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四
しおりを挟む柚木さんは俺の告白に目を見開くと、僅かに逡巡し頷いた。
「分かった。付き合おう」
「へっ」
その返答までの躊躇いの無さに今度は俺が声を上げる番だった。告白し玉砕するまでがセットだと考えてた俺の予想は外れ、柚木さんの言葉を理解するまで時間が掛かる。
付き合おう。
確かにそう言った。
俺の姿を真っ直ぐ見据えてくるその目に戸惑いなんてありはしない。普通ならただの後輩、それも俺のような男に突然告白されればもっと動揺するものだろう。それとも柚木さんにとって付き合う事へのハードルが著しく低いのだろうか。
そして告白しておいて何だが、俺の告白を受けてくれたと言う事は付き合っている相手はいないわけだ。こんな状況だがその点に関しては嬉しい事実だった。
柚木さんは女子にモテる。
顔も綺麗に整っていて身長も低く無い。それに営業成績も良く、今後は順調に昇格していくだろうと女子社員は話していた。そんな高嶺の花とも言えるような柚木さんが、俺の告白に首を振ったと言うのか。
俺の願望が作り出した夢を見ているのでは。
「ちょ、もっと悩むとか、本当に本気ですか?」
「ああ。それがお互いにとって最善だと思う」
柚木さんは真面目な顔をして頷くと、胡座をやめ徐に立ち上がった。転がっていたバケツを手に取ると俺の隣、正確には俺の隣に生えているちんこの元へ移動した。
手にしたバケツをそれに被せれば、それは呆気なく姿を隠す。
「俺の部屋に突然これが現れたのは、お前がその神社で俺と付き合いたいと願ったから。それなら俺たちが付き合えばこれも自然と元に戻るはずだ」
その言葉に、先程まで浮かれていた気持ちが下降する。
柚木さんにとって俺と付き合う事は元の部屋を取り戻すための手段に他ならないと言う事に。平穏な一人暮らしを取り戻す為身体を張ると言うわけだ。
「今この瞬間から俺とお前は恋人同士だ」
沈んだ内心は、しかし恋人同士と言う言葉に浮上する。
そうだ。本当なら告白して振られるはずだった。それがこうして付き合えるに至ったのだから、落ち込むにはまだ早い。この部屋にちんこが生え続ける限り柚木さんと恋人であり続けられるかもしれないのだから。
「はい、柚木さん」
「それにしても、付き合うだけじゃ消えないな」
「そうですね、他に条件があるんでしょうか」
そう言ってから、他の条件への妄想が一瞬で脳裏を駆け抜ける。
恋人同士でやる事と言えばデートをし、手を繋ぎ、キスをする。
そして最後にはベッドインーーー。
怒涛の勢いで巡った妄想をかき消し、俺は思考を振り払うように立ち上がった。
「そ、そうだ。神社へ行ってみましょう」
「ああ、お前が行ったって言う」
「はい。SNSでたまたま知ったんですけど、この辺りに小さな神社があって」
願いが叶ったらお礼参りに行くべきだろう。あの時は数十円の賽銭を投げただけだが、今度はきちんとした金額を入れたほうが良いに違いない。
ここでケチって別の祟りが起きるかもしれないし、そんな事考えるだけで恐ろしい。
「それは良いけど、この辺りに神社なんてあったか?」
「小さかったので、気付かれなかったのかも。俺も一昨日初めて知りましたし」
「んー、そう言うならそうか。そんなに小さな場所なら確かに意識してなきゃ気が付かないかも。でもそれは明日にしよう。もう一時過ぎてるし」
「あ、それもそうですね」
腕時計で時間を確認すると、確かに針が一時を差していた。
よく考えなくても柚木さんと会った時には既に日付を跨いでいたし、今から神社に向かうには遅すぎる。休みの日ならまだしも、まだ明日も仕事があるのだから。
「明日仕事が終わったら俺の部屋に集合しよう。お前明日は残業になりそうか?」
「えーと、急ぎの仕事はそんなに無かったはずです。追加の仕事次第かと」
「分かった。んじゃ一応これ渡しとくわ」
そう言って渡されたのは鍵だった。最近SNSで話題となっている漫画のゆるきゃらキーホルダーが付けられている。ゆるくて可愛い絵柄のわりにシビアな世界観とシュールな要素もありそこが受けているキャラクターだ。俺も時々漫画を追っている。
「これって」
「この部屋の鍵。もし俺より早く仕事終わるならこれ使って入って」
「そんな俺に渡して良いんですか?」
「大丈夫。悪用なんてしないだろ?それに付き合うわけだし合鍵渡しても変じゃないだろ」
躊躇い受け取ろうとしない俺に焦れたのか、柚木さんは俺の手を取ると強引に鍵を握らせる。節の目立たない細身の指が触れ、小さく胸が高鳴る。
「多分明日は俺の方が遅くなりそうだし、飯でも食って待っててくれよ」
「は、はい」
にこりと笑う柚木さんの表情には俺への信頼が込められている。鍵を使って俺が変な事をしないと信じられているのだ。その思いは嬉しいが、他人への警戒心が薄く喜び以上に心配が勝る。
もし俺が悪い人間ならこの鍵を使ってさらに合鍵を作るし、盗みを働いたり盗聴器だって付けられる。
柚木さんへの想いを拗らせていれば全然あり得ない話じゃない。
「あの、誰にでもこうして鍵とか渡すんですか」
「え?いや、流石にいつもこんな風に渡さないよ。人はちゃんと選んでるって」
その言葉に安心するのと同時に、俺だから信じられていると言う事実に顔が熱くなる。
嬉しい。
後輩として可愛がられている自覚はあった。俺に対し恋愛感情を持たない事は分かっているが、それでも俺が思う以上に柚木さんはわりと特別視してくれていたのでは無いだろうか。
「そ、そうですか」
「そうそう」
軽いテンションの柚木さんは分かっていないだろう。向けられる信頼が、どれほど俺を喜ばせているか。
口元が緩むのを堪えながら俺は鍵をぎゅっと握ると、ズボンのポケットへ突っ込み立ち上がる。
「じゃあそろそろ帰ります、また明日」
「は?」
「え?」
「いや、遅いし泊まっていけば良いだろ」
きょとんと俺を見上げる柚木さんは、そう言って本日何度目かの爆弾を投げかけた。
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