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本編

26(ザックサイド)

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お兄さんと別れた次の日。僕は父であるヘンダーソン公爵に会いに行った。

お父様は僕の事を好いても嫌ってもいないが、お継母やお義兄様の嫌がらせを黙認しているから、どちらかと言うと嫌いな人だ。でも頼れるのはこの人しかいない。


「お父様。お話があります。」

「・・・お前が自ら私に話があるなど、珍しいこともあるものだな。」

お父様の書斎で向き合う形で立っている僕を、お父様の赤い瞳が見つめてくる。

「僕に後継者教育を行ってください。お父様は僕を後継者にと考えているんでしょう?」

「・・・そうだが、まだ早い。」

「早くて悪いことはありません。お願いします。」

食い下がらない僕に、お父様は眉を顰めた。

「なぜそんなに急ぐ。後継者教育が始まったら2人からの当たりは今より酷くなるぞ。」

「今だって十分に酷いです。それに、お父様が容認しているから悪化するのです。」

そう正直に言えば、お父様は目を見開いた。

「言うようになったな。わかった、そこまで言うなら後継者教育を始めよう。・・・だが私は彼女にあまり強く注意出来る立場にない。そのつもりでいろ。」

「わかりました・・・」


まあ、お父様の浮気で出来た子供が僕だ。お父様に非があるので、他国から嫁いできたらしいお継母様に強く注意することができないのだ。
僕はお父様を情けなく思いつつも、後継者教育を始めてもらえる事にホッとした。

(この公爵家を継げば、きっとお兄さんを幸せにする力が手に入る。)

その未来を想像するだけでどんな苦しい事にも耐えられる気がした。
 


だが、その夢が脆くも散りそうになる出来事が起きた。

僕に後継者教育が行われる事を知ったお継母様が、食事に毒を盛ったのだ。

僕は言いつけられた雑用をこなして、いつも通り厨房に置かれていた冷めたスープに手をつけた。なんだかいつもと味が違う。そう思った時には遅く、たちまち気分が悪くなって吐いてしまった。

僕が床で苦しんでいるのに気づいた使用人が慌ててお父様を呼んで、今はベッドの上で主治医に診察されている。


「これは毒ですね・・・すぐに吐いたお陰で死には至りませんでしたが、そうでなければ死んでいたでしょう。」

その言葉にゾッとする。お父様の顔色も悪く、恐れていたことが起きてしまったという表情だ。


「このことは他言無用で頼む。」

お父様は主治医にお金を握らせてそんな事を言う。主治医は驚いた表情をしながらもおずおずと頷いた。

(・・・僕には心配の言葉ひとつかけないで、お継母様を庇うのか・・・)

もはや何も期待などしていなかったはずの実の父親に、それでも心の中で何かが崩れ落ちたような気がした。


そして主治医が薬を置いて帰った後。

「お前はすぐにでも海外に留学させる。そこで基礎を学べ。帰ってきたら、この家に関することだけ教えて後継者教育が終わるようにする。」

海外留学。その言葉を聞いて胸が高鳴った。だってこの家から出れる。お継母様ともお義兄様とも顔を合わせずに済む。

でも一つだけ気がかりもある。

(海外に行ったら、お兄さんに会えなくなる・・・)


「わかりました・・・ただお別れを言いたい人がいます。」

せめてお兄さんに別れを・・・そしていつか迎えに行くから待っていて欲しいと伝えよう。
そう思ったのにお父様からの答えはNOだった。

「ダメだ。お前はあの毒で死んだ事にする。」

「えっ?」

「これ以上彼女がお前を狙わなくなるようにだ、わかってくれ。だから治りきっていないところ悪いが、早朝には家を立ってもらう。資金はたっぷり持たせるから、各所で療養しながら向かってくれ。」

「そんな・・・せめて日曜まで・・・」

「死にたいのか?」

「・・・っ、わかりました。」

僕とお継母様の関係はそこまで悪化しているのだろう。僕は仕方なくお父様の提案を呑んで、翌日にはこの家を発った。

お兄さんに何も言えずに去る事に痛みを感じながら・・・

名前も知らないから手紙を書くこともできない。

(でもいつか絶対立派になって迎えに行くから、どうか待っていて・・・)

お兄さんは自分の容姿は忌避されると言っていたから、きっと結婚などせずにいてくれるはずだ。僕は、我ながらひどいなと思いつつ、お兄さんの魅力に気付いて愛するような人が現れませんようにと祈りながらこの国を去った。
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