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本編
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俺はあの後、カインにヘンダーソン公爵について尋ねた。印象はまずまずだったようで、婚約には至らず、まずは友人として付き合うことになったらしい。
だが、なぜかカインの歯切れが悪い。
「ふぅん。まずは様子見か・・・」
「うん、多分婚約には至らないと思うけどね。」
「そうか、それならそれでいいんじゃないか。」
あの評判の悪い長男とカインが婚約に至らなくてよかった。その俺の言葉にカインは複雑な表情で微笑んだ。
「ねぇ、テイト。昔話してたザックって子供のことだけど・・・」
「っ!公爵がザックについて何か言ってたのか!?」
「い、いや・・・今の関係なら探れるかなって。今更だけど、良かったらザックのこと、教えてくれない?」
「・・・ああ、もちろん。何か分かったらすぐに教えてくれ。」
「うん・・・」
そうして俺は、「怒らないんで欲しいんだが」と前置きして、教会での出会いから日曜の逢瀬での出来事をカインに話した。
カインはそれを神妙な顔で聞いていた。そして、最後に「そう・・・そんなことが・・・分かった、公爵にそれとなく探ってみる。」と言って話は終わった。
まさかカインの方から提案してくれるとは思わなかったが、俺としては非常にありがたい。たとえすでにザックが死んでしまっていたとしても、その真相を知りたかった。
ところが、思わぬところで俺自身にヘンダーソン公爵との接点ができてしまった。あの顔合わせから数日後、なんと彼がスラムの方の俺の邸宅を訪ねてきたのだ。
ここは本当に家のない人々が雨風凌ぐための場所であって、公爵のような人を迎え入れられる環境ではない。偶然公爵を出迎えることになった面々も、突然の貴族の訪問にたじたじだ。
「すいません。先ぶれを出そうと思ったのだが、誰に出せば良いのか分からなくて。」
そう言いながら公爵は中へと入ってきた。
「それで、ここのオーナーと会いたいのですが。」
「あー・・・少々お待ちください。」
出迎えた面々に変わり、今はルイスが対応してくれている。一方俺はというと、その様子を影から伺っていた。
(一体あいつは何をしにきたんだ?)
流石に公爵の前にローブを被って現れるのは不敬だろうが、カインと同じ顔で堂々と出ていく訳にも行かない。それに、あいつはもしかすると3年前にザックを・・・
「テイト、客が・・・ってそんなところに隠れてどうした?」
俺を呼びにきたルイスを2階の廊下の角へと引っ張む。
「あいつ、俺の双子の兄に婚約を申し込んできたヘンダーソン公爵だ。」
「公爵!?そんなやつが何でこんなところに・・・」
「わからない・・・ルイス、それを聞いてきてくれないか?」
「お、俺が!?」
「ああ、頼む。カインと同じ顔の俺が出ていく訳には行かないからな。」
「それもそうだが・・・礼儀とか分からないぞ?」
「それは向こうも承知の上だろう。・・・本当にどうしようもなくなったら俺が出るから・・・頼む。」
「はぁ、わかったよ。失敗しても文句を言うなよ。」
「ああ!恩に着る。」
そうして再びルイスは公爵の元へと戻っていった。
公爵のあの金髪に赤い瞳は、改めて見るとやはりザックによく似ている。俺は胸が痛むのを感じながら、2人の様子を2階から伺った。
「すいません。オーナーはただ今不在でして、よろしければ俺が伝言を承ります。」
「そうですか・・・。実は父から慈善事業を行うよう言われまして、寄付先を探していたんです。」
なるほど、貴族の慈善事業か。爵位を受け継いだばかりの者が自分の評判向上のために行うことが多いのだと聞く。カインも爵位を継いだらどこか探さなくてはと言っていたな。
そんなことを考えながら2人に視線を戻す。
「はぁ、それでここを?」
「ええ、私もほんの一時ですが訳あってスラムで暮らしていたことがありまして・・・だからこの屋敷は画期的だと思いました。この事業を始めた人はさぞ素晴らしい人でしょうね。」
公爵家の長男がスラムで?そんなことがあるはずがない。彼らの警戒心を解くための嘘だろうか。
「あー、本人は事業をしているつもりはないと思いますが・・・そういうことであればオーナーには伝えておきます。」
「ありがとうございます。それでオーナーは何という名前なんと?」
「えっと・・・それは・・・」
まずい。ルイスにどこまで言っていいかを伝えていなかった。
「まさかオーナーの名前を知らないなんて事はありませんよね?」
そう考えている間にも公爵の圧がかかる。
「・・・テイト、です。」
「テイト殿ですか、わかりました。次からは手紙を出します。文字が読める方だと良いのですが・・・」
「それは大丈夫です。」
・・・まあ、名前くらいなら大丈夫だろう。テイトの名前は一般には知られていないのだし。
むしろルイスがなんの疑いもなくテイトは字が読めると言ったことの方が公爵は驚いているようだ。平民は識字率が低い、その上ここはスラムだ。読めない方が当たり前だろう。
「それならよかった。では詳しいことについては一度手紙を出すと伝えてください。」
「わかりました。」
そうして公爵は帰っていた。
「ルイス、ありがとうな。」
