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⑧
しおりを挟むそれから数日後、ある一つの伯爵家が取り潰される事になる。
脱税の記録が残された帳簿が見つかったからだ。それを芋蔓式に王家への王家転覆を企てる計画が明るみになった。
第一王子の指揮の元、この計画に加わった貴族を洗い出した。この時の手腕は民の間でも話題になり、第一王子が国王の座を引き継ぐ事を望む声が高まったと聞く。
ジェフリー殿下はと言えば、コリンに騙されているフリをして誰が糸を引いているか探っていたと言う事になっている。
まあ、殿下に近しい人間はそれが真実では無いと知っているわけだけど。
ただ愚かな王子とするより都合が良かっただけだ。
それにこのポンコツを育てるのも、今後期待されている俺の役目だからな。
「リオン様、本日はどちらへ?」
まあ、この側近は納得していないようだけど。
かつて温室で俺が本心から傷ついた事も、あの夜俺が何をしたかも知っているから。
「服を買おうかと思って」
「服?」
「そう。この前のは駄目にしたから新しい物を」
今の俺は平民らしく質の落ちた服をまとい、顔が隠れるローブを纏っている。側近も似たような装いだ。
こんな格好をしている理由は一つ。ある物を買う為。
俺は大通りから少し外れた場所にある少し寂れた店を訪れた。
「ここ、は?」
側近の声が驚きに揺れる。
何を隠そうこの場所はアダルトグッズを扱う店だ。コリンの一件から、この国の性的な事への耐性の低さが問題に挙げられた。
その対策の一つが、こうした玩具を販売し少しずつ生活に馴染ませると言うものだ。
男性器を模した貼り型に、バネを緩くした小ぶりのクリップ、異国の衣装など幅広く取り揃えている。そしてその中の一つに、俺がこの前身に纏った童貞を殺すセーターも含まれている。
これは看板商品で、店の一番目立つ場所にマネキンが纏った状態で販売されている。
アダルトグッズの店が王家公認と言うのもなんだかおかしいが。
「前回は白だったからなぁ、赤とかどうかな?」
そう言ってハンガーを一つ手にとって振り向けば、側近は顔を真っ赤に染めていた。
「えっ?」
「ッ、良くお似合いかと」
あの夜はしれっとすましていた顔が今は動揺を隠しきれずにいる。
側近もやはりこの国の人間だったらしい。
俺はむくむくと湧く悪戯心に促され、セーターを手にしたまま一歩側近との距離を近づけた。
「側近がそんなんじゃ、また狙われちゃうな。今度この服着てあげようか?」
ほんの冗談だ。
俺にはジェフリー殿下がいるので浮気なんてしない。ただ鉄仮面が崩れた側近の姿が面白かっただけ。
「それならその時は私も"どうていをころすころも"とやらを纏いましょう」
いつのまにか元の肌色を取り戻した側近は、鉄仮面に相応しい無表情っぷりでそう言った。
「は、ーーーあはははっ!」
真面目な顔をしてそんな事を言われて笑わずにいられようか。
一回り以上大柄な側近と俺が童殺セーターを着て真面目に向かい合っている姿を想像したらもう駄目だった。
まあ俺もまだ童貞と言う括りにぎりぎり含まれる気がするし、側近に殺される可能性がない事もない。
「リオン様、先程のような事を気軽に口にしてはいけませんよ。勘違いするような輩がいるやもしれません」
「分かってるよ。ほんの冗談だ」
俺は笑いをなんとかおさめると、手にしたセーターを支払いに向かう。
「えっ、この服!」
「どうされました?」
「ううん、なんでもないよ!ただ僕の世界にあるセーターのデザインに似てたから」
不意に聞こえてきた会話に、そっと視線を向ける。
そこには剣を背中に背負った青年と黒髪の少年がいた。二人とも戸惑った表情を浮かべているので、この店が"そう言う店"だと知らずに入ったのだろう。
俺は店員に多めの金額を支払うと、このセーターと同じ物を彼らに渡すよう伝える。
側近から不思議そうな視線を向けられたがそれを無視し、丁寧に包まれたセーターを受け取った。
「先程の二人はお知り合いですか?」
「さあね、知ってるけど知らない」
「はあ」
重要なイベントを奪ったんだ。
これくらいしても良いだろう。さしずめ俺は二人の関係を後押しするキューピッドと言ったところか。
俺はセーターをぎゅっと胸に抱くと、ジェフリー殿下の姿を思い浮かべ帰路を急いだ。
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