる。もう王は丸一日も正気を保てない。政治だって、周りに控えている側近の言葉を繰り返してるだけだ。操り人形と同じだ」
もう一年くらい、危うい状態を保っている。市民の反乱で一気に悪化した。じきに自分のことも分からなくなるだろう。
その時のために、身の振り方を考えなければいけない。王と共に運命を共にするか、見切りを付けて逃げ出すか。
――だが、心のどこかで、あんなに頼りない老人を放り出していいのだろうか、とも思う。俺が今、のうのうと後宮で暮らしているのも、王のおかげなわけだから。
あれでも、俺の人生を変えてくれた恩人なのだ、置いて行っていいのだろうか。
「……つらいね。何年か仕えてたんでしょう?」
心配そうな声に、グッと胸を突かれた。なんでこいつには、俺の気持ちが分かるんだろう。
「元気だった頃のことを思うとな。……でも、そんな王を憐れだと思うよりも、自分がこの先どうなるかのほうが心配なんだ。世話になったのに、俺は自分のほうが大事なんだ」
それは確かだった。どんなに恩を感じようが、王と心中するつもりはない。俺は彼の身内ではないし、愛してもいない。ただ、良心が痛むだけだ。
「ジャミル。人は綺麗ごとだけでは、生きていけないよ」
スッ、と立ち上がり、俺に手を差し伸べてくる。
「きみが王と共に生きていこうとするなら、話は別だ。だけど、きみにはきみの人生がある。壊れかけた王のために、人生を棒に振る必要はない」
「ケイル……」
真剣な顔をするから、差し伸べられた手を握った。すると、グッと力を入れて引き上げられた。
目の前にケイルの顔がある、と思った瞬間、ふにっ、と柔らかいものが唇に当たった。
――キスだ。
「な、なにをっ!?」
「――好きだよ、ジャミル。初めて会ったときから、きみに恋していた」
真剣な顔は嘘を言っているようには見えない。
ケイルも同じ気持ちだったと分かって、知らず頬が緩んでしまう。胸が痛いのは、感情が高まりすぎているからかもしれない。それなのに、俺が返したのは蚊の泣くような声だった。
「ありがと……」
俺も好きだと伝わっただろうか。分からなくて、手を強めに握る。そんな俺を励ますように、ケイルは力強く握り返してくれる。
「僕と一緒に後宮から出よう。これ以上、ここにいちゃいけない」
「だ、だってさっき言っただろ。王を見捨てろって言うのかよ」
「そうだ。僕との未来を望んでほしい。きみは賢いから、余計なことまで考えてしまうんだ。だけど、王様にはほかにも、世話をする人がいるだろう? 彼らに任せたほうがいい。きみが幸せにならないと、僕は困る」
「こ、困るったって……」
視線をはずそうとする俺の顔を、ケイルの手が正面へと向かせる。その瞳は切ない光をたたえていた。
「僕を……、僕だけを見て。一日中きみのことを考えてる」
答える前に、啄むようなキスが降ってきた。頬へ、閉じる瞼へ。逃げる俺を追うように、いくつもの口付けが降り注ぐ。
「あ。……あっ! や、ケイル……っ!」
肩に手をおかれ、もう逃げることもできなくて、変な声が出た。
すると、ピタリとキスが止まった。顔を上げると、ケイルが眉を下げ、なにかに打ちのめされたような表情をしている。
「……いやなの?」
「! い、いやなわけじゃっ」
ない。俯いてそう答えると、次の瞬間、鍛えられた胸に抱きすくめられていた。
「よかった。……ジャミルに嫌われたかと思った」
心底安堵した声を聞いて、俺の胸がキュウウ、と甘く引き絞られる。
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