「次は何とかしてくれよ。寿命が縮まるかと思ったぜ。」
「ああ、悪い。今度は何とかやってみるよ。」
そうして俺たちは公爵からの手紙を待つこととなった。
だが、なぜかカインの歯切れが悪い。
「ふぅん。まずは様子見か・・・」
「うん、多分婚約には至らないと思うけどね。」
「そうか、それならそれでいいんじゃないか。」
あの評判の悪い長男とカインが婚約に至らなくてよかった。その俺の言葉にカインは複雑な表情で微笑んだ。
「ねぇ、テイト。昔話してたザックって子供のことだけど・・・」
「っ!公爵がザックについて何か言ってたのか!?」
「い、いや・・・今の関係なら探れるかなって。今更だけど、良かったらザックのこと、教えてくれない?」
「・・・ああ、もちろん。何か分かったらすぐに教えてくれ。」
「うん・・・」
そうして俺は、「怒らないんで欲しいんだが」と前置きして、教会での出会いから日曜の逢瀬での出来事をカインに話した。
カインはそれを神妙な顔で聞いていた。そして、最後に「そう・・・そんなことが・・・分かった、公爵にそれとなく探ってみる。」と言って話は終わった。
まさかカインの方から提案してくれるとは思わなかったが、俺としては非常にありがたい。たとえすでにザックが死んでしまっていたとしても、その真相を知りたかった。
ところが、思わぬところで俺自身にヘンダーソン公爵との接点ができてしまった。あの顔合わせから数日後、なんと彼がスラムの方の俺の邸宅を訪ねてきたのだ。
ここは本当に家のない人々が雨風凌ぐための場所であって、公爵のような人を迎え入れられる環境ではない。偶然公爵を出迎えることになった面々も、突然の貴族の訪問にたじたじだ。
「すいません。先ぶれを出そうと思ったのだが、誰に出せば良いのか分からなくて。」
そう言いながら公爵は中へと入ってきた。
「それで、ここのオーナーと会いたいのですが。」
「あー・・・少々お待ちください。」
出迎えた面々に変わり、今はルイスが対応してくれている。一方俺はというと、その様子を影から伺っていた。
(一体あいつは何をしにきたんだ?)
流石に公爵の前にローブを被って現れるのは不敬だろうが、カインと同じ顔で堂々と出ていく訳にも行かない。それに、あいつはもしかすると3年前にザックを・・・
「テイト、客が・・・ってそんなところに隠れてどうした?」
俺を呼びにきたルイスを2階の廊下の角へと引っ張む。
「あいつ、俺の双子の兄に婚約を申し込んできたヘンダーソン公爵だ。」
「公爵!?そんなやつが何でこんなところに・・・」
「わからない・・・ルイス、それを聞いてきてくれないか?」
「お、俺が!?」
「ああ、頼む。カインと同じ顔の俺が出ていく訳には行かないからな。」
「それもそうだが・・・礼儀とか分からないぞ?」
「それは向こうも承知の上だろう。・・・本当にどうしようもなくなったら俺が出るから・・・頼む。」
「はぁ、わかったよ。失敗しても文句を言うなよ。」
「ああ!恩に着る。」
そうして再びルイスは公爵の元へと戻っていった。
公爵のあの金髪に赤い瞳は、改めて見るとやはりザックによく似ている。俺は胸が痛むのを感じながら、2人の様子を2階から伺った。
「すいません。オーナーはただ今不在でして、よろしければ俺が伝言を承ります。」
「そうですか・・・。実は父から慈善事業を行うよう言われまして、寄付先を探していたんです。」
なるほど、貴族の慈善事業か。爵位を受け継いだばかりの者が自分の評判向上のために行うことが多いのだと聞く。カインも爵位を継いだらどこか探さなくてはと言っていたな。
そんなことを考えながら2人に視線を戻す。
「はぁ、それでここを?」
「ええ、私もほんの一時ですが訳あってスラムで暮らしていたことがありまして・・・だからこの屋敷は画期的だと思いました。この事業を始めた人はさぞ素晴らしい人でしょうね。」
公爵家の長男がスラムで?そんなことがあるはずがない。彼らの警戒心を解くための嘘だろうか。
「あー、本人は事業をしているつもりはないと思いますが・・・そういうことであればオーナーには伝えておきます。」
「ありがとうございます。それでオーナーは何という名前なんと?」
「えっと・・・それは・・・」
まずい。ルイスにどこまで言っていいかを伝えていなかった。
「まさかオーナーの名前を知らないなんて事はありませんよね?」
そう考えている間にも公爵の圧がかかる。
「・・・テイト、です。」
「テイト殿ですか、わかりました。次からは手紙を出します。文字が読める方だと良いのですが・・・」
「それは大丈夫です。」
・・・まあ、名前くらいなら大丈夫だろう。テイトの名前は一般には知られていないのだし。
むしろルイスがなんの疑いもなくテイトは字が読めると言ったことの方が公爵は驚いているようだ。平民は識字率が低い、その上ここはスラムだ。読めない方が当たり前だろう。
「それならよかった。では詳しいことについては一度手紙を出すと伝えてください。」
「わかりました。」
そうして公爵は帰っていた。
「ルイス、ありがとうな。」
「次は何とかしてくれよ。寿命が縮まるかと思ったぜ。」
「ああ、悪い。今度は何とかやってみるよ。」
そうして俺たちは公爵からの手紙を待つこととなった。
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