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庭師との出会い

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「ふあぁ。眠い……」

 王のお召しがあった翌朝、あくびをしながら列柱回廊を歩く。
 後宮で王に呼ばれたからといって、ずっと睦み合っているわけじゃない。特に俺が仕える王は、働き盛りを過ぎて壮年に突入している。
 昨夜は一回挿入しただけで終わり、あとは「暗がりが怖いからそばにいてくれ」と子供のようなことを言われた。もう、老人のお守の域に達しているんじゃないだろうか。
 俺も最近はなかなか眠れないからいいんだが。

「なにか食べるもの、実になってるか……?」

 回廊に囲まれた中庭に足を踏み入れ、つぶやいた。この中庭には、林檎やアケビ、オリーブなど、食べられる植物が多く植わっている。
 王の寵愛厚い俺は、なにを食べても咎められたことがない。朝食もまだだから、なにか口にしたい。
 小さな実を摘まみ口に含むと、鋭い声が飛んできた。

「食べちゃいけない! それには毒がある」

 振り返ると、やけに背の高い男が俺の背後にいた。肩までの金茶色の髪をゆるく後ろで縛っている。年は二十歳くらいに見えた。

「毒?」

 そんな危険なもの、植わっていただろうか。半信半疑だったが、男があまりに心配そうな顔をするので、実を吐き出した。

「毒があるなんて知らなかった。鳥も食べてるし、美味そうだけどな」

 ちょうど、小鳥が実を啄む姿を顎でしゃくると、男が信じられないように凝視した。

「そんなはずは……」

 おもむろに新しい実を千切り、口に含む。

「お、おい。毒なんじゃないのか?」
「違った……。僕の知ってる樹とそっくりだから、てっきり毒の実かと……。でも、別の樹だ」
「なんだ、勘違いか。じゃあ、俺も頂くぜ」

 手を伸ばして赤い実を摘み、口に含む。甘酸っぱい味がする。

「美味いじゃないか、人騒がせだな」
「申し訳ない……。ここは僕のいたところと、生えてる植物も違うようだ。勘違いしてしまった」

 よく見れば男は、長い布を巻き付けて着るトガも、あまり似合ってない。異国の者だろうか。

「ギリシャから庭師として来たばかりなんだ。僕はケイル。きみは?」
「ジャミルだ。月夜の君、とも呼ばれている」

 肌が小麦色なのは、庭師なせいか。肩や胸の筋肉が盛り上がっていて、男らしい立派な体躯だ。細いだけの貧相な体を隠したくなって、木の陰に入る。

「月夜の君? ……王の寵童でしたか」

 サッ、と膝を付かれた。

「失礼しました。ご無礼をお許しください」
「いいよ、あんた年上だろ。敬語はやめてくれ。ご大層な身分でもないしな。ゆうべなかなか眠れなかったから、部屋に戻る」

 あくびをしながら、手をヒラヒラ振った。
 ここしばらく、熟睡出来た記憶がない。眠っても、すぐに覚醒してしまう。本を読んだり、羊を数えたりしたけど、一向に効かない。運動をするべきだろうか。

「もしかして、寝付きにくいの? 目に隈が出来てる」

 ケイルの話し方がもとに戻ったのが、意外だった。たいていの奴は、もとに戻らなかったり、あからさまに態度を変えたりするからだ。

「……ああ。最近は夜明けまで眠れない」
「そう。ちょうどよかったって言うのも変だけど、ハーブ茶を持ってきてるんだ。きみに合うものがあれば、ご馳走するよ」
「いいのか? そんなに高価なものを」

 ハーブ茶は珍しく、なかなか手に入らない。俺は王のお気に入りだが、欲しいものをねだって買い与えてもらうのは主義に反するからしない。
 もしかして、俺に取り入るためだろうか。そう考えたとき、キュルルル……、と腹の虫が鳴った。

「ふふ、気にしないで。きみの口に入る実をひとつ無駄にしたお詫びだよ」

 手を口元にやったケイルがクスクスと笑うので、顔が熱くなる。しかも、腹の虫はなかなか収まらない。
 格好悪い。王の一番の気に入りと言われる「月夜の君」らしからぬ音を出すなんて。

「そんなに笑うなよ」
「ごめん。動物の鳴き声みたいだったからつい……面白くて」

 ククッと、笑うのを抑えている。
 俺の機嫌を取ろうと思っているのなら、こんなに失礼なことはしないだろう。こいつはたぶん、なにも考えていない。素直に好意を受け取ることにした。

「茶をもらう前に、腹ごしらえさせてくれ。いいか?」


 あまり人を招いたことのない自室で、食事を済ませてから茶を見せてもらう。俺の部屋は殺風景だが、ケイルは気にしてないようだった。
 大きな籠に入った茶をいくつか嗅いで、花と林檎が混じった香りのものを選んだ。ポットを女官から借りたケイルが、湯を注いでくれる。

「眠れないのは、神経が興奮してることが多いんだ。温かいお茶を飲んで、リラックスさせてあげれば、筋肉がほぐれて眠りやすくなる。軽い運動もしてみるといいよ。……どうぞ、出来たよ」

 やはり運動はしたほうがいいのか。医師みたいなことを言うな、と思いながら差し出されたカップを受け取る。

「口に合いそう?」

 目が合うとにっこり微笑まれ、なんだか高級女官に接待されているような気になる。
 こいつは自分を庭師だと言うが、医師や薬師のほうがよほど似合う。人を警戒させない雰囲気があるのだ。
 調子が狂う。
 ギリシャの貴族のもとで、家族同然に仕えてきたのだろう、と思いコップを呷った。

「美味い。……ありがとう」

 あたりに林檎の香りが充満するうちに、瞼が落ちてきた。

「運動は今度、する……。もう寝かせてくれ」
「どうぞ。これと同じお茶を何個か置いていくね」

 一刻も早く寝台に潜り込みたい。ケイルからいくつか茶を受け取り、フラフラと寝室に向かった。
 うとうととしていたら、ケイルの笑顔が頭に浮かんできた。
 上品なギリシャの庭師。変わった奴と知り合いになった。

 昼過ぎに目が覚めると、頭がすっきりしていた。
 ハーブ茶のおかげで、久々にぐっすり眠ることができた。ケイルに感謝するしかない。

「でもあいつ、……急に現れたな」

 庭師が入れ替わることなど知らなかったが、王に気に入られている俺とコンタクトを取ってくる奴の身元は洗うことにしている。
 あの間抜けっぷりから、スパイや盗賊という線はないだろうが、一応調べる必要がある。
 パンと柏手を打つと、影のような浅黒い肌の奴隷が現れた。耳には大きな金の飾りを着けている。

「お呼びですか、月夜の君」
「ああ。……調べてほしいことがある」
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