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本編

63(ザックサイド)

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狩猟大会へ赴くと、さっそく貴族たちに囲まれて肩慣らしどころではなくなってしまった。皆テイトとの婚約が認められなかったことを喜んで、自身の娘や息子をぜひと勧めてくる。

そのどれも受ける気などないが、今はこれ以上状況が悪化しないよう大人しくしていよう。

(はぁ、テイトを幸せにするために身につけた力が今度は障害になるなんて。)

公爵位を継いだことは後悔していない。そうしなければ自分の身も守れなかったし、テイトの正体を暴くことも難しかった。
でもテイトと恋人のような仲になった今となっては障害の方が多くなっていた。

(早く準備を進めないと・・・)

海外に逃げるだけなら今すぐにでもできる。でも海外に行けば今の権力は使えない。
テイトは平民のような暮らしを送っていたので、それでも問題はないのかもしれない。でも出来ることならこれ以上テイトに不自由をさせたくなかった。

せめて家と金銭面だけでも整えてから行こう。そんな悠長なことを考えていたから、テイトが自分がいないところで傷ついている事に気づけなかった。


しばらく貴族たちの対応に追われていると、その人混みが2つに割れた。それを何事かと思っていると、そこにリリアンナ王女殿下が現れた。

王女はまだ幼く、状況をあまり理解していなそうだったが、その手にはハンカチが握られていた。恐らくは誰かに渡すよう指示されたのだろう。
その思惑に乗るのは嫌だったが、幼い少女が一生懸命刺繍したものを拒否する事はできず、差し出されたそれを恭しく受け取った。

それをお似合いだとか褒めそやす周りの貴族たちが鬱陶しい。自分の子を婚約者に添えたいが、それが無理なら幼い王女に取り入っておこうという思惑が瞳の力など無くても透けて見えた。


「公爵様!」

そんな時、何度か聞いたことのある声が自分を呼び止めた。その声に思わず身構えてそちらを見れば、何故かテイトが腕を捕まれ引っ張られていた。
強引に引き摺り出すかのように中央に押し出されたテイトを咄嗟に抱き止める。

「テイト!大丈夫ですか?」
「す、すいません・・・」

他所行きの反応に寂しさを感じるが、今はそれよりなぜスコット伯爵子息がここにテイトを連れてきたかだ。そういえば、彼がカインのことを好いているのは知っているが、テイトとの関係は知らなかった。

だが、その様子を見れば2人が良好な関係でないことはわかった。彼がテイトをここに連れてきたのはなんでもテイトが作ったハンカチを私にプレゼントさせるためだと言う。
それだけを聞くと良いことのように聞こえるが・・・テイトの暗い表情からそう単純な話ではないのだと理解した。

私はテイトを見つめて安心させるように頷いた。どんな展開になっても私はテイトの味方なのだから。そうすればテイトも私の意図を理解して、意を決したように口を開いた。

「実はハンカチを用意したのですが、先程落として汚れてしまったんです。」

そうして取り出したものは確かに泥だらけだった。
私がいない間に何かあったのだろうか。そう思うと胸が痛んだ。
テイトは自信がなさそうにハンカチを渡してきたので、周りの目に触れないよう包み込むようにそれを受け取った。私としては飛び上がりそうなほど嬉しかったのだが。
 
「ありがとうございます。用意してくれた事がとても嬉しいです。」

これは心からの言葉だった。本当は事前にお願いしたかったがテイトの負担になったらと思って何も言わなかったのに、彼から用意してくれるなんて。
私も愛されていると思って良いのではないだろうか?もう半年など待たずに結婚してしまいたい。

と、思考が脱線してしまったが、周りの貴族たちの馬鹿にしたようなヒソヒソ話で我に返った。私は顔を上げて嘲っていたやつらを睨んだ。私が喜んでいると言うのによくもそんな悪口が叩けたものだ。
だがテイトはその言葉に傷ついてしまったらしい。

「っ!その、汚れていて使えるものではないので、いらなければ捨てて下さい。」

絞り出すような声でそう言った彼は、私の呼び止める声も無視して逃げるように走っていってしまった。

追いかけようとしたが、「あ、あの・・・?」と声をかけてきた王女に、しばらく彼女を放っていたことを思い出した。
流石に自分に会いにきた王女を無碍にはできない。テイトとは後でしっかり話をしよう。

そうして結局私は狩猟大会が終わるまで再びテイトに会うことができなかった。
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