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本編

37(ザックサイド)

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「ああ、戻ったんですねザック。どこに行ったのかと思いました。」

カインは友人との会話を終えたようで、急いで戻ってきた私に気づいて声をかけてくれる。

「すいません、カイン。少し話をしていて・・・それで、その話についてあなたに聞きたい事があるのですが、この後お時間よろしいですか?」

「ええ、それは大丈夫ですが・・・」

畏まった私に彼も少し緊張してしまったようだ。だが今は気にかける余裕がなかった。

「では家まで送りますので馬車の中で話しましょう。」

そう言って私はアーデン伯爵家へカインを送りながら、馬車の中で話を切り出した。


「単刀直入に言います。あなたの弟、テイトという方に会わせて欲しいんです。」

「なっ、僕には弟など・・・」

「お願いです。本当のことを言ってください。」

「・・・・・・」

押し黙ったカインは逡巡しているらしい。はぐらかされては面倒だ。私はスコット伯爵令息の証言でしか知り得てはいないが、敢えて確信を持っている風を装うことにした。


「・・・なぜ知っているのかは言えませんが、あなたに双子の弟がいることについては確証を持っています。だから、話してください。」

私の言葉を受けて、カインは目を見開いた。そして、観念したとでも言うように言葉を吐き出した。

「・・・・・・そうですか。わかり、ました。嘘をついて申し訳ありません。」

「・・・その理由についてはまた、改めて聞かせてください。」

「はい・・・」

そして彼は私をテイトに会わせると言って屋敷へと入れてくれた。


「テイト、いる?」

案内された場所は、屋敷の奥まった場所にある部屋だった。中から返事はなく、カインがそっと扉を開ける。
そこは小さな部屋だった。簡易なベッドと必要最低限の生活用品だけが揃えられていて、本当に寝泊まりするだけの場所と言った雰囲気だ。

「ここがあなたの弟の・・・」

肝心の本人は留守のようだが、その部屋はまるで、この部屋の主人は何も望んでいないとでも言いたげな様相だった。

「すいません。テイトはいないみたいです。」

「彼はこんな時間に外出を?」

もう深夜と言っても差し支えない時間なのに、不在とはどういうことだろう。

「はい・・・テイトは時々いなくなるんです。いつもふらっと帰ってくるので詳しくは知らないのですが、こんな時間にもいなかったなんて・・・」

「そうですか・・・少し心配ですが、日を改めた方が良さそうですね。」

「すいません、わざわざ来ていただいたのに。」

「いえ、私も急でしたから・・・ですが、貴方達の話はぜひ聞かせていただきたい。」

私は小さな窓から見える暗闇を見て「こんな時間で申し訳ないですが・・・」と付け加えた。

「いいえ、わかりました。・・・こちらこそ、騙すような真似をして申し訳ありませんでした。全て、お話しします。」

そうして今度は何度か訪れたことのあるカインの部屋へと通された。疲れ切った様子のカインは、私に茶を勧めながら口を開いた。

「嘘をついたこと、本当に申し訳ありません。でも、これには事情があるんです・・・だから、気のいい話だとわかっていますが、このことはどうか内密に・・・」

「ええ。少なくとも、詳しいことが分かるまでは他言しません。」

「ありがとうございます・・・」

カインは疲労を滲ませつつもホッとしたようにそう言った。そして、そこで聞いた話で全ての辻褄が合った。

秘匿された障害のある双子の弟。彼がいつもローブを被っていた訳。そしてあの自尊心の低さ。

話を聞いて思わずため息をついた。

本当のお兄さんも、やはり辛い思いをしてきたらしい。それでも自分と会っていた頃にお兄さんの口からそんなことを聞いたことはなかった。
思い返せばいつも自分ばかり心配されていたことに気づいて少し情けなくなる。

(それに、違和感を感じていたのに、カインをお兄さんだと信じ込もうとしていたなんて・・・)

自分はその違和感の正体を突き止めることもせずにさっさとカインをお兄さんだと断定してしまった。私は自分の考えのなさに後悔して頭を抱えた。
今からテイトに会おうと思ったら話がややこしくなりそうだ。


「それで彼は、テイトは元気にしているのですか?」

「ええ、それは心配ありません。こうして勝手に外を出歩いていますし、時々帰ってきては多少は家族とも話をしていますよ。」

「そうですか。それならよかった・・・」

とりあえず、お兄さんは元気にしているらしい。そのことだけは安心できた。そうして、私がホッと胸を撫で下ろしていると、カインがポツリとつぶやいた。

「・・・3年前、あなたがいなくなってテイトはひどく取り乱していました。」

「取り乱していた?お兄さんが?」

こう言ってはなんだが、いつも自暴自棄とも取れる奔放さで生きていたお兄さんは、自分がいなくなったことなど気にも止めていないのではないかといつも不安だった。

「ええ。テイトは自分の力が及ばずあなたが死んでしまったと・・・一時期は食事も喉を通らないほどでした。」

そんなことを聞いて、本来なら申し訳なく思うべきなのに、少し喜んでしまっている自分がいる。

(お兄さんは、そんなにも私のことを想って・・・)

胸が温かくなった私は、一刻も早くテイトと言う人物と会いたくなった。
今度は絶対に間違えたりなどしない。必ずお兄さんを幸せにしてみせる。


(それに私だってまだ誕生日の約束を果たしてもらっていないし・・・)

彼はあの約束を覚えているだろうか。いや、きっと覚えていてくれているはずだ。そうしたら、3年も待った分多少は甘えても良いのではないだろうか。

そんなことを考えていると、幸せが込み上げてくる。

「・・・早く、会いたいものです。」

「はい、テイトが帰ってきたらすぐに連絡を・・・」

「いや、もしかしたらその必要はないかもしれません。」

何せ明日、いや正確にはすでに今日だが、私は同姓同名のと事業の件で会う約束をしているのだ。

彼がこのと同一人物かは分からない。けれどテイトと言う名前はこの国では珍しい。
手紙の内容を思い出しても、彼がカインの弟のテイトである可能性が高い。

「とりあえず明後日、いやもう明日ですね。また尋ねても良いですか?」

「ええ、それはもちろん・・・」

「その時に弟さんも含めて話をしましょう。それに、嘘をつかれた部分についてはまだ納得できていません。だから、貴方には私がしようとしていることにご協力いただきたい。」

「・・・わかりました。」

その返事を聞いて私は満足した。

「それでは今日は遅くまで失礼しました。また明日にお会いしましょう。」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。また明日、お待ちしております。」

そうして私はカインと別れほんの数時間だけ仮眠をとりに屋敷へと戻った。本当は今すぐにでもスラムの屋敷へ訪ねてしまいたいが、そんなことをしてテイトに嫌われたら本末転倒だ。

私は眠れない頭を横にして、なんとか体を休めつつ約束の時間になるのを待った。
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