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本編
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今日は、ヘンダーソン公爵と会う約束の日だ。
手紙で内容は詰めたので、残りはサインだけだ。正式な契約でのサインには魔力か、魔力がない場合は血液がいる。それで契約が破られた際に強制的に罰を下すことができるのだ。
こんなスラムのど真ん中まで来てもらうのは悪いと、他の場所を提案したのだが、彼は寄付する先に行くこともできなくてどうすると結局この屋敷まで来てもらうことになった。
(そういうところ、何だか好感が持てるんだよな・・・)
もし本当に彼がザックを虐めていたのなら正直ショックだ。だが、俺はそこを曖昧にしたまま彼を信用することはできない。俺は契約をした後ザックのことをはっきりさせるつもりだ。
俺は契約内容に「如何なる理由があっても、あの屋敷や屋敷に住む者に危害を加えない。」といった条文を盛り込ませた。もちろん、住人が法を犯したときは別だが・・・
これでヘンダーソン公爵が俺との関係悪化によってあそこにいる人々に何か危害を加えるような事態は避けられる。
だから、契約後に尋ねるのだ。まあ、俺個人は不敬罪で殺される可能性はあるが・・・
(よし、これで準備はいい。)
俺は緊張しながら公爵を待った。
やがて、玄関の辺りが騒がしくなり、ヘンダーソン公爵がやってきたことが分かる。俺は公爵に許可された通り、ローブを羽織って彼を出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、ヘンダーソン公爵様。私がオーナーのテイトです。このような格好で申し訳ありません。」
そう言って低く腰を折る平民の挨拶をすれば、公爵はじっと俺を見て固まっていた。
「あ、あの。公爵様?」
礼儀上は問題ないはずなのだが、俺は何かさっそく失礼があっただろうかと戦々恐々としながら公爵の顔を覗き込む。
「いや、すいません。何でもないんです。手紙ではお世話になりました。私がヘンダーソンです。」
公爵はなんでもないと言って何かを振り払うように頭を振った。
「いえ、こちこそご丁寧にありがとうございます。それに私は平民ですので、そんなに畏まらないでください。」
「・・・そう、ですね。わかりました。」
「それでは立ち話もなんですので、こちらにどうぞ。」
微妙な顔で頷いた公爵を一番マシな俺の部屋へと案内する。アーデン家から拝借した茶菓子も忘れない。
「この度はこの屋敷の運営に寄付をいただけるとのこと、感謝してもしきれないくらいです。」
「いいえ、こちらにも利のあることですから。」
「そうですか・・・。では、さっそくで恐縮ですが契約書を・・・」
「テイト殿は平民にしては礼儀作法がずいぶんしっかりしているんですね。」
さっさと契約を結んでしまおうとする俺に、公爵がそんなことを言ってくる。
「はは・・・そうでしょうか?見様見真似なのでそう言っていただけて安心しました。」
「ええ、それと気になったのですが、あなたは左利きなのですか?」
「・・・ええ、そうです。」
利き腕も何も左腕しかないが・・・左利きというのは嘘ではないだろう。
「あの、ローブを着たままでいいと言った手前申し訳ないのですが、やはりお顔を見せていただけませんか?」
「っ!それは、できません。」
俺は咄嗟にローブのフードを左手で押さえた。無理矢理剥ぎ取るような人ではないのだろうが、条件反射のようなものでついやってしまった。
「お願いです・・・」
公爵はそう言って立ち上がると俺の左手を優しく取る。俺は公爵の雰囲気に飲まれそうになりつつ距離をとった。
「さ、先ほどから一体なんなのでしょう?今になってずいぶん質問が多いようですが・・・」
「ええ、どうしても気になるのです。」
さっさと契約をさせてザックのことを聞くつもりが完全に相手のペースだ。公爵は手を再び距離を詰めてくる。気付けば俺は壁際まで追いやられていた。
絶対に、顔を見られるわけにはいかないのに。カインと瓜二つの顔を見られたら、俺がアーデン家の人間だとバレてしまう。そうしたらカインの婚約どころか家の存続まで危うくなるかもしれない。
(こうなったら・・・)
俺はフードへと伸びてきた公爵の手を振り払って懐に忍ばせていた短剣を手に取った。本当はザックのことを問いただした時に万が一はぐらかされたら脅しに使おうと思っていたものだ。
「約束が違います。これ以上近づかないでください。」
俺は短剣を公爵に突きつける。いくら理由があるとは言え、こんなことしたら不敬罪まっしぐらだろうな・・・
だが効果は抜群で、驚いた公爵は俺から距離をとった。俺は確保された距離にホッとして息を吐く。そして、もうどうにでもなれとばかりにそのまま問いただしにかかった。
「俺もあんたに聞きたいことがあったんだ。どうせ契約は白紙だろうし、今聞かせてもらう。」
「・・・それが普段の喋り方なんですね。」
「っ、そんなことどうでもいいだろ。それよりあんた、ザックを知ってるよな?3年前、何があった?」
「ザックを知ってるか?ですか?」
「そうだ。」
「・・・ええ、もちろん知っています。」
俺はまだ短剣を握っていて、本気で問いただしている。それなのに公爵はどこか楽しそうだ。
「やっぱり・・・あんた、ザックを殺したのか?」
「え?」
「だから、あんたと継母が、共謀してザックを殺したんだろ!?」
「・・・ふふっ」
「な、何を笑ってる。」
「テイト、か。」
そう呟いて歩み寄ってきた公爵は短剣が当たりそうなところまで距離を詰めてきた。思わず俺の方が短剣を引っ込めてしまう。
すると次の瞬間、短剣は宙を舞って、俺は床に押し倒されていた。
