上 下
82 / 101
本編

82

しおりを挟む
そして誕生日の当日、俺は宿に先に行ってザックを待った。
いるのは俺1人だ。ヘンリーやカインにも一緒に祝うかと尋ねたが「そんな無粋な真似はしない」と言ってヘンリーがカインを引っ張っていってしまった。

ザックと会えることにワクワクしつつ、1人になってしまったことに寂しさを感じる。

貸し切った宿は飾り付けも済んでいて、料理の用意もバッチリだ。あとはザックが来るだけだが…

そう思っていると扉をノックする音がした。

「テイト?私です」
「ザック!」

俺は急いで扉を開ける。
外には変装のためか、普段の俺と同じようにローブを被っているザックがいた。

「あっ…えっと、誕生日おめでとう」

もっとちゃんと祝ってやろうと思っていたのにいざザックと対面すると緊張して言葉が出ない。

「テイト。私の誕生日を覚えていてくれたんですね」

そんな俺をよそにあいつは嬉しそうに笑った。

「そんなの当然だろ。お前が誕生日の前にいなくなるもんだから、ずっと約束を果たせなくて引っ掛かってたんだ」
「ふふっ、それはすいません。でもおかげで忘れずにいてもらえたなら楽しみを取っておいて良かったかもしれません」
「…約束なんかなくても忘れたりしないさ」

ザックが居なくなって死んだと思っていた日々のことを思い出すと今でも胸が締め付けられる。実際にあり得た未来だからこそ尚更に。

「ああ、すいません。それはもう分かっています。それでもこうして覚えて祝ってもらえることが嬉しくてつい」

そう言ってザックは俺の額にキスをした。

「そんなに喜んでもらえるか分からないけど…まあ入ってくれ」

真っ直ぐに向けられるザックの気持ちにくすぐったさを感じつつザックを招き入れる。

「すごい!これテイトが用意してくれたんですか?」
「ああ…飾り付けはヘンリーとカインにも手伝ってもらったけど」
「へぇ、あの2人が」
「ああ、気を遣って今日は来なかったが…」
「彼らもそのくらいの気遣いはできるんですね。この場にいなくて良かったです。いたらテイトとこうしてキスしたりできないですし」

そう言ってザックは俺の手を取って再びキス落としてくる。

「ザックっ!これじゃあどっちが祝われてるか分からないだろ」
「つまりテイトは私にキスをされて嬉しいってことですか?」
「なっ!そ、それは…そんなこより晩餐を用意したんだ!冷める前に食べよう」

俺は揚げ足を取られたようで恥ずかしくなり、慌てて話を逸らした。

「テイトの手作りですか!楽しみです」

少し含み笑いをしながら席に着いたザックに、全て見透かされているような気がする。
俺は顔の熱が収まらないままザックの前に食事を並べた。

「どれも美味しいです。用意するのは大変だったでしょう?本当にありがとうございます」
「大したことじゃない。全部を俺が作ったわけじゃないし…」
「それでも嬉しいです」
「まぁ、喜んでくれてよかった…そうだプレゼントも渡させてくれ」

真剣な表情で礼を何度も述べるザックに照れ臭くなりながら用意したブローチの箱を取り出した。

「開けても?」
「ああ…」

ザックが包みを開ける様子をドキドキしながら見守る。喜んでくれるだろうか…もし内心ではガッカリしていたら…そう気になって注意深くザックの顔色を伺う。

「これは…ブローチ?」
「ああ、ヘンリーに聞いたんだ。自分の魔力を込めた魔石をプレゼントするのがその…恋人たちの間で人気だって…」
「恋人…テイト、ありがとうございます。これ、空の色みたいでとても綺麗だ。なんだかテイトの瞳の色みたいですね」
「そうかな…俺の魔力が影響してるのかも」
「これを持ってるとなんだかテイトが近くにいるみたいです。大事にしますね」 

ザックは柔らかく笑ってブローチを胸の前で握りしめた。どうやらガッカリはしていないようだ。その様子にホッとする。

「さっそく着けて頂けませんか?」
「ああ、でも良いのか?」

既に付けている高価そうなブローチに目をやれば、「テイトからのプレゼントの方が良いに決まっています」と笑われた。

「分かった。付けるからじっとしててくれ」

俺はザックの前に屈んでブローチを付け替える。

「これでよし」
「どうです?似合っていますか?」
「俺がデザインしたんだ。当たり前だろう」

胸を張るザックに俺も大口で返す。

「ふふっ。今日は人生最高の誕生日です。本当にありがとう」
「この程度で最高だなんて、今まではよほど酷い誕生日だったんだな」

その言葉がすごく嬉しいのに、いつもの癖で憎まれ口を叩いてしまった。やってしまったと思って慌ててザックを見るが、彼の表情は変わらない。

「それはテイトも良く知ってるでしょう?」
「ああ…悪い。でも公爵になってからは盛大に祝われていたんじゃないのか?」
「いえ、パーティーを計画してくれる親族もいませんし、自分で開くのもね…」
「そうだったのか。ごめん…俺、お前のことを知ってるようで知らないことばかりだ」
「そんなことありませんよ。私にとってはテイトが全てですから、殆ど知っているようなものです」
「何だそれ」

ザックが俺の頬を手の平で包む。その温かさが心地よくて、自分の手を重ねた。

「悪かった…昔、目一杯祝ってやるなんて言った手前こんな誕生日パーティーでガッカリしたんじゃないかと不安でさ…」
「私はテイトが祝ってくれたというだけでものすごく嬉しいですよ?」
「ふっ、安上がりなやつだな」

ザックはこう言ってくれる奴だと分かっている。それでも直にその言葉を聞けると嬉しかった。

「何とでも言ってください。それで、この後はどうするんですか?」
「ケーキを用意してある」
「その後は…?」
「…お前の好きなように」
「そんなこと言っていいんですか?」

そう言ってザックがニヤッと意地悪く笑う。俺は少し怖気付きながらも口を開いた。

「今日はお前が喜ぶなら何だってするさ」

そういう展開になるかもしれない、いやむしろならなかったら少し落ち込んでしまうと思うくらいには想定していたことだ。だからそう言ったのだが…

「…まったく、そんなこと言ったらダメじゃないですか。その言葉、後悔しないでくださいね」

目を細めてそう言い放ったザックに腰が引ける。

「うっ、その…お手柔らかに頼む」
「約束は出来ませんね」

いつもより獰猛な雰囲気を纏って笑ったザックに、自分はとんでもない失言をしたのではないかと不安になったが、すでに後の祭りだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

処理中です...