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本編
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それから数日、俺はあの騒ぎが嘘のように何事もなく過ごしていた。いや、正確には俺が公爵邸に缶詰状態だったので、何も情報が入ってこなかったのだ。
もしかするとザックが意図的にそうしていたのかもしれない。
一方ザック自身は度々お父様手紙のやりとりをしており、きっと何かしら外に動きはあるようだった。
それを俺に知らせらない心遣いには感謝もしているが少し寂しくもある。
(俺が知ったところで、何もできないしな・・・)
そう思ってザックを見守っていたが、時々手紙を握りしめて憤っている姿を見かけると、自分のせいでザックを苦しめているという罪悪感が募った。
一体あの後アーデン家やヘンダーソン家の評判はどうなったのだろう。俺は、公爵家はもちろん、伯爵家にだって迷惑はかけたくない。
でもザックの気遣いを無駄にすることができなくて、ずっとそのことを尋ねられずにいた。
そんなある日、公爵邸に王城で開かれるパーティーへの招待状が届いた。招待状にはアイザック・ヘンダーソン、それにテイト・アーデンの名前も書かれている。
「婚約者と共に参加されたし」
そうある通り、俺とザック2人で参加するようにとの通達だった。ザックは、本当はこんな招待状を見せたくないとばかりに俺にこのことを報せてくれた。
「テイト、すいません。これは断ることができなさそうです。」
ひどく申し訳なさそうに言ったザックはまるで犬の耳が垂れているのが見えるようだった。
本当なら、ここで「問題ない。」とでも言えれば良かったのだが、流石にこれには俺も狼狽えた。なんて言ったって俺は一度も社交会へ出たことがない。幼少期に基礎的なマナーは習ったが、本格的には教わっていないし、片手なので習っていても上手くできないものもある。
それに街中でさえ嫌悪されるのに、この国生粋の貴族たちの集まりなどに参加したら好奇や侮蔑の視線に晒されるであろうことは火を見るよりも明らかだ。
まあ100歩譲ってそれはいい。体のことでバカにされるのは俺にだってどうしようもないことだ。だがどうにかしなければならない問題もある。
「どうしよう・・・俺マナーとか怪しいぞ。」
こればっかりは俺の努力不足だ。どちらにしても馬鹿にされるであろうとは言え、せめて障害以外で指を刺されるのは避けたい。
「それなら家庭教師をつけましょう。」
「いいのか?」
「もちろんです。これくらいのサポートは当然です。」
ザックは胸を張ってそう言うと、早速俺の家庭教師を探し始めてくれた。俺はせめて少しでもザックに恥をかかせないよう、今からでも頑張らなくてはと息巻いていた。
・・・だが結論から言うと、俺の家庭教師を引き受けてくれる人間はいなかった。結果、ザックとカインが俺にマナーやダンス、話題に出るかもしれない教養について教えてくれることになった。
「悪い・・・ただでさえ忙しいのに・・・」
「ふふ、私としては嬉しいですよ?なぜ最初からそうしようと思わなかったのか疑問なくらいです。」
迷惑ばかりかけて申し訳ない気持ちになっていると、そんな考えを見透かしてかザックは笑い飛ばしてくれる。
パーティーまでの数ヶ月に、ダンスとマナーはザックに、教養についてはカインに習うことになった。最初はこうなったら自分が全て教えると息巻いていたザックだが、流石に公爵としての仕事もあるのにそんなに俺に時間を割かせるわけにはいかない。
そんなわけで、カインにも協力を頼んだのだ。カインは二つ返事で承諾してくれたので、それぞれ週2日3時間ずつ時間をもらうことになった。
ザックは、本来のマナーを教えてくれる傍ら、片手でも優雅に見えるようにと色々工夫を凝らしてくれた。そうして、挨拶や食事など、パーティーで直面するであろうシーンは概ね合格をもらうことができた。この辺りは片腕というハンデはあるものの一応幼少期から見知っていた事なのでそこまで躓くことはなかったと思う。
「テイトはすごいです!もうこんな完璧にマナーを覚えるなんて。」
「大袈裟だな。片手だから微妙にできてないものもあるし・・・」
「それを除けば完璧ですよ。それに片手でもとても優雅に見えます!だから安心してください。」
ザックにそう慰められホッと肩を撫で下ろす。・・・少し婚約者フィルターでもかかっているのではないかと不安に思わないでもないが。
それより大変なのはダンスの方だ。本来は右手を握るようにして踊るが、生憎俺には右腕がない。相手に宙を掴ませることになるし、俺自身も姿勢が安定しない。
ザックはその分を左手でしっかり支えてくれるのでなんとか形にはなってきたのだが、やはり少々滑稽だし他の人と踊ろうとすればこうは上手くいかないだろう。
「ダンスは・・・断れないかな・・・」
「王族からの誘いでない限りは大丈夫だと思いますよ。私もそばにいますし、ダンスは私とだけ踊りましょう。」
いや、ザックとも踊りたくはないのだが。そう思ったが、こうして教えてもらっている手前それを口に出すのは躊躇われた。
