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家に帰ると、部屋の中央にちんこが生えていた。


何を言ってるか分からないだろうが、俺も分からない。
社会人四年目となり貯金も程々に貯まり、先月から一人暮らしを始めた。よくある1Kのマンションで、大きめのクローゼットがある為ベッドとローテーブル、テレビくらいしか家具は置いていない。
ベージュ系で揃えたシンプルな部屋に、グロテスクなその存在はおかしな程浮いている。

朝部屋を出た時はなんの変哲もない部屋だったはずだ。誰かが部屋に侵入し"コレ"を置いて行ったとするとそれはそれで恐ろしいが、部屋に侵入された形跡はなかった。通帳や印鑑も無事だ。物取りでも無いなら余計に意味がわからない。これがどっきりだとして、そんな事をする知り合いもいない。

残る理由は一つ。
俺が幻覚を見ているかだ。

ちんこの幻覚を見るのも相当やばいが、それだけ疲れていると言う事かもしれない。
何せ時計は深夜一時を指している。月末が近い事もあり受注表の処理に追われていた所為だ。納品ミスが重なった事も理由の一つだろう。営業部と生産管理部は切っても切れない関係で結ばれている。
シンクは昨日の夜から溜まっている食器やフライパンで満たされているため、コンビニで売れ残りのミートパスタと二個で百円の春巻きを買った。割り箸も付いているので問題ない。
この時間から食器を洗い何か作る気力は無い。フライパンには水をはり洗剤をひと掛けしてあるので良しとしよう。

俺は"これ"を無視する事にした。現実逃避とも言う。下手に触れたくも無いし、明日消えている可能性に賭けるしか無い。

俺はコンビニ袋をローテブルに置くと、温められたパスタの蓋を開けた。
視界をテレビに集中させ、食欲の失せる肉塊から意識を逸らす。しかし番組の内容がおすすめのソーセージお取り寄せ特集だった為、速攻別のニュース番組に変える。不思議なもので意識しないようにすればする程気になり出すもので、俺は飲むようにパスタを食べ終わると、さっさと容器を水で漱ぎ資源ごみの袋へ突っ込んだ。
風呂はさっとシャワーで済ませ、歯を磨きベッドに潜り込む。明日も早い。さっさと寝よう。
この奇妙な幻覚も、明日には綺麗さっぱり消え失せている事だろう。








けたたましく鳴る目覚まし時計を止め時間を確認する。遅く帰ってきた所為で疲労は取り切れていないが、それでもだいぶマシなものになった。
俺は伸びをしてから起き上がると、勢い良くカーテンを開く。朝日が眩しいが、これによって寝起きの靄がかった思考がクリアになる。
さあ、今日も一日が始まる。

そう爽やかな思いで振り返った時、視界の端にそれが映った。

「幻覚じゃ無かった・・・」

昨日と同じ場所に同じ姿でそれは鎮座している。先程までの清々しい気持ちも拡散し、俺は頭痛に頭を抱えた。

「・・・」

俺は無言でキッチンへ行くと、ボウルを手に持ち部屋へ戻った。干からびる事なく瑞々しさを保つそれに迷う事なくボウルを被せる。


隠れない。


フローリングの床とボウルの間にできた隙間から僅かに肉色が覗く。嬉しくないチラリズムだ。俺はクローゼットの奥にしまった折りたためるタイプのバケツを持ってくると、さらにボウルの上からそれを覆い隠した。ようやく姿を隠したそれにほっと息を吐くと、俺は頭を切り替えた。
放置していた食器類を洗い、その間にトーストとコーヒーを準備する。表面に程よく焼き目がついた所でバターをぬった。完璧な焼き具合だ。食べ終わると洗顔と歯磨きを済ませ、スーツに着替える。最後に髪型を整えれば完璧だ。

今日は上司と共に取引先へプレゼンに行く日だ。競合が他に二社参加するため気合を入れて準備をしたのだから、部屋にちんこが生えたくらいでへこたれていられない。
改めて気合を入れ直すと俺は鞄を持ち扉を開けた。
今日も一日が始まる。







自分の席に付きパソコンの電源を入れる。始業一時間前だが既に半分ほどの社員が席についていた。俺も資料の最終確認をするべくソフトを開く。

「柚木さん」
「花坂」

資料に目を通していると、不意に声をかけられる。声の主は俺の一つ下の後輩、花坂だ。
花坂は元々営業部に所属していたが、二年目から生産管理部に異動した為面倒を見ていた期間は一年だけだ。それでも異動した後も良く昼食を共にするし、たまに飲みに行く中は変わらない。

「昨日はすみませんでした」
「大丈夫、早く気付いたお陰で対応もスムーズに出来たし。それよりお前すごい隈だぞ、寝れてないんじゃないか?」

昨夜遅くなった原因の一つではあるが、花坂に対し怒る気持ちは無い。
真面目で努力家だし、昨日のミスも単純な理由で、花坂らしく無かった。勿論いっさいミスをせず完璧に仕事をこなすなんて人が関わる以上全く起こらないなんてあり得ない。起きた事に対し怒るよりも、その後の対応と原因を明らかにして同じことが起こらないよう対策を立てる方が重要だ。

むしろ濃い隈と血の気の無い顔をした花坂が心配だ。見るからに体調が悪そうである。作業着のジャケットがくすんだ色の所為で尚更顔色が悪く見える。

「あんまり思い詰めるなよ。花坂は普段から考えすぎる所があるからな」
「はい、柚木さん・・・ありがとうございます」

そう言うと普段はシャンと伸びた背を丸め、らしく無い姿で花坂は自分の席へ戻って行った。
覇気の無い様子が気にかかるが、あまり慰めると返って気に病むかもしれない。もしあまりに酷いようだったらまた飲みにでも誘おう。
もしかしたら他にも悩みがあるのかもしれないし。

それに今日はプレゼンが控えている。今は自分のことに集中すべきだろう。
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