「やっと、名前を教えてくれましたね、お兄さん。」
手紙で内容は詰めたので、残りはサインだけだ。正式な契約でのサインには魔力か、魔力がない場合は血液がいる。それで契約が破られた際に強制的に罰を下すことができるのだ。
こんなスラムのど真ん中まで来てもらうのは悪いと、他の場所を提案したのだが、彼は寄付する先に行くこともできなくてどうすると結局この屋敷まで来てもらうことになった。
(そういうところ、何だか好感が持てるんだよな・・・)
もし本当に彼がザックを虐めていたのなら正直ショックだ。だが、俺はそこを曖昧にしたまま彼を信用することはできない。俺は契約をした後ザックのことをはっきりさせるつもりだ。
俺は契約内容に「如何なる理由があっても、あの屋敷や屋敷に住む者に危害を加えない。」といった条文を盛り込ませた。もちろん、住人が法を犯したときは別だが・・・
これでヘンダーソン公爵が俺との関係悪化によってあそこにいる人々に何か危害を加えるような事態は避けられる。
だから、契約後に尋ねるのだ。まあ、俺個人は不敬罪で殺される可能性はあるが・・・
(よし、これで準備はいい。)
俺は緊張しながら公爵を待った。
やがて、玄関の辺りが騒がしくなり、ヘンダーソン公爵がやってきたことが分かる。俺は公爵に許可された通り、ローブを羽織って彼を出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、ヘンダーソン公爵様。私がオーナーのテイトです。このような格好で申し訳ありません。」
そう言って低く腰を折る平民の挨拶をすれば、公爵はじっと俺を見て固まっていた。
「あ、あの。公爵様?」
礼儀上は問題ないはずなのだが、俺は何かさっそく失礼があっただろうかと戦々恐々としながら公爵の顔を覗き込む。
「いや、すいません。何でもないんです。手紙ではお世話になりました。私がヘンダーソンです。」
公爵はなんでもないと言って何かを振り払うように頭を振った。
「いえ、こちこそご丁寧にありがとうございます。それに私は平民ですので、そんなに畏まらないでください。」
「・・・そう、ですね。わかりました。」
「それでは立ち話もなんですので、こちらにどうぞ。」
微妙な顔で頷いた公爵を一番マシな俺の部屋へと案内する。アーデン家から拝借した茶菓子も忘れない。
「この度はこの屋敷の運営に寄付をいただけるとのこと、感謝してもしきれないくらいです。」
「いいえ、こちらにも利のあることですから。」
「そうですか・・・。では、さっそくで恐縮ですが契約書を・・・」
「テイト殿は平民にしては礼儀作法がずいぶんしっかりしているんですね。」
さっさと契約を結んでしまおうとする俺に、公爵がそんなことを言ってくる。
「はは・・・そうでしょうか?見様見真似なのでそう言っていただけて安心しました。」
「ええ、それと気になったのですが、あなたは左利きなのですか?」
「・・・ええ、そうです。」
利き腕も何も左腕しかないが・・・左利きというのは嘘ではないだろう。
「あの、ローブを着たままでいいと言った手前申し訳ないのですが、やはりお顔を見せていただけませんか?」
「っ!それは、できません。」
俺は咄嗟にローブのフードを左手で押さえた。無理矢理剥ぎ取るような人ではないのだろうが、条件反射のようなものでついやってしまった。
「お願いです・・・」
公爵はそう言って立ち上がると俺の左手を優しく取る。俺は公爵の雰囲気に飲まれそうになりつつ距離をとった。
「さ、先ほどから一体なんなのでしょう?今になってずいぶん質問が多いようですが・・・」
「ええ、どうしても気になるのです。」
さっさと契約をさせてザックのことを聞くつもりが完全に相手のペースだ。公爵は手を再び距離を詰めてくる。気付けば俺は壁際まで追いやられていた。
絶対に、顔を見られるわけにはいかないのに。カインと瓜二つの顔を見られたら、俺がアーデン家の人間だとバレてしまう。そうしたらカインの婚約どころか家の存続まで危うくなるかもしれない。
(こうなったら・・・)
俺はフードへと伸びてきた公爵の手を振り払って懐に忍ばせていた短剣を手に取った。本当はザックのことを問いただした時に万が一はぐらかされたら脅しに使おうと思っていたものだ。
「約束が違います。これ以上近づかないでください。」
俺は短剣を公爵に突きつける。いくら理由があるとは言え、こんなことしたら不敬罪まっしぐらだろうな・・・
だが効果は抜群で、驚いた公爵は俺から距離をとった。俺は確保された距離にホッとして息を吐く。そして、もうどうにでもなれとばかりにそのまま問いただしにかかった。
「俺もあんたに聞きたいことがあったんだ。どうせ契約は白紙だろうし、今聞かせてもらう。」
「・・・それが普段の喋り方なんですね。」
「っ、そんなことどうでもいいだろ。それよりあんた、ザックを知ってるよな?3年前、何があった?」
「ザックを知ってるか?ですか?」
「そうだ。」
「・・・ええ、もちろん知っています。」
俺はまだ短剣を握っていて、本気で問いただしている。それなのに公爵はどこか楽しそうだ。
「やっぱり・・・あんた、ザックを殺したのか?」
「え?」
「だから、あんたと継母が、共謀してザックを殺したんだろ!?」
「・・・ふふっ」
「な、何を笑ってる。」
「テイト、か。」
そう呟いて歩み寄ってきた公爵は短剣が当たりそうなところまで距離を詰めてきた。思わず俺の方が短剣を引っ込めてしまう。
すると次の瞬間、短剣は宙を舞って、俺は床に押し倒されていた。
「やっと、名前を教えてくれましたね、お兄さん。」
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