(こんな出来でもザックが踊りたいと言ってくれるならまあいいか・・・)
そう考えることにした。
もしかするとザックが意図的にそうしていたのかもしれない。
一方ザック自身は度々お父様手紙のやりとりをしており、きっと何かしら外に動きはあるようだった。
それを俺に知らせらない心遣いには感謝もしているが少し寂しくもある。
(俺が知ったところで、何もできないしな・・・)
そう思ってザックを見守っていたが、時々手紙を握りしめて憤っている姿を見かけると、自分のせいでザックを苦しめているという罪悪感が募った。
一体あの後アーデン家やヘンダーソン家の評判はどうなったのだろう。俺は、公爵家はもちろん、伯爵家にだって迷惑はかけたくない。
でもザックの気遣いを無駄にすることができなくて、ずっとそのことを尋ねられずにいた。
そんなある日、公爵邸に王城で開かれるパーティーへの招待状が届いた。招待状にはアイザック・ヘンダーソン、それにテイト・アーデンの名前も書かれている。
「婚約者と共に参加されたし」
そうある通り、俺とザック2人で参加するようにとの通達だった。ザックは、本当はこんな招待状を見せたくないとばかりに俺にこのことを報せてくれた。
「テイト、すいません。これは断ることができなさそうです。」
ひどく申し訳なさそうに言ったザックはまるで犬の耳が垂れているのが見えるようだった。
本当なら、ここで「問題ない。」とでも言えれば良かったのだが、流石にこれには俺も狼狽えた。なんて言ったって俺は一度も社交会へ出たことがない。幼少期に基礎的なマナーは習ったが、本格的には教わっていないし、片手なので習っていても上手くできないものもある。
それに街中でさえ嫌悪されるのに、この国生粋の貴族たちの集まりなどに参加したら好奇や侮蔑の視線に晒されるであろうことは火を見るよりも明らかだ。
まあ100歩譲ってそれはいい。体のことでバカにされるのは俺にだってどうしようもないことだ。だがどうにかしなければならない問題もある。
「どうしよう・・・俺マナーとか怪しいぞ。」
こればっかりは俺の努力不足だ。どちらにしても馬鹿にされるであろうとは言え、せめて障害以外で指を刺されるのは避けたい。
「それなら家庭教師をつけましょう。」
「いいのか?」
「もちろんです。これくらいのサポートは当然です。」
ザックは胸を張ってそう言うと、早速俺の家庭教師を探し始めてくれた。俺はせめて少しでもザックに恥をかかせないよう、今からでも頑張らなくてはと息巻いていた。
・・・だが結論から言うと、俺の家庭教師を引き受けてくれる人間はいなかった。結果、ザックとカインが俺にマナーやダンス、話題に出るかもしれない教養について教えてくれることになった。
「悪い・・・ただでさえ忙しいのに・・・」
「ふふ、私としては嬉しいですよ?なぜ最初からそうしようと思わなかったのか疑問なくらいです。」
迷惑ばかりかけて申し訳ない気持ちになっていると、そんな考えを見透かしてかザックは笑い飛ばしてくれる。
パーティーまでの数ヶ月に、ダンスとマナーはザックに、教養についてはカインに習うことになった。最初はこうなったら自分が全て教えると息巻いていたザックだが、流石に公爵としての仕事もあるのにそんなに俺に時間を割かせるわけにはいかない。
そんなわけで、カインにも協力を頼んだのだ。カインは二つ返事で承諾してくれたので、それぞれ週2日3時間ずつ時間をもらうことになった。
ザックは、本来のマナーを教えてくれる傍ら、片手でも優雅に見えるようにと色々工夫を凝らしてくれた。そうして、挨拶や食事など、パーティーで直面するであろうシーンは概ね合格をもらうことができた。この辺りは片腕というハンデはあるものの一応幼少期から見知っていた事なのでそこまで躓くことはなかったと思う。
「テイトはすごいです!もうこんな完璧にマナーを覚えるなんて。」
「大袈裟だな。片手だから微妙にできてないものもあるし・・・」
「それを除けば完璧ですよ。それに片手でもとても優雅に見えます!だから安心してください。」
ザックにそう慰められホッと肩を撫で下ろす。・・・少し婚約者フィルターでもかかっているのではないかと不安に思わないでもないが。
それより大変なのはダンスの方だ。本来は右手を握るようにして踊るが、生憎俺には右腕がない。相手に宙を掴ませることになるし、俺自身も姿勢が安定しない。
ザックはその分を左手でしっかり支えてくれるのでなんとか形にはなってきたのだが、やはり少々滑稽だし他の人と踊ろうとすればこうは上手くいかないだろう。
「ダンスは・・・断れないかな・・・」
「王族からの誘いでない限りは大丈夫だと思いますよ。私もそばにいますし、ダンスは私とだけ踊りましょう。」
いや、ザックとも踊りたくはないのだが。そう思ったが、こうして教えてもらっている手前それを口に出すのは躊躇われた。
(こんな出来でもザックが踊りたいと言ってくれるならまあいいか・・・)
そう考えることにした。
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